君は私のことをよくわかっているね
 それに、わたくしが龍晴様を想う気持ちは本物だった。少なくとも、わたくしはそう思っている。

 それなのに、昨日の今日で、龍晴様から天龍様に心変わりするなんて――そんな女を好きになれるものだろうか? 軽いと、浅はかだと、そう思われはしないだろうか?


 だけど――――そんなふうに思っている時点で、わたくしはきっと、天龍様の手を取りたいのだと思う。

 わたくしはずっと、女性として誰かに求められてみたかった。
 愛されてみたかった。
 幸せになりたかった。

 そんな本心に気づくにつれ、わたくしはどこまでもただの人間なのだと思い知らされる。


「桜華――私はずっと桜華のことを見てきたよ」


 天龍様が微笑む。いつの間にか、わたくしの瞳からは涙が零れ落ちていた。彼はそれを拭いつつ、わたくしのことをギュッと抱きしめる。胸がとても苦しくなった。


「もしも君が神華じゃなくても、私は絶対に桜華のことを好きになっていた。一途で、ひたむきで、他人の心の機微に敏感で――弱さも狡さも許すことのできる優しい女性だ。いつも己の心の声を飲み込んで、相手の心を受け入れている。けれどもう、苦しまなくていいんだ。許さなくていいんだ。私の側で、素直な気持ちを吐き出していい。遠慮も配慮も、なにもいらない。桜華は桜華らしく、自分の想いを大切にしていいんだよ」

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