君は私のことをよくわかっているね
(お父様やお母様にも手紙を残していきたいし、この身一つで天龍様のもとに向かうのも気が引けるから)


 天龍様はきっと気になさらないだろうけど、これはわたくしのけじめみたいなものだ。

 それに、色んなことがあったけれど、後宮のみんなに――龍晴様にひと言お礼が言いたい。
 出会えて嬉しかったこと、彼のために働けて幸せだったこと。愛してると言われて嬉しかったこと、悲しかったこと――それらすべてを言葉にするつもりはないけれど、せめてひと言「ありがとう」と伝えたい。


(なんて、本当は『滅多なことでは戻れなくなる』んじゃなくて、龍晴様の元を去る以上、わたくしがこの地に戻ってくることは二度とないんだろうけど)


 後宮から逃亡することは罪だ。

 龍晴様の後宮でも3年前、妃の一人が後宮からの逃亡をはかり、後に死罪となったことがあった。
 彼女には身分違いの恋人がおり、親のエゴで入内をさせられたものの、やがて耐えられなくなったらしい。人目を忍んで後宮から抜け出し、すぐに捕らえられてしまったのだ。

 当時のわたくしは『嫌ならわたくしに代わってほしい』と何度も何度も思った。わたくしならば喜んでこの身を差し出すのに、と。

 まさか、数年後に自分が同じことをするなんて、夢にも思わなかったのだけど。


< 54 / 76 >

この作品をシェア

pagetop