八月十五日の花火
「もう始まってる?」
庭先からひょっこりと出した顔に「おう」とだけ返した。
「浴衣着るのに時間かかってさ。ほら誕プレ」
そう言って、友樹は俺の腕の中にずしりと大玉のスイカを置いた。
暗がりの中で黒に見える髪は、昼間になると染めたてのまだらな青メッシュが太陽の反射で鮮やかに染まる。強めのワックスで短い髪をツンツンに逆立て、形の良いおでこを丸出しにしている。
すっとして整った顔立ちに、すっきりとうなじなんて見せちゃって、明るめのグレーの浴衣を色っぽく着こなしている。細長い耳には、きらりとピアスが光る。
「あら、色男」
「あ、おばさん、今年もお邪魔します。はい、スイカ」
「いつも悪いわね」
先ほどまで父親とあれほど仲睦まじく息子の思い出話に花を咲かせていたのに、隣家の倅に胸をときめかせる母親の姿は見てられない。
友樹とは、母親の腹の中にいる時からの知り合いだ。じいちゃん同士も幼なじみだし、父親同士も幼なじみなので、必然、俺たちも幼なじみになる。
友樹のじいちゃんが師範を務める剣道場に、俺はじいちゃんに強制的に投げこまれ、幼い時から友樹と共に剣道に励んでいた。とはいっても、俺は弱かった。小さい頃はよく泣いた。そのたびに、友樹のじいちゃんに叱られた。うちのじいちゃんにも叱られた。
友樹は俺と違って強かった。師範の孫だからか、筋が良くて、立ち姿は凛々しかった。
だけど、友樹はいつも不真面目だった。練習もテキトーだった。つばぜり合いに持ち込んだかと思いきや、その面の中ではにやりといやらしく目を細め、「あそこの女子の道着姿たまらんな」、とか、「あそこの学校の女子の顔面偏差値高いよな」、とか、下世話な話をしてくるものだからよろしくない。こんなよこしまな心持の奴が剣の道を究めんとするなんて、武士ならば絶対風上に置きたくない。
だけど友樹は、決して剣道が嫌いな風には見えなかった。本当に強かった。それなのに、俺が剣道部の退部届を出すのと同時に、友樹も退部届を提出した。
「なんでお前まで辞めるんだよ」
「だってさぁ……」と友樹は鼻歌を歌うような感じで軽く前置きしてから、
「剣道部って、ピアスダメじゃん?」
にっと笑ってそう言った。
そのあっけらかんとした理由に、俺もほとほと呆れた。笑えなかった。
「校則的にアウトだからな」なんて、鋭くツッコむ気にもなれなかった。
そんなのが理由じゃないことぐらい、わかってるから。
「それに……」と友樹は続けた。俺に背中を向けたまま、夏の真っ青な空を仰いで。
「俺は面取ってお前と話す方が、好きだから」
その凛とした立ち姿は、夏の太陽よりもずっとまぶしく、俺は思わず目を伏せた。