八月十五日の花火

 割れたスイカは切って食べるんじゃなくて、くり抜いて食べる。ほら、よくあるじゃん、フルーツくり抜くスプーン。くり抜くのは小さい頃から俺たち三人の仕事だ。
 割れたスイカの皮を器にして、くり抜いた中身を戻し、ピックを刺して食べる。
 俺の誕生日のパーティーメニューで、唯一おしゃれなメニューだ。それをつまみながら、縁側に三人で並んで花火を見る。俺と友樹が美緒を挟む形で座っている。この陣営も、いつも通りだ。

「享ちゃんはいいなあ」

 バラバラと爆ぜる花火の中で、美緒はしみじみと言った。その声に、俺の視線が花火からそちらに行く。花火の強い光に照らし出された彼女の横顔は美しく、いつまでも見ていられると思った。不意に目が合うと、俺は思わず視線をそらして、たどたどしく尋ねた。

「な、何で?」
「だって誕生日に花火打ち上げてもらえるんだもん」
「別に、俺の誕生日だから花火やってるんじゃないぞ。誕生日なのはただの偶然で……」
「でもいいじゃん。こんな見晴らしのいい場所で花火見られるなんてさ」
「美緒ん家からだって見えるだろ」
「花火見ながら誕生日お祝いできるっていうのがいいんじゃん。贅沢すぎる」
「そうか?」
「私はうらやましいよ」

 その能天気すぎる言葉に、俺は思わず顔を歪めた。

「何がうらやましいんだよ」
「え?」
「何にも羨ましくないだろ。こんなお盆の真っただ中で、しかも終戦の日に。こんな日が誕生日なんて、なんにも羨ましくないじゃん。ちょっと不気味というか、不吉というか」
「そんなことないよ。日本人にとって大切な日でしょ?」

 思わずふっと鼻から笑いが漏れた。決して可笑しかったからじゃない。

「お前もじいちゃんみたいなこと言うんだな」
「え?」

 思わず口調が強くなってしまった。
 俺の言葉に美緒が「え?」と戸惑うように顔を曇らせた。俺は調子を変えて、あざ笑うように言った。

「高校生にもなって誕生日会なんて盛大に開いてさ、恥ずすぎでしょ。もう小学生じゃないっつーの」
「そんなこと……」
「花火なら自分ちで見れるんだからさ、美緒だってわざわざケーキなんか作って来てくれなくてもいいよ。他に一緒に見たい相手だっているだろうしさ」
「そんな……」
「別にわざわざ祝いに来てくれなくていいから。こんな日が誕生日なんて、嬉しくもなんともないんだし。むしろ、なんでこんな日? って、不満しかないし。それに自分の名前のついた花火が上がるなんて、恥ず過ぎて見てられないしさ」

 そこまで勢いよく言ったところで、目の端に、勢いよく上げた美緒の手のひらと、せっかくの美しい顔が怒りと悲しみで歪むのをとらえた。咄嗟に俺も顔をそらして目をぐっと閉じた。だけど次の瞬間襲ってきたのは、とても冷たくて低い声だった。

「じゃあさ、もうやめようぜ。誕生日会」

 いつの間にか友樹は立ち上がっていて、俺に手のひらを向けた美緒の細い手首を掴んでいた。友樹はその手をそっと下ろすと、俺に鋭く冷たい視線を向けて話し続けた。

「みんなこうして享ちゃんの誕生日お祝いしに来てるんじゃん。それを主役である享ちゃんがぶち壊すんならさ、もうこのパーティー、意味なくない? 享ちゃんも迷惑そうだし」
「ちょっと友樹、何言ってんの? 享ちゃんだって、本気で言ってるわけじゃないもんね? そんなこと。おじいちゃんとあんなことあったから、ちょっとすねてるだけだよね? だって享ちゃん、去年まではなんだかんだ言って楽しそうだったじゃん。享ちゃんだっておじいちゃんの話……」
「美緒には関係ないだろ? 俺の気持ちなんてわからないくせに」

 感情のまま激しく言葉を発する俺の前に、友樹が美緒をグイと下がらせて立ちはだかった。

「守ってもらっておいて、関係ないはないだろ」

 その言葉に、あの日の光景が頭をよぎって、胸にさっと鋭く傷をつけていく。

「美緒、もうほっとこうぜ」
「友樹……」
「主役がこんな調子じゃ、俺たちのやってることはただのお節介だろ?」
「でも……」
「なあ享平」

 その冷たい呼びかけに、寂しさが一気に募る。

「自分だけが傷ついてると思ってる?」
「……は?」
「お前のその態度が、その死んだ目が、その投げやりな言葉が、今度は誰かを傷つけてるとは思わないの?」

 その言葉にはっとなって辺りを見た。
 何事かと両親がこちらをうかがっている。口をぽかんとさせるだけで、何も言ってこないけど。だけど、今の話を両親に、殊更母さんに聞かれていなかったか、急に不安に襲われた。
 目の前には、顔を歪めて怒りと不満をあらわにしている友樹がいる。そしてそのそばには、美緒。その姿に、その表情に、胸が押しつぶされそうになった。
 せっかくかわいくまとめた髪が、俺と友樹の間に割って入ったせいで、少々乱れていた。息は荒く、目が真っ赤だった。美緒の美しい顔に、悲しみ恐怖が滲んでいるように見えた。こんな美緒の顔を見たのは、初めてだった。いつも、花火のようにはじける笑顔で、夏に凛と咲くひまわりのような彼女なのに。

 遠くの方では、相変わらず花火が派手に打ちあがっていた。堂々と花開く姿。雄々しい音。命がけの業。
 ただただまぶしく美しい花火が、気まずく顔を歪める俺たちを、そのキラキラした火花で照らした。


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