あの日の出会いを、僕はまだ覚えている
「魚になれば海を泳いでどこにだって行ける。だから魚になりたい」

「なるほどね。でも魚は陸に上がれないし、俺が釣るかもしれない」

「もう、夢がないこと言わないでよ」

わたしは頬を膨らませる。
海生くんは「冗談だよ」と楽しそうに笑った。

「……俺も、魚になりたいなぁ」

「わたしが釣るかもしれないよ?」

「おい、夢はどうした?」

ツッコまれ、海生くんと顔を見合わせて笑い転げる。

こんな風に誰かと楽しく過ごすのは久しぶりな気がした。

引っ越しの話を聞いてから、わたしの気持ちは不安定だった。

新しい場所。
新しい学校、新しい友達。
ちゃんとやっていけるだろうか。

そんな漠然とした不安を抱えながら過ごした半年。

卒業式ではみんなと写真を撮ったし、メッセージカードの交換もした。
別れを惜しんで「ずっと友達だよ」なんて言い合ったけれど、春休みに入ってしまえばもう誰も連絡してこない。
わたしからもしない。

それが寂しくて、でも自分から連絡する勇気もなく刻々と近付く引っ越しの日。

毎日海を眺めては、魚になりたいと思いを馳せていた。

「海生くんもお父さんの仕事の都合で引っ越してきたの?」

「うん、まあ、そんなところ」

「子どもって大変だよね。親の都合で振り回されてさ」

「そうだよなー。でもここはいいところだな。街も人も穏やかで。魚月ちゃんの引っ越し先もいいところだといいな」

「うん……そうだね。でも近くに海がないんだぁ」

だからあんまり気が乗らないのかも。

海を見るのも好きだし、魚を見るのも好き。
夏には海水浴をしたり市民プールで泳いだり。
魚になりたいからと六歳の頃からプール教室だって通っているし、そのおかげで四泳法もマスターしている。
街のローカルな水族館は年間パスポートだって持っている。

わたしの生活にはいつも“水景”があった。

その生活が変わってしまうかもしれないことが不安で悲しかった。
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