転生したら幼精霊でした~愛が重い聖獣さまと、王子さまを守るのです!~
4 王さまのお宅訪問
一分の隙もなく石が積み上げられている壁を見上げて、ジーンは驚きに息を呑んだ。
「大きなお家ですね、イツキさん」
ジーンが隣に声をかけると、隣人はそっと言葉を返す。
「ここはまだ騎士団区の城門です」
「じょうもん?」
「入口です。人が住んでいるのはもっと奥になります」
ジーンはイツキに導かれて町の中心部まで来ていた。
イツキが教えてくれたことによれば、この国は四つの地区がある。さらに奥に宮殿を中心とする騎士団区があるらしい。
二人が城壁の外で待っていると、まもなく騎士団区の開門の時間になった。
石畳の街道が伸びて、両脇に石作りの建物が並ぶ。木造りの住処から離れたことがないジーンにとっては、目に映るものすべてが珍しくて仕方がない。
(何だろう?)
つい足を止めて道の脇に行ってしまうジーンを、イツキは焦らせることなくその後についていった。
「イツキさん、綺麗な紫の花の模様です」
「アイリスの紋章です。この家は王家に縁があるのですよ」
ジーンが家の門に掛かっているタペストリーを見やりながら問いかけると、イツキは屈んで教えてくれる。
(あ、騎士様だ)
時々、明るい緑色の制服に白いマントの騎士が歩いていく。王族も所属し、選りすぐられた者しかなれない騎士団は憧れだと、ジーンは以前どこかで聞いたことがあった。
「……もしかして、あちらが」
坂道を上っていくと、今度こそ周りとは異彩を放つ建物が見えてきた。ジーンがたずねると、イツキがうなずき返す。
「はい。アスガルズ宮です」
そこは地味な灰色の石で造られているが、歪みもなく積み上がられているさまが美しかった。四方に盾を構えた、力強い戦士のようだった。
イツキはそっとジーンに話してくれる。
「アスガルズ宮は城というより最後の砦です。有事のときは騎士団がこもって戦うところですから」
そこは装飾もほとんどなく、力強い壁だけでできているのが、かえって誇り高く見せていた。
街道の行き来は自由だったが、さすがにアスガルズ宮の周囲は兵士たちで固められている。
「マナトさんはどの辺りにいらっしゃるのでしょうか」
ジーンがアスガルズ宮を見上げながら呟くと、イツキは城塞の中を指し示す。
「私のような子どもでは……」
入れないとジーンは困り顔になったが、イツキはジーンの服の裾を引いた。
「はい?」
イツキが促すままに壁に沿って歩いて行くと、彼は周りに兵士がいないことを確認して壁に耳をつける。
「失礼」
言葉と同時に、イツキはジーンを抱き上げて高く跳んだ。
鳥になった気分だった。見上げるほどだった壁が一瞬で下に吹き飛んでいって、次の瞬間にはイツキは壁の内側に着地していた。
ジーンはびっくりして言葉も出てこなかった。
イツキはジーンの後ろから腕を回して後ずさると、物陰に身を潜める。先ほど彼らが着地した辺りを、兵士らしい足音が過ぎて行く。
「こちらへ」
イツキは身を屈めながら、壁沿いにジーンを奥へと導いていく。
(勝手に入っちゃった……)
どうしようと思ったが、ジーンはイツキの言葉を思い返す。
(でも私が行かないと、イツキさんがさらってきてしまう)
ジーンはイツキの後をついていくことにする。迷路のように入り組んだ壁の間を、イツキは自分の庭のように進んでいく。
ふいにイツキは一つの塔に目をやった。小さな四角の窓が開いている。
先にイツキが窓枠を飛び越えると、腕を差し伸べてジーンを抱き上げた。
建物の中は冷たかった。イツキはジーンの手を引きながら、地下への階段を下りて行く。
(なんだろう、この感じ)
どうしてかジーンは心臓が高鳴るのを感じていた。緊張感や恐怖感ではなくて、心が躍った。
ふいに通路の奥で、石が砕かれるような音が響く。
イツキは近くの扉を開けてそこにジーンを滑り込ませると、自身も中に入って扉を閉めた。少しすると、女官らしい足音が聞こえてくる。
慌てたような早足だった。若い女性の悲鳴じみた声が重なる。
女性たちが廊下を通り過ぎた後、イツキは扉を開いて外に出た。辺りをうかがって、もう大丈夫というようにジーンに向かって頷く。
ジーンも廊下に出て、イツキに導かれて歩いていく。奥に進むにつれて、石の砕ける音は大きくなった。
「何者だ!」
廊下を曲がって辿り着いた先には、兵士が二人立っていた。鋭い声に、ジーンは体を震わせる。
緑の制服の上に銀の胸当てをつけて白いマントをまとった騎士たちだった。
槍を向ける騎士たちに、イツキは立ち止まることなく近づく。
壁に掛けられた灯が、風も無いのにゆらいだ。
騎士たちの足元に広がったのは、巨大な鳥の影だった。足元に暗闇の水たまりを作る影に、騎士たちは異変を感じ取る。
「と、止まれ!」
イツキは無言で彼らの目前まで歩み寄ると、二本の槍を両手で掴んだ。
細枝を折るように難なく槍がへし折られる。イツキは震える騎士たちの間近から彼らを見下ろして、短く命じる。
「通せ」
廊下の最奥には岩石の扉がはめ込まれていた。人の力では動かせそうもない大きな岩だったが、中央の部分に円盤がはまっている。
円盤にアイリスの模様が描かれていた。そこから鎖が四方に伸びて、円盤を操作すると鎖が絡んで扉を開ける仕組みになっているようだった。
「ならん! この命絶えても通さぬ!」
イツキに詰め寄られながらも、騎士たちは言葉鋭く拒否する。
「そうか」
イツキは騎士たちを両手で一人ずつ掴んで持ち上げた。
普段のジーンならば、乱暴なことはしないで欲しいと泣いただろう。
けれどジーンの目は円盤のアイリスの紋章に釘付けになっていた。まるで遠い日に見た思い出に吸い込まれるように、そこから目が離せなかった。
ジーンが放心したように立ちすくんでいるうち、イツキがジーンの隣に立って言った。
「マナトと精霊をつなぐ道です。まっすぐお進みください」
イツキの言葉に、ジーンはふらりと足を前に向ける。
夢を見ているのか、ジーンは気づけば緑のトンネルの中を歩いていた。
天上からは金の光が差し込んで辺りを照らし出していた。足元には草のじゅうたんが広がって緑のつたが絡み合っていて、ほのかな花の香りがどこからか漂っていた。
そこは空気が甘くて、ゆったりとした時が流れていた。
やがて木の扉の前に辿り着く。扉一面を緑のつたが覆っており、ずいぶんと長く開かれていないようだった。
ジーンがその取っ手に触れると、緑の蔓がするすると引いて、扉が開いた。
夢から覚めたとき、ジーンは洞のような部屋に立っていた。
岩の天井が淡く光っている。巨大な光る岩石をくり抜いて作ったようなところだった。
部屋の中には座り心地が良さそうな肘掛け椅子や天蓋付きのベッドなどの調度が並んでいるのだが、そのいずれもが無残に壊されていた。
「……誰も近寄るな」
部屋の中央で、呻くような声が上がった。壁に燭台が叩きつけられて、壁の石と共に粉々に砕ける。
ジーンが声の先を見ると、破れた絨毯の上に一人の少年がうずくまっていた。
少年は手当たり次第に近くの物をへし折って、あちこちに叩きつけて壊していってしまう。
「誰だ?」
ふいに少年が顔を上げてジーンを見る。
ジーンは少年の瞳を見て息を呑んだ。
(アイリスの紫)
それはとても綺麗な、吸い込まれるような紫だった。
彼は浅黒い肌に肩で切り揃えた銀髪を持つ、十三、四歳くらいの男の子だった。一流の仕立て人が作ったのがわかるほど緻密な刺繍のされた衣服を着ているのに、それはボタンがすべてはじけ飛んで所々が破れていた。
ジーンは一歩前に足を踏み出した。少年は立ち上がって身構える。
けれどジーンが辿り着くまで、少年はまるで待っているようにそこに立ち竦んだままだった。
ジーンは少年の目の前まで来ると、ひざまずいて少年の手を取る。少年の体が跳ねる。
少年の手は乱暴に扱ったからか、あちこち傷がついて血が流れていた。ジーンは服を破いて包帯を作ると、それで少年の両手を丁寧に包みこむ。
「自分を傷つけてはだめですよ」
ジーンのような子どもに言われたのに、少年はこくんとうなずいた。
少年は食い入るようにジーンを見つめる。
琥珀の瞳と紫紺の瞳が交差する。お互いの内側まで見通すように、二人はじっと相手の瞳の奥を見つめた。
ジーンはぽろりと涙を零して言った。
「綺麗な目ですね……」
透明な雫を流しながら、ジーンは微笑む。
「私はこんな綺麗な目を見たことがないです」
「そんなことを言われたのは初めてだ」
少年は目を逸らさないまま返す。
「みんな気味悪がる。化け物だって言う連中も。お前は怖くないのか?」
ジーンは不思議そうに首を傾げて、ふいに少年の服の裾に口付けた。
「たぶん私は、ずっとあなたにお会いしたかったと思います」
胸の内から流れ出てくる望みを口にしたジーンを、少年は見下ろす。
「どうしてかわからない。でも俺もそうだ。側にいてくれるか?」
「あなたの御心のままに」
少年はジーンの手を取って言う。
「俺はヴィーラント。イグラント第一王子の、ヴィーラント。お前は?」
「私はジーンです」
「ジーン」
ヴィーラントはジーンの背を抱いてつぶやく。
「……あたたかい」
ジーンは自分たちの周りを取り巻く空気が変わったのを感じていた。
岩石の地下牢のような部屋には、ジーンとヴィーラントを祝福するように春の風が流れ込んできていた。
「大きなお家ですね、イツキさん」
ジーンが隣に声をかけると、隣人はそっと言葉を返す。
「ここはまだ騎士団区の城門です」
「じょうもん?」
「入口です。人が住んでいるのはもっと奥になります」
ジーンはイツキに導かれて町の中心部まで来ていた。
イツキが教えてくれたことによれば、この国は四つの地区がある。さらに奥に宮殿を中心とする騎士団区があるらしい。
二人が城壁の外で待っていると、まもなく騎士団区の開門の時間になった。
石畳の街道が伸びて、両脇に石作りの建物が並ぶ。木造りの住処から離れたことがないジーンにとっては、目に映るものすべてが珍しくて仕方がない。
(何だろう?)
つい足を止めて道の脇に行ってしまうジーンを、イツキは焦らせることなくその後についていった。
「イツキさん、綺麗な紫の花の模様です」
「アイリスの紋章です。この家は王家に縁があるのですよ」
ジーンが家の門に掛かっているタペストリーを見やりながら問いかけると、イツキは屈んで教えてくれる。
(あ、騎士様だ)
時々、明るい緑色の制服に白いマントの騎士が歩いていく。王族も所属し、選りすぐられた者しかなれない騎士団は憧れだと、ジーンは以前どこかで聞いたことがあった。
「……もしかして、あちらが」
坂道を上っていくと、今度こそ周りとは異彩を放つ建物が見えてきた。ジーンがたずねると、イツキがうなずき返す。
「はい。アスガルズ宮です」
そこは地味な灰色の石で造られているが、歪みもなく積み上がられているさまが美しかった。四方に盾を構えた、力強い戦士のようだった。
イツキはそっとジーンに話してくれる。
「アスガルズ宮は城というより最後の砦です。有事のときは騎士団がこもって戦うところですから」
そこは装飾もほとんどなく、力強い壁だけでできているのが、かえって誇り高く見せていた。
街道の行き来は自由だったが、さすがにアスガルズ宮の周囲は兵士たちで固められている。
「マナトさんはどの辺りにいらっしゃるのでしょうか」
ジーンがアスガルズ宮を見上げながら呟くと、イツキは城塞の中を指し示す。
「私のような子どもでは……」
入れないとジーンは困り顔になったが、イツキはジーンの服の裾を引いた。
「はい?」
イツキが促すままに壁に沿って歩いて行くと、彼は周りに兵士がいないことを確認して壁に耳をつける。
「失礼」
言葉と同時に、イツキはジーンを抱き上げて高く跳んだ。
鳥になった気分だった。見上げるほどだった壁が一瞬で下に吹き飛んでいって、次の瞬間にはイツキは壁の内側に着地していた。
ジーンはびっくりして言葉も出てこなかった。
イツキはジーンの後ろから腕を回して後ずさると、物陰に身を潜める。先ほど彼らが着地した辺りを、兵士らしい足音が過ぎて行く。
「こちらへ」
イツキは身を屈めながら、壁沿いにジーンを奥へと導いていく。
(勝手に入っちゃった……)
どうしようと思ったが、ジーンはイツキの言葉を思い返す。
(でも私が行かないと、イツキさんがさらってきてしまう)
ジーンはイツキの後をついていくことにする。迷路のように入り組んだ壁の間を、イツキは自分の庭のように進んでいく。
ふいにイツキは一つの塔に目をやった。小さな四角の窓が開いている。
先にイツキが窓枠を飛び越えると、腕を差し伸べてジーンを抱き上げた。
建物の中は冷たかった。イツキはジーンの手を引きながら、地下への階段を下りて行く。
(なんだろう、この感じ)
どうしてかジーンは心臓が高鳴るのを感じていた。緊張感や恐怖感ではなくて、心が躍った。
ふいに通路の奥で、石が砕かれるような音が響く。
イツキは近くの扉を開けてそこにジーンを滑り込ませると、自身も中に入って扉を閉めた。少しすると、女官らしい足音が聞こえてくる。
慌てたような早足だった。若い女性の悲鳴じみた声が重なる。
女性たちが廊下を通り過ぎた後、イツキは扉を開いて外に出た。辺りをうかがって、もう大丈夫というようにジーンに向かって頷く。
ジーンも廊下に出て、イツキに導かれて歩いていく。奥に進むにつれて、石の砕ける音は大きくなった。
「何者だ!」
廊下を曲がって辿り着いた先には、兵士が二人立っていた。鋭い声に、ジーンは体を震わせる。
緑の制服の上に銀の胸当てをつけて白いマントをまとった騎士たちだった。
槍を向ける騎士たちに、イツキは立ち止まることなく近づく。
壁に掛けられた灯が、風も無いのにゆらいだ。
騎士たちの足元に広がったのは、巨大な鳥の影だった。足元に暗闇の水たまりを作る影に、騎士たちは異変を感じ取る。
「と、止まれ!」
イツキは無言で彼らの目前まで歩み寄ると、二本の槍を両手で掴んだ。
細枝を折るように難なく槍がへし折られる。イツキは震える騎士たちの間近から彼らを見下ろして、短く命じる。
「通せ」
廊下の最奥には岩石の扉がはめ込まれていた。人の力では動かせそうもない大きな岩だったが、中央の部分に円盤がはまっている。
円盤にアイリスの模様が描かれていた。そこから鎖が四方に伸びて、円盤を操作すると鎖が絡んで扉を開ける仕組みになっているようだった。
「ならん! この命絶えても通さぬ!」
イツキに詰め寄られながらも、騎士たちは言葉鋭く拒否する。
「そうか」
イツキは騎士たちを両手で一人ずつ掴んで持ち上げた。
普段のジーンならば、乱暴なことはしないで欲しいと泣いただろう。
けれどジーンの目は円盤のアイリスの紋章に釘付けになっていた。まるで遠い日に見た思い出に吸い込まれるように、そこから目が離せなかった。
ジーンが放心したように立ちすくんでいるうち、イツキがジーンの隣に立って言った。
「マナトと精霊をつなぐ道です。まっすぐお進みください」
イツキの言葉に、ジーンはふらりと足を前に向ける。
夢を見ているのか、ジーンは気づけば緑のトンネルの中を歩いていた。
天上からは金の光が差し込んで辺りを照らし出していた。足元には草のじゅうたんが広がって緑のつたが絡み合っていて、ほのかな花の香りがどこからか漂っていた。
そこは空気が甘くて、ゆったりとした時が流れていた。
やがて木の扉の前に辿り着く。扉一面を緑のつたが覆っており、ずいぶんと長く開かれていないようだった。
ジーンがその取っ手に触れると、緑の蔓がするすると引いて、扉が開いた。
夢から覚めたとき、ジーンは洞のような部屋に立っていた。
岩の天井が淡く光っている。巨大な光る岩石をくり抜いて作ったようなところだった。
部屋の中には座り心地が良さそうな肘掛け椅子や天蓋付きのベッドなどの調度が並んでいるのだが、そのいずれもが無残に壊されていた。
「……誰も近寄るな」
部屋の中央で、呻くような声が上がった。壁に燭台が叩きつけられて、壁の石と共に粉々に砕ける。
ジーンが声の先を見ると、破れた絨毯の上に一人の少年がうずくまっていた。
少年は手当たり次第に近くの物をへし折って、あちこちに叩きつけて壊していってしまう。
「誰だ?」
ふいに少年が顔を上げてジーンを見る。
ジーンは少年の瞳を見て息を呑んだ。
(アイリスの紫)
それはとても綺麗な、吸い込まれるような紫だった。
彼は浅黒い肌に肩で切り揃えた銀髪を持つ、十三、四歳くらいの男の子だった。一流の仕立て人が作ったのがわかるほど緻密な刺繍のされた衣服を着ているのに、それはボタンがすべてはじけ飛んで所々が破れていた。
ジーンは一歩前に足を踏み出した。少年は立ち上がって身構える。
けれどジーンが辿り着くまで、少年はまるで待っているようにそこに立ち竦んだままだった。
ジーンは少年の目の前まで来ると、ひざまずいて少年の手を取る。少年の体が跳ねる。
少年の手は乱暴に扱ったからか、あちこち傷がついて血が流れていた。ジーンは服を破いて包帯を作ると、それで少年の両手を丁寧に包みこむ。
「自分を傷つけてはだめですよ」
ジーンのような子どもに言われたのに、少年はこくんとうなずいた。
少年は食い入るようにジーンを見つめる。
琥珀の瞳と紫紺の瞳が交差する。お互いの内側まで見通すように、二人はじっと相手の瞳の奥を見つめた。
ジーンはぽろりと涙を零して言った。
「綺麗な目ですね……」
透明な雫を流しながら、ジーンは微笑む。
「私はこんな綺麗な目を見たことがないです」
「そんなことを言われたのは初めてだ」
少年は目を逸らさないまま返す。
「みんな気味悪がる。化け物だって言う連中も。お前は怖くないのか?」
ジーンは不思議そうに首を傾げて、ふいに少年の服の裾に口付けた。
「たぶん私は、ずっとあなたにお会いしたかったと思います」
胸の内から流れ出てくる望みを口にしたジーンを、少年は見下ろす。
「どうしてかわからない。でも俺もそうだ。側にいてくれるか?」
「あなたの御心のままに」
少年はジーンの手を取って言う。
「俺はヴィーラント。イグラント第一王子の、ヴィーラント。お前は?」
「私はジーンです」
「ジーン」
ヴィーラントはジーンの背を抱いてつぶやく。
「……あたたかい」
ジーンは自分たちの周りを取り巻く空気が変わったのを感じていた。
岩石の地下牢のような部屋には、ジーンとヴィーラントを祝福するように春の風が流れ込んできていた。