転生したら幼精霊でした~愛が重い聖獣さまと、王子さまを守るのです!~
5 聖なる騎士さま
ジーンはヴィーラントに会えて、イツキの言っていたのはこのことだったと感じていた。
ジーンにはまだ、マナトというひとがどういう存在かはよくわからない。でも愛しびとというなら、きっと目の前のひとのことだと思う。
抱きしめたくて、離れたくないひと。でもだからといって、力いっぱい抱きしめたら相手が苦しい。
そっと腕をほどいたジーンに、ヴィーラントは口を開く。
「ジーンはひとりで来たのか?」
ヴィーラントも腕の力を緩めて顔が見えるようになる。肩に手を置かれたまま、ジーンは首を横に振った。
「お隣のひとと一緒に来ました」
「そっか、でもよく入れたな。ここの周りは岩石だし、扉は限られた者しか開け方を知らないんだぞ」
「そうなのですか……」
ヴィーラントが首をひねるのももっともで、ジーンだってどうやってこの部屋に入って来たのか思い出せない。気が付いたら部屋の中に立っていて、ヴィーラントをみつけてからは他に何も見ていなかった。
ヴィーラントは年下の子どもを心配する口調でたずねる。
「城の誰かに入れてもらったのか?」
ジーンは困り顔でヴィーラントに問う。
「お城の人に内緒で入ってきてしまって。やはりいけなかったでしょうか」
「内緒で入れる警備じゃないぞ」
ヴィーラントは呆れ顔で言ってから、小さく息をつく。
「……でもたぶんできるんだろうな。お前は人間じゃないだろうから」
「え?」
自分でもさっぱりわかっていないジーンは言葉に詰まってしまう。
ヴィーラントは紫の目をとがらせて怒鳴った。
「そりゃそうだろ! 俺は目が見えないんだ。でもどうしてかお前だけは見える!」
「ご、ごめんなさい」
反射的に謝ったジーンに、ヴィーラントはばつが悪そうに言った。
「違う、えっと、怒りたいわけじゃなくて」
ヴィーラントは慌ててから、むずかゆそうに下を向いてぼそりと言う。
「……今お前がここにいるっていうのがうれしいのに、どうしていいかわからないだけなんだ」
ヴィーラントは気を取り直すように顔を上げて言う。
「ま、まあ入って来たなら出られるだろ。ここにいたら兵士に捕まる。ひとまず脱出するんだ」
焦ったように言葉を続けたヴィーラントに、ジーンは哀しい顔になった。
(私は来ちゃいけなかったかな)
しょぼんとしたジーンに気づいたようで、ヴィーラントは問う。
「ジーン、どこに行けばお前に会える?」
ジーンが目をまたたかせると、ヴィーラントは続けた。
「俺は必ずここから出て、自分の力でお前に会いに行くから」
そう言われて、ジーンは頬が綻んだ。
「はい……」
幸せそうに繰り返し頷くジーンに、ヴィーラントは目を尖らせる。
「何だよ。お前、俺が子どもだからって馬鹿にしてるだろ」
「そんなことないです」
ヴィーラントの方がずっと年上なのにと、ジーンは微笑ましく思う。
そのとき、鎖が巻き取られる音と同時に岩の扉が動き出した。
ヴィーラントの目が鋭さを帯びる。彼はとっさにといった様子で、ジーンを守るように引き寄せた。
慌ただしい様子で人が入って来る。ジーンはそのうちの一人に見覚えがあった。
彼はジーンを指さして叫ぶ。
「いました! あの子どもです」
それはイツキが昏倒させた門番だった。大きな怪我をしているようには見えなくて、ジーンはほっと息をつく。
けれど門番たちの後ろから現れた騎士を見て、ジーンは目を見開いた。
「あ」
その騎士は紫の生地に銀糸で刺繍がされた制服を身に纏い、白い羽飾りのついた兜を被っていた。
年齢は四十台の後半ほどだろうか。鍛え上げられた体つきで、腰に下げた銀の長剣にも揺るがない足取りで歩み寄って来る。
その騎士はひとめ見て他の騎士と違う、一つの特徴があった。
(……女性の騎士様だ)
女性騎士は脇の兵士たちとほとんど変わらないくらいに背が高く、白い肌に碧眼で、茶色がかった長い金髪を結って背中に垂らしていた。
ヴィーラントは女性騎士を見て、剣呑な調子で言った。
「入って来いとは命じてないぞ、ヴェルザンディ」
女性騎士はヴィーラントとジーンを静かな目で見て返す。
「殿下、人に触れることができるようにおなりか」
ヴィーラントは腕に抱えたジーンを見やる。彼は少し考えて、むっとした調子で返した。
「……ジーンは特別だ」
「左様ですか。まずはそれを喜びましょう」
ヴェルザンディと呼ばれた女性騎士は、金属の擦れる靴音を鳴らしながらジーンたちに近付く。
その前にイツキが立ち塞がった。ジーンの前に立って鳥が翼を広げるように腕を伸ばして、ヴェルザンディを見下ろす。
ヴェルザンディは許しを請うようにイツキに言う。
「危害は加えませぬゆえ、どうぞお通しください。フェルニル殿」
彼女が呼んだ聞きなれない名前にジーンは首を傾げたが、イツキは身じろぎ一つしなかった。
イツキは黙ったまま金色の瞳を冷たく光らせて、ヴェルザンディを見据えていた。
(なんだかイツキさん、怒ってる。きっと騎士様も、勝手に入ってきた私に怒る……はず)
ジーンはそう思って、ヴィーラントの腕を抜け出した。
「あの」
ジーンはイツキの足の下も潜り抜けて、ヴェルザンディの前まで歩み寄ると膝をついた。
「いけないことをしたのはわかっています。でも、フェ……フェル……」
途中まではゆっくりながら言えたのだが、ジーンは喉が痛むように言葉に詰まる。
「……さんは、帰してあげてください」
どうしてか、ジーンはイツキをフェルニルとは呼べなかった。仕方なく身振りでイツキを示してから、ジーンは床に頭をつけて懇願する。
ふいに日だまりにいるような香りがして、ジーンは目だけを上げる。
そこにヴェルザンディが膝をついて、ジーンの肩に触れていた。
「お顔を上げてください。私はフェルニル殿とあなたのことをお聞かせ願いたいのです」
ヴェルザンディはジーンを助け起こしながら言う。
「私はあなた方をお待ちしていましたから」
ジーンが見上げたヴェルザンディの緑の瞳は、陽光に照らされた大樹の葉のようだった。そこにジーンたちへの敵意はない。
ジーンが不思議そうにその目を見上げていると、ヴィーラントが歩み寄って言う。
「俺も同席させろ。でなきゃすぐに解放してやれ」
「どうぞ。殿下も当然知っておかなければならないことでございます」
ヴェルザンディはあっさりとヴィーラントの提案を認めて、かえってそれがヴィーラントの気に障ったようだった。
ヴィーラントは不機嫌そうに鼻を鳴らして、先に部屋の外に足を向けた。
ふいにヴェルザンディは門番たちに視線を投げかけて、彼女に頭を下げたままの彼らに告げる。
「怪我を負わせてすまなかった」
「いいえ」
兵士たちはなお頭を低くして告げる。
「ヴァルキュリアのお言葉に従います」
ヴェルザンディはうなずいてその言葉を受けると、促すようにジーンを見た。
ジーンが慌ててヴェルザンディの方に駆け寄ると、彼女は歩調を緩めてジーンに合わせてくれた。
ヴェルザンディの導く先にジーンも続く。ジーンの隣に、イツキが並んだ。
「ジーン。何やってる、早く来い!」
階段の上からヴィーラントが怒鳴るのが聞こえて、ジーンは慌てて前に向き直った。
ジーンにはまだ、マナトというひとがどういう存在かはよくわからない。でも愛しびとというなら、きっと目の前のひとのことだと思う。
抱きしめたくて、離れたくないひと。でもだからといって、力いっぱい抱きしめたら相手が苦しい。
そっと腕をほどいたジーンに、ヴィーラントは口を開く。
「ジーンはひとりで来たのか?」
ヴィーラントも腕の力を緩めて顔が見えるようになる。肩に手を置かれたまま、ジーンは首を横に振った。
「お隣のひとと一緒に来ました」
「そっか、でもよく入れたな。ここの周りは岩石だし、扉は限られた者しか開け方を知らないんだぞ」
「そうなのですか……」
ヴィーラントが首をひねるのももっともで、ジーンだってどうやってこの部屋に入って来たのか思い出せない。気が付いたら部屋の中に立っていて、ヴィーラントをみつけてからは他に何も見ていなかった。
ヴィーラントは年下の子どもを心配する口調でたずねる。
「城の誰かに入れてもらったのか?」
ジーンは困り顔でヴィーラントに問う。
「お城の人に内緒で入ってきてしまって。やはりいけなかったでしょうか」
「内緒で入れる警備じゃないぞ」
ヴィーラントは呆れ顔で言ってから、小さく息をつく。
「……でもたぶんできるんだろうな。お前は人間じゃないだろうから」
「え?」
自分でもさっぱりわかっていないジーンは言葉に詰まってしまう。
ヴィーラントは紫の目をとがらせて怒鳴った。
「そりゃそうだろ! 俺は目が見えないんだ。でもどうしてかお前だけは見える!」
「ご、ごめんなさい」
反射的に謝ったジーンに、ヴィーラントはばつが悪そうに言った。
「違う、えっと、怒りたいわけじゃなくて」
ヴィーラントは慌ててから、むずかゆそうに下を向いてぼそりと言う。
「……今お前がここにいるっていうのがうれしいのに、どうしていいかわからないだけなんだ」
ヴィーラントは気を取り直すように顔を上げて言う。
「ま、まあ入って来たなら出られるだろ。ここにいたら兵士に捕まる。ひとまず脱出するんだ」
焦ったように言葉を続けたヴィーラントに、ジーンは哀しい顔になった。
(私は来ちゃいけなかったかな)
しょぼんとしたジーンに気づいたようで、ヴィーラントは問う。
「ジーン、どこに行けばお前に会える?」
ジーンが目をまたたかせると、ヴィーラントは続けた。
「俺は必ずここから出て、自分の力でお前に会いに行くから」
そう言われて、ジーンは頬が綻んだ。
「はい……」
幸せそうに繰り返し頷くジーンに、ヴィーラントは目を尖らせる。
「何だよ。お前、俺が子どもだからって馬鹿にしてるだろ」
「そんなことないです」
ヴィーラントの方がずっと年上なのにと、ジーンは微笑ましく思う。
そのとき、鎖が巻き取られる音と同時に岩の扉が動き出した。
ヴィーラントの目が鋭さを帯びる。彼はとっさにといった様子で、ジーンを守るように引き寄せた。
慌ただしい様子で人が入って来る。ジーンはそのうちの一人に見覚えがあった。
彼はジーンを指さして叫ぶ。
「いました! あの子どもです」
それはイツキが昏倒させた門番だった。大きな怪我をしているようには見えなくて、ジーンはほっと息をつく。
けれど門番たちの後ろから現れた騎士を見て、ジーンは目を見開いた。
「あ」
その騎士は紫の生地に銀糸で刺繍がされた制服を身に纏い、白い羽飾りのついた兜を被っていた。
年齢は四十台の後半ほどだろうか。鍛え上げられた体つきで、腰に下げた銀の長剣にも揺るがない足取りで歩み寄って来る。
その騎士はひとめ見て他の騎士と違う、一つの特徴があった。
(……女性の騎士様だ)
女性騎士は脇の兵士たちとほとんど変わらないくらいに背が高く、白い肌に碧眼で、茶色がかった長い金髪を結って背中に垂らしていた。
ヴィーラントは女性騎士を見て、剣呑な調子で言った。
「入って来いとは命じてないぞ、ヴェルザンディ」
女性騎士はヴィーラントとジーンを静かな目で見て返す。
「殿下、人に触れることができるようにおなりか」
ヴィーラントは腕に抱えたジーンを見やる。彼は少し考えて、むっとした調子で返した。
「……ジーンは特別だ」
「左様ですか。まずはそれを喜びましょう」
ヴェルザンディと呼ばれた女性騎士は、金属の擦れる靴音を鳴らしながらジーンたちに近付く。
その前にイツキが立ち塞がった。ジーンの前に立って鳥が翼を広げるように腕を伸ばして、ヴェルザンディを見下ろす。
ヴェルザンディは許しを請うようにイツキに言う。
「危害は加えませぬゆえ、どうぞお通しください。フェルニル殿」
彼女が呼んだ聞きなれない名前にジーンは首を傾げたが、イツキは身じろぎ一つしなかった。
イツキは黙ったまま金色の瞳を冷たく光らせて、ヴェルザンディを見据えていた。
(なんだかイツキさん、怒ってる。きっと騎士様も、勝手に入ってきた私に怒る……はず)
ジーンはそう思って、ヴィーラントの腕を抜け出した。
「あの」
ジーンはイツキの足の下も潜り抜けて、ヴェルザンディの前まで歩み寄ると膝をついた。
「いけないことをしたのはわかっています。でも、フェ……フェル……」
途中まではゆっくりながら言えたのだが、ジーンは喉が痛むように言葉に詰まる。
「……さんは、帰してあげてください」
どうしてか、ジーンはイツキをフェルニルとは呼べなかった。仕方なく身振りでイツキを示してから、ジーンは床に頭をつけて懇願する。
ふいに日だまりにいるような香りがして、ジーンは目だけを上げる。
そこにヴェルザンディが膝をついて、ジーンの肩に触れていた。
「お顔を上げてください。私はフェルニル殿とあなたのことをお聞かせ願いたいのです」
ヴェルザンディはジーンを助け起こしながら言う。
「私はあなた方をお待ちしていましたから」
ジーンが見上げたヴェルザンディの緑の瞳は、陽光に照らされた大樹の葉のようだった。そこにジーンたちへの敵意はない。
ジーンが不思議そうにその目を見上げていると、ヴィーラントが歩み寄って言う。
「俺も同席させろ。でなきゃすぐに解放してやれ」
「どうぞ。殿下も当然知っておかなければならないことでございます」
ヴェルザンディはあっさりとヴィーラントの提案を認めて、かえってそれがヴィーラントの気に障ったようだった。
ヴィーラントは不機嫌そうに鼻を鳴らして、先に部屋の外に足を向けた。
ふいにヴェルザンディは門番たちに視線を投げかけて、彼女に頭を下げたままの彼らに告げる。
「怪我を負わせてすまなかった」
「いいえ」
兵士たちはなお頭を低くして告げる。
「ヴァルキュリアのお言葉に従います」
ヴェルザンディはうなずいてその言葉を受けると、促すようにジーンを見た。
ジーンが慌ててヴェルザンディの方に駆け寄ると、彼女は歩調を緩めてジーンに合わせてくれた。
ヴェルザンディの導く先にジーンも続く。ジーンの隣に、イツキが並んだ。
「ジーン。何やってる、早く来い!」
階段の上からヴィーラントが怒鳴るのが聞こえて、ジーンは慌てて前に向き直った。