転生したら幼精霊でした~愛が重い聖獣さまと、王子さまを守るのです!~
8 独占よく
二日後の昼過ぎ、ジーンはイツキに連れられて大樹を下り、アスガルズ宮に向かった。
二人が今度は正門から門番に近付くと、イツキが通行証らしき羊皮紙を取り出して見せて言う。
「ヴァルキュリアの元に案内するよう」
通行証にはヴァルキュリアを模したような白い羽飾りで彩られた印章が押されていた。門番たちは恐縮すると、慌てて門の中の者に取り次いでくれた。
ジーンは不思議そうに首を傾げてイツキに問いかける。
「あの通行証は?」
「あなたがお眠りになっている間に受け取って参りました。許しなくお側を離れて申し訳ございません」
「いえ。何から何まで、イツキさんを頼りにしてしまっています」
ジーンが申し訳なさそうに言うと、イツキは首を横に振った。
「精霊に頼られない聖獣なんて悲しすぎます」
まもなく門が内側から開かれて、騎士が現れて言った。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
緑の制服に白いマントの騎士はうやうやしく一礼すると、ジーンとイツキを城塞の中へと誘った。
石作りの城は、イツキの言ったとおり砦らしい作りをしていた。迷宮のように入り組んで、真っすぐには進めないようになっている。所々で石の扉を下ろして敵の侵入を阻む。窓は弓矢を放つ穴があるくらいで入り口は極力減らしてあった。
そこは常に兵士が巡回し、警戒態勢を取っていて、この国が今まで数々の戦争に見舞われてきたのを物語っていた。
ジーンはその中を歩きながら思う。
(私は覚えていないけど、こんな中、イツキさんは地下牢のヴィーラント殿下のところまで入っちゃったから。人間じゃないと思われても、仕方ないのかも)
案内の騎士はその事情を知っているのか、恐れるような目でジーンとイツキを見ていた。
「こちらでお待ちください」
応接室らしい一室に通されると、ジーンとイツキはそこでヴェルザンディを待った。
そこは窓から庭を臨むことができた。庭では騎士たちが武術の訓練をしていた。
ジーンはふとその光景に見入った。刃はたぶん潰してあるのだろうが、激しく槍をぶつけ合う様に騎士たちの気迫が伝わって来た。
ひときわ動きが俊敏な騎士がいた。周囲の騎士たちに比べると小柄でまだ子どもに思えるのに、銀の防具や槍の重さもまるで感じていないかのように身軽に動き、あっという間に相手を壁まで追いつめて行く。
小柄な騎士はついに相手の槍を弾き飛ばして、その喉元に刃の先を突き付けようとした。
「ちっ!」
けれどその騎士は勢い余ったのか自らの槍を壁に叩きつけてしまい、刃先ごと槍をへし折ってしまった。その間に、相手の騎士は腰から剣を抜いて喉元に突き付ける。
相手の騎士は肩をすくめて、吐き捨てるようにつぶやく。
「馬鹿力」
相手の騎士が兜を外すと、それは眩しいばかりの金髪の巻毛と吊り目の奥に青い瞳を持つ、美しい面立ちの少女だった。年齢は十代の後半ほどで、よく見ると胸当ての下には豊かな胸を持っていた。
彼女はその容姿にぴったりの気の強そうな声で言う。
「武具を無駄にするんじゃないわよ。それも国民の血税なのよ」
小柄な騎士の方も、兜を取って文句をつけた。
「しょうがないだろ。こんな細いの、すぐ折れるんだから」
そこに肩で揃えた銀髪と紫の瞳が現れて、ジーンはほっと心が温かくなった。
ジーンはうれしくなって窓辺に駆け寄る。
(ヴィーラント様、太陽の下の方がお元気そうでいいな)
ジーンがにこにこして窓辺に立っているのを見て、イツキは彼女に告げる。
「王子にお会いしますか」
「はい!」
元気よくうなずいたジーンに、イツキは彼女の手を取って外に導いた。
ジーンが庭に出ると、ヴィーラントが彼女をみつけて駆け寄る。
「あ、ジーン!」
ヴィーラントはまっすぐにジーンのところに辿り着くと、むっとしながら言う。
「今度は俺から行くって言ったのに!」
「ごめんなさい……来たかったんです」
指を立ててジーンを怒るヴィーラントに、ジーンははにかむ。
ヴィーラントは仕方ないなという風に腰に手を当てて、ジーンを見下ろした。
「わかったよ。じゃあ遠乗りに行こう。いいだろ?」
「はい」
ヴィーラントのきらめく紫を見返して、ジーンはうなずく。体が太陽に照らし出されたように温かくなって、優しい気持ちが溢れてくる。
「ヴィーラント様の御心のままに」
「馬鹿じゃないの」
ふいに言葉を挟んだのは、先ほどまでヴィーラントの相手をしていた少女騎士だった。
「精霊には、意思ってものはないのね?」
「おい、フレイア」
ヴィーラントは少女に詰め寄って目をとがらせる。
「ジーンをいじめるのは許せない」
「あんたみたいな弱い王子が言っても聞く理由はないわ」
彼女は負けじとヴィーラントを睨み返して言い放つ。
「優柔不断も嫌いだけど、腑抜けはもっと嫌い。前から言ってるわよね。あんたがこれからも引きこもるんだったら、私が代わりに国を治めてあげるって」
「俺のことは何て言ってもいい。でもジーンは悪く言うな」
にらみあったヴィーラントとフレイアに、ジーンが困り顔になったときだった。
黙ってそれを見ていたイツキがふいに口を開く。
「……フレイア姫、あなたの言霊は確かに強い」
イツキの声はささやくような調子だったのに、場には水を打ったような静寂が立ち込める。
「最初のヴァルキュリアのように。貫くような意思を感じる」
ジーン以外に対しては冷ややかな態度を崩さないイツキにしては珍しく、その言葉は慈しむような温かみがこもったものだった。
「だが主は意思がないわけではない。精霊の強い言霊は命令になってしまうから、口にできないだけ。主と長く過ごせば、わかっていただけるはず」
イツキは目礼をすると、硬直したように立ち竦むフレイアからジーンに視線を戻す。
「ヴェルザンディを待ちましょう」
「はい。フレイア様、お邪魔してしまって申し訳ありませんでした」
ジーンは深く頭を下げると、イツキが導く方に足を向ける。
けれど袖を引かれてジーンは立ち止まる。振り向くと、ヴィーラントがジーンをみつめていた。
「フレイアのことは気にしなくていい。ヴェルザンディならここに呼んでやる」
案内の騎士に声をかけようとしたヴィーラントに、ジーンは慌てる。
けれど幸い、ちょうどヴェルザンディが到着する時間だったようだった。ヴィーラントが命じる前に、廊下から白い羽飾りの騎士が現れた。
ヴェルザンディはよく通る声でジーンたちの来訪を喜んで、二人に一礼する。
「よくいらした。ジーン殿、フェルニル殿」
「ヴェルザンディ」
ヴィーラントはヴェルザンディの姿をみとめるなり、まくしたてるように言った。
「今日は勉強も訓練もちゃんと全部終えた。だからジーンを遠乗りに連れて行っていいだろ?」
ヴェルザンディは顎に手を当てて考える素振りを見せると、小さく頷く。
「まあ、たまにはよろしかろう」
「よし。行こう、ジーン!」
ヴィーラントはジーンの手を取って駆け出す。
けれどヴィーラントは迷いなく走ろうとしたから、ジーンはすぐにつまずいて転びかかってしまった。
その前に、イツキがジーンをすくい上げた。ジーンの影のように音も無く動いて彼女を抱え上げたイツキを、ヴィーラントはむっとして見上げる。
「目が見えない俺より遅くてどうするんだよ。しょうがないな」
首を横に振って、ヴィーラントは手をつないだまま今度は歩いてくれる。結ばれた手は無骨だが温かくて、ジーンは微笑んだ。
ヴェルザンディはそんな二人を見てうなずいてから、フレイアに声をかける。
「フレイア様も気晴らしに出かけられてはいかがか」
「私は遊んでいる暇はないわ。勉学があるの」
フレイアは顔を背けて歩き去ってしまう。その後ろ姿にヴェルザンディは目を伏せたが、振り向いて既にだいぶ離れたヴィーラントたちに言葉を放った。
「後でお迎えにあがります。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
そうして、ジーンはヴィーラントに連れられて城塞の外に向かった。
二人が今度は正門から門番に近付くと、イツキが通行証らしき羊皮紙を取り出して見せて言う。
「ヴァルキュリアの元に案内するよう」
通行証にはヴァルキュリアを模したような白い羽飾りで彩られた印章が押されていた。門番たちは恐縮すると、慌てて門の中の者に取り次いでくれた。
ジーンは不思議そうに首を傾げてイツキに問いかける。
「あの通行証は?」
「あなたがお眠りになっている間に受け取って参りました。許しなくお側を離れて申し訳ございません」
「いえ。何から何まで、イツキさんを頼りにしてしまっています」
ジーンが申し訳なさそうに言うと、イツキは首を横に振った。
「精霊に頼られない聖獣なんて悲しすぎます」
まもなく門が内側から開かれて、騎士が現れて言った。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
緑の制服に白いマントの騎士はうやうやしく一礼すると、ジーンとイツキを城塞の中へと誘った。
石作りの城は、イツキの言ったとおり砦らしい作りをしていた。迷宮のように入り組んで、真っすぐには進めないようになっている。所々で石の扉を下ろして敵の侵入を阻む。窓は弓矢を放つ穴があるくらいで入り口は極力減らしてあった。
そこは常に兵士が巡回し、警戒態勢を取っていて、この国が今まで数々の戦争に見舞われてきたのを物語っていた。
ジーンはその中を歩きながら思う。
(私は覚えていないけど、こんな中、イツキさんは地下牢のヴィーラント殿下のところまで入っちゃったから。人間じゃないと思われても、仕方ないのかも)
案内の騎士はその事情を知っているのか、恐れるような目でジーンとイツキを見ていた。
「こちらでお待ちください」
応接室らしい一室に通されると、ジーンとイツキはそこでヴェルザンディを待った。
そこは窓から庭を臨むことができた。庭では騎士たちが武術の訓練をしていた。
ジーンはふとその光景に見入った。刃はたぶん潰してあるのだろうが、激しく槍をぶつけ合う様に騎士たちの気迫が伝わって来た。
ひときわ動きが俊敏な騎士がいた。周囲の騎士たちに比べると小柄でまだ子どもに思えるのに、銀の防具や槍の重さもまるで感じていないかのように身軽に動き、あっという間に相手を壁まで追いつめて行く。
小柄な騎士はついに相手の槍を弾き飛ばして、その喉元に刃の先を突き付けようとした。
「ちっ!」
けれどその騎士は勢い余ったのか自らの槍を壁に叩きつけてしまい、刃先ごと槍をへし折ってしまった。その間に、相手の騎士は腰から剣を抜いて喉元に突き付ける。
相手の騎士は肩をすくめて、吐き捨てるようにつぶやく。
「馬鹿力」
相手の騎士が兜を外すと、それは眩しいばかりの金髪の巻毛と吊り目の奥に青い瞳を持つ、美しい面立ちの少女だった。年齢は十代の後半ほどで、よく見ると胸当ての下には豊かな胸を持っていた。
彼女はその容姿にぴったりの気の強そうな声で言う。
「武具を無駄にするんじゃないわよ。それも国民の血税なのよ」
小柄な騎士の方も、兜を取って文句をつけた。
「しょうがないだろ。こんな細いの、すぐ折れるんだから」
そこに肩で揃えた銀髪と紫の瞳が現れて、ジーンはほっと心が温かくなった。
ジーンはうれしくなって窓辺に駆け寄る。
(ヴィーラント様、太陽の下の方がお元気そうでいいな)
ジーンがにこにこして窓辺に立っているのを見て、イツキは彼女に告げる。
「王子にお会いしますか」
「はい!」
元気よくうなずいたジーンに、イツキは彼女の手を取って外に導いた。
ジーンが庭に出ると、ヴィーラントが彼女をみつけて駆け寄る。
「あ、ジーン!」
ヴィーラントはまっすぐにジーンのところに辿り着くと、むっとしながら言う。
「今度は俺から行くって言ったのに!」
「ごめんなさい……来たかったんです」
指を立ててジーンを怒るヴィーラントに、ジーンははにかむ。
ヴィーラントは仕方ないなという風に腰に手を当てて、ジーンを見下ろした。
「わかったよ。じゃあ遠乗りに行こう。いいだろ?」
「はい」
ヴィーラントのきらめく紫を見返して、ジーンはうなずく。体が太陽に照らし出されたように温かくなって、優しい気持ちが溢れてくる。
「ヴィーラント様の御心のままに」
「馬鹿じゃないの」
ふいに言葉を挟んだのは、先ほどまでヴィーラントの相手をしていた少女騎士だった。
「精霊には、意思ってものはないのね?」
「おい、フレイア」
ヴィーラントは少女に詰め寄って目をとがらせる。
「ジーンをいじめるのは許せない」
「あんたみたいな弱い王子が言っても聞く理由はないわ」
彼女は負けじとヴィーラントを睨み返して言い放つ。
「優柔不断も嫌いだけど、腑抜けはもっと嫌い。前から言ってるわよね。あんたがこれからも引きこもるんだったら、私が代わりに国を治めてあげるって」
「俺のことは何て言ってもいい。でもジーンは悪く言うな」
にらみあったヴィーラントとフレイアに、ジーンが困り顔になったときだった。
黙ってそれを見ていたイツキがふいに口を開く。
「……フレイア姫、あなたの言霊は確かに強い」
イツキの声はささやくような調子だったのに、場には水を打ったような静寂が立ち込める。
「最初のヴァルキュリアのように。貫くような意思を感じる」
ジーン以外に対しては冷ややかな態度を崩さないイツキにしては珍しく、その言葉は慈しむような温かみがこもったものだった。
「だが主は意思がないわけではない。精霊の強い言霊は命令になってしまうから、口にできないだけ。主と長く過ごせば、わかっていただけるはず」
イツキは目礼をすると、硬直したように立ち竦むフレイアからジーンに視線を戻す。
「ヴェルザンディを待ちましょう」
「はい。フレイア様、お邪魔してしまって申し訳ありませんでした」
ジーンは深く頭を下げると、イツキが導く方に足を向ける。
けれど袖を引かれてジーンは立ち止まる。振り向くと、ヴィーラントがジーンをみつめていた。
「フレイアのことは気にしなくていい。ヴェルザンディならここに呼んでやる」
案内の騎士に声をかけようとしたヴィーラントに、ジーンは慌てる。
けれど幸い、ちょうどヴェルザンディが到着する時間だったようだった。ヴィーラントが命じる前に、廊下から白い羽飾りの騎士が現れた。
ヴェルザンディはよく通る声でジーンたちの来訪を喜んで、二人に一礼する。
「よくいらした。ジーン殿、フェルニル殿」
「ヴェルザンディ」
ヴィーラントはヴェルザンディの姿をみとめるなり、まくしたてるように言った。
「今日は勉強も訓練もちゃんと全部終えた。だからジーンを遠乗りに連れて行っていいだろ?」
ヴェルザンディは顎に手を当てて考える素振りを見せると、小さく頷く。
「まあ、たまにはよろしかろう」
「よし。行こう、ジーン!」
ヴィーラントはジーンの手を取って駆け出す。
けれどヴィーラントは迷いなく走ろうとしたから、ジーンはすぐにつまずいて転びかかってしまった。
その前に、イツキがジーンをすくい上げた。ジーンの影のように音も無く動いて彼女を抱え上げたイツキを、ヴィーラントはむっとして見上げる。
「目が見えない俺より遅くてどうするんだよ。しょうがないな」
首を横に振って、ヴィーラントは手をつないだまま今度は歩いてくれる。結ばれた手は無骨だが温かくて、ジーンは微笑んだ。
ヴェルザンディはそんな二人を見てうなずいてから、フレイアに声をかける。
「フレイア様も気晴らしに出かけられてはいかがか」
「私は遊んでいる暇はないわ。勉学があるの」
フレイアは顔を背けて歩き去ってしまう。その後ろ姿にヴェルザンディは目を伏せたが、振り向いて既にだいぶ離れたヴィーラントたちに言葉を放った。
「後でお迎えにあがります。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
そうして、ジーンはヴィーラントに連れられて城塞の外に向かった。