呪われた悪霊王女は、男として隣国の人質となる~ばれたくないのに、男色王子に気に入られてしまって……?~
21話 悪霊を祓うために向かうは?
♢
直接的かつ、強い被害を出していたことを鑑みても、ヒシヒシは今日でどうにか霊障を終わらせたい存在であった。
そのため、リナルドに少し無理を言って出してもらったのは、リヴィ外への馬車だ。
「普通はこんなに簡単に人質である君を出したら、怒られるんだけどね」
「……こうなってはしょうがないですよ」
それも、別に遠出をしてほしいわけでもなかった。
馬車が向かったのは、リヴィのすぐ近くにあるオルラド領だ。約一刻もしないうち、ちょうど日暮れになる頃に領内へとたどり着く。
その中でも小高い丘の上に居を構える公爵屋敷前で、ベッティーナ達は降り立った。
普通、こんな時間に訪れれば追い返されるべきところだが、そこは王子である。
「悪いね、こんな時間に急に訪ねて。今から少しだけミラーナに会わせてほしいんだけれど可能かな」
「……す、すぐに!」
一声かけただけで、警備をしていた者が立派な鉄門の中へと飛んでいく。
しばらくすると、執事が迎えに上がって、ベッティーナたちを屋敷内へと通してくれた。
やはり、権力のある家だ。リナルドの屋敷に負けず劣らず、その作りは豪奢だ。
「悪いことをしたかな。すまないね、そう大げさな話ではないのに」
と、大廊下を渡りながら、リナルドは案内をする使用人に声をかける。
すると、その彼はまるでかじかんだ手足を動かそうとしているくらいぎこちない動きで振り返り、首を何度も横へと振った。
「そ、そ、そんな滅相もない! やっと、その気になってくれたのかと屋敷中お祝いムードなくらいで……って、あ、すいません、余計なことを」
……どうやら盛大な勘違いをされているらしい。
だが、よく考えてみればそうとしか捉えられない。こんな夜分近い時刻に、馬車を飛ばしてまで訪ねてくるのだ。
リナルドがミラーナに会いたかったと考える方が、自然かもしれない。
空気感はともかく、二人とも年齢は近く、仲もいい。公爵家の人間が、その方向で進めたい気持ちも理解できた。
実際、ミラーナが待つ部屋の前についたところで、
「お付きの方はこちらへどうぞ。ごゆるりお待ちください。明日の朝になる場合は、ベッドも使っていただいて結構ですので」
ベッティーナだけは別室へ案内されてしまう。
たぶん、よほど早く彼らを二人きりにしたかったのだろう。なかば無理に袖を引かれて、つっと前につんのめったが……
「いいや、この人は付き人じゃないんだ。一緒に入らせてもらうよ」
それを留めてくれる人がいた。
リナルドが間に割って入り、ベッティーナの袖から使用人の手を払いのける。それと、と付け加えて、その高い上背からその使用人を見下ろした。
「気軽に触れない方がいいよ。痛い目を見るかもしれない」
なんて、冷たい視線を刺して言う。
かと思ったら一転して、ベッティーナの右手をすくった。
やっぱり狙われているのはミラーナではなく、ベッティーナ、いや男としてのベッティーノだったりして……。そんな疑念がよぎって、背筋が凍りかけるがけれど違った。
「指輪が傷ついたらいけないだろ? 大丈夫かい?」
配慮してくれたのは、プルソンの宿る指輪のほうらしい。ベッティーナは一応右手の中指を確認し、すぐに自分の胸元へと引っ込める。
「大丈夫ですよ。袖を引かれただけですから」
「そうか、ならよかった。……それで、じゃあ案内してくれるかな」
リナルドは、すっかり委縮してしまっていた使用人に、繕った感満載の笑顔を向ける。それにより無事二人で、ミラーナの待つ部屋へと通してもらえた。
「急でびっくりしたわよ、ベッティーノ様にリナルド様まで!」
入ると、扉のすぐ前まで、ミラーナがにこにこの笑顔で出迎えてくれる。なにとはなく甘やかな香りがふわり漂ってきた。
今日は髪を後ろで高く結んで束にしていた。髪留めは、パールのあしらわれたバレッタで、若葉の形をしたチャームがついていて季節感がある。
化粧具合は前より抑えめだったが、リップだけは少し濃い目で、その顔立ちをくっきりと見せていた。
やはり見込んだ通りだ。
「なんだ、ミラーナ。ベッティーノ君が来ることを知っていたのかい?」
「うふ、リナルド様と付き人が来るって聞いてましたけど……考えてみたら、お一人ではるばるいらっしゃることなんてありえませんでしょう」
「はは、言われてみたらそうだ。使用人たちはなにを考えているんだか」
ミラーナは、リナルドと歓談しつつ二人を席へと座らせてくれる。
そこに用意されていたのは、薄く切られたパウンドケーキと、ミントの葉がそこに入れられたティーカップ、それからティーポットだ。
その中には、鮮やかな薄紅色をした綺麗な液体が入っている。
「これってもしかして……」
ベッティーナは思わず顔をあげて、ミラーナを見た。
「あら、気付いていただけましたの! 嬉しい! そうですわ、前にあなたも好きと言っていたハーブティーです。ローズヒップですわ。うちの庭で栽培している薔薇から取ったものなんですよ」
小さく、お上品な顔にぱっと笑顔の花が開く。それから彼女は小さく身体を左右に揺すり、こちらを上目に見る。
たぶん、飲んだ反応を確かめたいのだろう。ベッティーナはその期待のまなざしに応える形で、一口含む。
ほのかに甘い香りにたがわぬ、いい風味だった。その独特の酸味が、口の中がさっぱりとさせる。
「とても美味しいですね」
と言えば、気に入ってもらえてよかったですわ、と彼女は小さく身体を左右に揺すっていた。
「よろしかったら、持って帰ってくださいな! うちで作っているものですから遠慮なさらず!」
「えっと、ありがとうございます……」
「あ、こちらのパウンドケーキもうちで作らせているもので――」
話題は飛び飛びに移っていく。が、それらをいきいきとして語るミラーナに、ベッティーナは本題を切り出せない。
というか、王子であるリナルドをそっちのけで、こちらにばかり話しかけてくるのもいかがなものか。
ベッティーナはリナルドの方をちらりと窺う。
「もう少し聞いてやってくれ。舞い上がってるんだ」
こう言われてしまったということは、つまりだ。
本当に、婚約者候補として見られてしまって、アピールを受けているらしかった。
リナルドの男色の相手になるより抵抗感はないが……別に女性が好きであるわけでもない。
ベッティーナはどうにかミラーナに話を合わせながら、本題を切り出す機会を探る。
「今日も、綺麗な髪留めですね」
そこで思いついたのは、容姿を思ったままに褒めることであった。
「えっ⁉ そ、そうですかぁ? そういうベッティーノ様も、切れ長の目が素敵ですけど……」
ミラーナは、ぽっと頬を赤く染めて、前髪を目の前までひっぱってくる。
まさか褒め返されるとは思っていなかったから、こちらも目を隠したくなったが、ミラーナと違ってベッティーナは恥じらう乙女ではない。
すぐに本調子を取り戻し、彼女の美的センスを感じたままに褒めたあと……
「今回来たのは、そんなミラーナ様の付けられているアクセサリー、それから服などを一部頂戴できないかと思ってきたのです」
最終的に、流れの中で切り出すことができた。
「……へ? いいですけど、どうされるのです? もしかして、ベッティーノ様がお使いになるのです? まぁ背もほどよいですし、可愛らしいところもありますから色々と似合いそうではありますけど」
「いいや、ちょっと事情があってね。悪魔が出たから、その浄化に必要なんだよ。今は使っていないものでいいから、どうかな。もちろんお金は払うさ」
リナルドはここでベッティーナに代わり、事情説明をしてくれる。
要するにベッティーナが思いついた解決策には、おしゃれなアクセサリーや服が必要だったのだ。
それも、ちょっとやそっとではなく、洗練されたものがいい。
そうなると、街で適当に見繕うわけにもいかない。知り合いの極端に少ないベッティーナに浮かんだのは、夜会の際に見た貴族の令嬢らしい上品な美しさを見せていたミラーナの姿だけであった。
わざわざミラーナに会いに来たのは、そのためだ。
実際、ベッティーナとは違いかなり人脈の広いリナルドも、彼女をもってほかに適任はいないだろうとしていた、
「……なるほど、そういうご理由でしたか」
話を聞き終えたミラーナは、あごに手を当て、一拍子考え込む。
しかし、そのすぐあとに部屋の外にいた使用人を呼び、棚奥にあるアクセサリーや衣服を持ってくるように命じてくれた。
「まぁ、お越しいただいただけた理由がそれだったのは残念ですけど……。これで貸しが一つ作れましたわね。お金はいりませんわ。かわりに、いずれまたここへ来てくださいな」
そのわけは、こういうもの。にこりと笑うその顔には、策士としての一面も垣間見えた。したたかなところもあるのだ、こう見えて。
そうしてミラーナから、服やアクセサリー一式をもらってベッティーナ達は屋敷を後にする。
「……本当に君が着ても、似合いそうだと思うけどな。今度、なにかプレゼントでもしようか」
「馬鹿なことを言ってないでください」
「本音を言っただけなのに?」
もう春が過ぎて初夏になる頃なのに、馬車の中にいるのに寒気がした。
仮にも男(実際は女だが)に対して、面と向かって言う事ではない、普通は。
身の危険を覚えたベッティーナは、馬車を急かして、リヴィへと戻ったのであった。