呪われた悪霊王女は、男として隣国の人質となる~ばれたくないのに、男色王子に気に入られてしまって……?~

5話 屋敷での日々は研修漬け?


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ベッティーナがリナルドの屋敷へと移り、二週間程度はあっという間だった。
 そのわけは、過密日程とベッティーナがあまりにも物を知らなかったことにある。そこで毎日のようにさまざまな分野の講師が訪れて、指導を受けることとなったのだ。
講師の中には「世間知らずにもほどがある。どれだけ宝のように育てられてきたんだ」と憤るものもいたが、残念ながら真逆だ。使わなくなった家具みたいに、裏側にしまわれ続けていたのである。
 周辺諸国の事情から魔法理論、政治や経済の基礎知識、マナーなどまでベッティーナが長らく触れてこなかったことが、幅広く叩きこまれる。
 ありがたいことではあったし望んでいた者でもあったが、ろくに自分の時間を持ないのは痛かった。そして、被害はそれだけにとどまらない。
「つぅっ」
あくまで男として連れてこられたため、剣術などもその対象だったからなおのこと困った。
 正直この十年、まったく身体を鍛えてなどいなかった。
そのため、少し型を習っただけでこのざまだ。全身を筋肉痛に見舞われている。
 おかげさまでまだ空が白みだしてきたくらいの早朝に足を吊り、目が覚める羽目になっていた。
 一度痛みが気になりだすと、もはや眠りなおすことはできない。動いている方がましだと考え、ベッティーナは起きだす。
 ちなみにここへきてからも、着替えや湯浴みはすべて一人で行っている。
もともとあの屋敷にいた頃からそうしていたし、なにより女であることをばれるわけにはいかないから、無理を通したのだ。
 そのため、一人でさっさと朝支度を整えたベッティーナは、部屋を出て庭へと足を運んだ。
屋敷の外へ出たわけではないが、元居た場所とは違い、ここは開放感がある。リヴィの街並みを見下ろしながら、石製の長椅子で一息ついていたら、足音が聞こえてくる。
それだけで、誰が来たのか分かるのだからさすがのオーラだ。
(……厄介なのがきたわね)
ここ数日で彼、リナルド・シルヴェリには苦手意識が芽生えていた。ベッティーナは、気配を消すように息を殺し景色に同化しようとする。
が。
「こんなに朝早くから起きていると驚いたな、いい心がけだ」
 その男は遠慮なく、ベッティーナの隣に座った。
誰もが息を吞むような美青年だ。あたりの花壇に咲く花より可憐な笑顔がベッティーナへと向けられる。
寝間着姿というラフな格好でも、その輝きは褪せることを知らない。長いまつ毛も、くっきりとした二重も健在で、なんというか光の衣を纏っているかのよう。
だが、そんな外見に騙されてはいけない。ベッティーナは目を景色へとやったまま応じる。
「リナルド様こそ、こんなに早朝からなにを?」
「僕は朝の散歩だよ。今日はたまたま日の光で目覚めたからね。それに、今日のようにからっと晴れた朝には、この子達とたわむれたいと思ってね」
 リナルドはそう言うと、両の掌を握り合わせる。
 彼がゆっくり瞑目すると、その手に付けられた指輪が四つ、それと首から提げていたネックレスにつけた指輪が一つ光る。それらはそれぞれ、白や青といった別の色をして輝いていた。
 ネックレスのものだけは、やたらと眩しいから天使が召喚されるのかもしれない。
そう思いつつも、あまりの輝きにベッティーナが目を瞑っていた少しのうちに、そこには数体の精霊や天使が現れている。
手のひらに乗るような大きさのものが数体に、獣型のもの、人の子のような見た目のものとその種類も幅広い。
「……精霊魔法ですか。ここまでの精霊を呼べる人は初めて見ました」
 普通、契約できても一体のみ、優秀な精霊師で二体程度だ。
「はは、よく言われるよ。でも、別になにか特別な事をしているわけじゃないんだけどね。どうも僕は生来から魔力量も多いし、精霊に好かれやすい体質らしいんだ。一応、「白」だけじゃなくて、「茶」属性もあるんだけどね」
 リナルドはそう言いながら、精霊たちとたわむれはじめる。
 ……よそでやってくれないだろうか、と。ベッティーナが内心で思ったことが顔に出すぎていたのかもしれない。
「なにこの人。やけにオーラが暗い気がするよ、ご主人」
 そのうち、頭に輪を浮かべた手のひらサイズの天使に、こう指摘されてしまう。少女のような外見をした彼女は、リナルドも耳元でしかし、ベッティーナにも聞こえるように話す。
 性格はともかく、さすがは天使である。もしかすると、オーラなどで悪霊が見えることがばれていたりするのかもしれない。
どきりとするが、リナルドはその言葉を取り合わなかった。
「天使が滅多なことを言うものじゃないよ、ラファ。彼はうちの国にとっても、大事な人なんだからこれから親しくしてやってくれ。それより、そこの剥げてしまった芝生を直してくれるかい?」
「なんだ、これくらい? あたしにかかれば、これくらいすぐだね」
 こう頼みこめば、ラファと呼ばれた天使はすぐにそれに従った。
日の光を反射せずとも輝く不思議な粒子が、剥げてしまった芝生の上へと降り注ぐ。すると簡単に緑がよみがえるのだから、驚きだ。草の先までぴんと張っていた。
いわゆる治癒魔法だろう。
そもそも精霊師にしか使えない魔法であるうえに、かなり高度な魔法が目の前で使用されていた。
「うん、これで元通りになったね。ありがとう助かったよ、ラファ」
「また用があったらすぐに呼んでくれれるといいよ、ご主人。あなたのためなら、なんでもするよ」
 この一週間ほど、プルソンを屋敷の井たるところへ遣わして情報収集は済ませていたが、その情報通りだ。
リナルドは、精霊たらしとも呼ばれるくらい、精霊たちに気に入られており、かなり強力な精霊魔法を使う事ができる。国の中でも有数の魔法使いらしい。
……だというのに、だ。
ベッティーナは視線が向いていることがばれぬよう、庭の陰に潜んでいる悪霊へと目をやる。
そう、なぜかこの屋敷には悪霊も多い。少なくとも間違いなく、悪霊たちを消し去る浄化魔法は施されていない。
 リナルドは見えないことが理由だとしても、悪霊が見えるはずの天使や精霊すらも、その存在を容認している。
 なぜだろう、とベッティーナは瞑目し改めて考える。
「悪かったね、君は魔法が使えなかったのだったね。精霊にも興味がなかったかな」
 話しかけられ目を開けて、思わず声を失った。
その整いすぎた顔がこちらを、鼻先が触れるような距離でのぞきこんでいたのだ。ぎょっとしたベッティーナは慌てて距離を取ろうとして、地面を蹴ろうとする。
しかし足の筋肉痛のせいベンチから落ちかけたところ、手を引かれた。
「……ありがとうございます」
「いいや、僕の方こそ驚かせて悪かったよ」
 これこそが、ベッティーナが彼に苦手意識を持った理由だった。
 とにかく、やたらと距離が近いのだ。さっきの顔の近さなんて、恋人同士の距離感だろう。
それが女性相手だったのなら、まだマシだったかもしれない。軽薄な男だと割り切って接すればいいからだ。
が、今のベッティーナは女ではなく、男としてこの屋敷にいる。それが問題であった。
「おはようございます、リナルド様。こんなところにいらしたのですね! 探しましたよ」
ちょうどそこへ、新たな人物が現れる。
リナルドのお付きをしている執事、フラヴィオ・ブルーノだ。
背が低く目が丸っこくて、声が高いのがその特徴だ。なんとなく犬みたいだ、とベッティーナは勝手に思っている。
「これはこれは、隣国の。いたのですね」
だが、そのしっぽが振られるのは、リナルドに対してだけである。
ベッティーナのことは眼中にもないらしく一転して冷たい声でそう言われたと思ったら、その場で業務の話を始めたりなどしてしまう。
(だから、よそでやってくれないかしら……)
そう考えながら、一方で目を切れなかったのは、リナルドに対してまことしやかに囁かれていた噂のことがあったからだ。
それは、リナルドが男色を好むという噂である。
「リナルド様、現在進めているハウスメイドの採用についてですが――」
「あぁ、その件か。うん、あんまり人手不足にならないようにしたいところだから、早めに頼むよ」
その噂の根拠とされているのが、この執事・フラヴィオとの関係性だ。
このフラヴィオはここ数か月のうちにお付きの執事として雇われたらしいのだが、そこからリナルドは彼ととくに懇意にしている。ことあるごとに一緒にいるうえ、相談事もよく行っているそうで、その仲の良さはかなりのものらしい。
さすがに面白がっているだけだろう。
そう思っていたが、目の前で見ると、たしかにただの主従関係を超えて親しいようにも映った。
 それに男色の噂が本当なら、さっきのベッティーナへの近すぎる距離感も理解ができる。
 ぞわりと身の毛がよだった。
 もし彼が男に興味があったとした場合、女だとばれたらどうなるか分かったものじゃない。あまり接すれば、見抜かれる危険性も高そうだ。
 噂の真偽がどうであれ、極力関わらないようにしよう、と。
ベッティーナは改めてそう思いなおす。二人が深く話し込む横をすり抜けるようにして、部屋へと戻ったのであった。
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