恋愛体質
 周囲の人がチラッとこちらを見た。
 こらえようとすると余計に咳が止まらなくなった。

「ゴホ、ゴホ」

「ゴホ、ゴホ」

 もうこうなると発作だ。
 周囲の視線ももはやチラ見というレベルではなく、あからさまな批難とか中には敵意かと思うような凝視もあった。

 (どうしよう。降りるわけにもいかないし)

 咳込みながら、仕方なくバッグからハンカチを出してマスクのうえから口元を押さえた。

 咳はほとんど止む間もなく断続的に10分以上続いていた。
 私の前に座っている人は寝ていて、その隣の人は何度か私の方をちらちらと見ていたが寝てしまった。

「ちょっとすみません。」

 隣のドアあたりに立っていた一人の男性が、混んだ車両の中、人の隙間をぬってこちらの方向に移動してきた。

 その人は私の脇まで来て止まると

「これ。」

 と言って私の手にのど飴を3粒置いた。

「舐めなよ。」

 そう言うとくるりと方向を変え、私から少し離れたところへ移動した。

 私はとっさのことでびっくりした。咳込みながら背中に向かって

「あり、ゴホゴホ、がとう、ございます。ゴホゴホゴホ」

 というのがやっとだった。
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