恋愛体質
「あれ?東京でよかったんだっけ?」

我に帰ったように成沢が言った。

「日比谷。だから有楽町で降りる。」

私は答えた。

「乗り換えるの?」

私は成沢に聞いた。

「天王洲だから。」

列車がホームに到着する間際、壁になっていた成沢が姿勢を変えた。

(!)

ちょうど私から死角になっていたが同じ車両の端のドア、私の位置からだとドア2つ分程離れているがプリンスがそこに立っているのを見た気がした。

よく見ようとして成沢の体を手でよけた途端に列車のドアが開いて人の波がバラけてホームへと動き出した。

「なんだよ、降りるよ。」

成沢が言った。

私はなおもプリンスがいたと思われる辺りを目で追って見たが無駄だった。見えなくなってしまった。

諦めて成沢より少し遅れて降車した。成沢は邪魔にならない所で私が降りるのを待っていた。

「誰かいたの?」

怪訝な顔で聞く。

「なんでもない。ごめんね。」

見間違いかも知れなかった。勘違いかもしれない。一度だけすれ違ったという程度の人だから。

でもプリンスに違いないと心が騒いでいた。見つけたという興奮と見逃したという落胆が混ざって、でも心がさざ波だっていた。

成沢の後ろについて中央コンコースまで出る間、ずっとそんな感じで上の空で歩いていた。

「じゃあな。」

「うん。」

有楽町に着いた。成沢は軽く手を振った。私も小さく手を振り返してからホームにおりた。
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