神様の寵愛は楽ではない
あるとき美奈は、猫であった。
ちょっと変わった猫だった。
猫特有のビロードのようなみっちりとした艶毛が、生れつき一本も生えなかったのだ。
親猫は幾日かで育児をふいと放棄した。
自分に似た毛色の、手のかかるかわいい子供たちがほかにも3匹いたからだ。
美奈は知恵もなく、危険な世界にひとりぼっちで放り出されのだった。
美奈を救ったのは、たまたま腹をすかしてうろついていた町に住みついた野良犬だった。
あわれと思ったからだった。
犬社会で異種族の美奈は、異質であった。
野良ネコ家ネコはもちろんのこと、いつも野良ネコに残飯をやる心優しい人たちからも、気味悪がられた。
繰り返される拒絶の日々。
美奈はそこから逃げ出すことにした。
もう大人になった。知恵もついた。
ひとりの方が気楽だと思った。
町をでて、山の中でひとりで生きることにした。
その山は冬は寒くて雪がふる。
毛のある動物にだけでなくて、人にとっても過酷であった。
山越えに失敗し、雪解けした春に凍死体が見つかることも多々あった。
何回めかの冬の夜、人の気配に美奈は藪影から様子をうかがった。
旅姿の若い僧侶だった。
方向を失ってさ迷い、美奈の隠れる小さな洞窟に、風雪を避けて来たようだった。
火を起こす道具もない。
僧侶は凍えていた。
このまま、僧侶は凍死するだろうと予想できた。
美奈は、己の醜い体を思ってためらったが、洞窟の中で男は身じろぎひとつしなくなったので、そばに寄ってみることにした。もともとここは美奈のねぐらで、遠慮するのも筋違いだと思ったからだ。
はだけた懐に潜り込むと、まだ温かさが残っていた。
自分と同じ、のっぺりとした毛のない肌であった。
安心した。
はじめて仲間を見つけたような気がした。
美奈は顔をすりつけ、しっぽを巻き付け、暖かさを味わった。
猫の体温は人より高く、暖め効果はすぐにでる。
男は、翌朝目を覚ました。
洞窟の外は雪が積もっているのに、体が熱くて汗がにじむほどである。
着物の中の、己の腹のあたりに何か重く熱いものが貼りついていた。
手でさぐると吸い付くような触感で、ぐにゃりと柔らかい。