神様の寵愛は楽ではない
美奈は16歳になった。
奉公先に二つ年上の若様がいた。
美人で評判で気立ての優しい美奈の幼馴染と結婚の約束を交わすのを、桜の木の影から見て涙する。
「とても美しいですね……?」
はっと美奈は振り返る。
自分より10は年上の男が美奈に声をかけた。
自分のことを美しいと言われたかと思って驚いたのだ。
なぜなら、美奈は、生まれて一度もいわれたことがなかったからだ。
自分でも美しいと思ったことはない。
男はくすりと笑う。
美奈の驚きを察したように。
「この桜です。頬に桜の花びらがはらりと当たるので、今の時期はとても美しいのでしょう、わたしの目の代わりにみてもらえませんか?」
男の目はきつく閉じられ、眼球があるところは落ちくぼんでいる。
彼は目が見えなかった。
美奈は安堵した。
自分の醜い外見だと、一目見るなり、悪態をつき、唾を吐き、声をかけたことを後悔した顔をして、去ってしまうことも、日常的なことだった。
露骨な態度は女より男の方が多い。
だけど女は、美奈の顔を見ることで、優越感に浸っている。
イロコイに枯れたような年長者はまだまし。
若者ほど、残酷な態度をとる。
いちいち、傷ついてはいられないのだけれど。
美奈は相手がみえないのを承知で、にっこりと笑いかけた。
「美しいですよ。ほら風に、ぼたん雪のように桜が舞っています。あなたの髪にも、服にも」
男は首を傾けた。
「あなた、ここで泣いていたのですか?」
「え……?」
声も出さずに泣いていたから、彼にはわかるはずがないと思っていたのだった。
鼻もすするのを我慢した。
声を頼りに男は近づいてくる。
だけど、地面から盛り上がった桜の根につまずき、バランスを崩した。
身を引こうとしていた美奈は慌てて手を伸ばして、自分の体で男を受け止めた。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう」
男は美奈の顔に無骨な手をそっと滑らせ、顔を確認する。
男は笑顔になった。