神様の寵愛は楽ではない
2-4、第一夜 完
「あなたはとてもきれいな娘さんなのですね。泣いたらいけませんよ」
言われて、美奈はわなわなと体を震わせた。
「わ、わたしは美しくなんてありません!顔も足の裏にも醜いアザがあって、誰も見向きもしてくれません!好きな男も、結婚するのはきれいな友人です!」
男は臆面もなく泣き出し激高する美奈に驚いたが、頬を包みその涙にキスをした。
優しく触れる暖かい唇に、美奈は泣くのも忘れて硬直する。
「アザですか?わたしには、お肌が艶々ですっきりとした顔立ちの、ふっくらした唇の愛らしい美しい娘さんにしか見えませんよ」
はじめて向けられる優しい笑顔に賞賛だった。
美奈は男と結婚する。
男は吸い付くような肌の、頑張り屋で心優しい美奈を、心より愛したのだった。
そうして美奈は、幾度となく人としての生をめぐりはじめた。
その度に、美奈は美しさを損なう何かを伴って生を受けていた。
その都度、そんなハンディなどものともせずに、愛されて生きては死んでいく。
それを時折里に出没して見守るのは白犬。
神に使える神獣だと、何かが見える者は言う。
どんな時代に生まれても、美奈の魂の匂いをかぎつけた。
ちらりちらりと今生の生きざまを傍観する。
「なんとまあ、哀れでありながら健気だねえ……」
彼の主人は知らん顔。
だけど白犬は知っている。
美奈が土を這う虫であった時、主人はちょいと馬の鼻先に触れて、蹄鉄に踏みつぶされるのを助けたこと。
雪山で遭難した僧侶に、ピンクの猫がいる洞を見つけさせたこと。
命を終えた後、次に生まれるのはどこなのか、どんな存在なのか、じっと耳を澄まし、目を凝らし、探していること。
その魂の器の出現を、空白の間には今日か明日かと心待ちにしていること。
美奈の悲しみやもだえ苦しむさまは、飲み干したと思えば満たされる、極上の蜜酒だった。
己が醜く生まれついたことの絶望を味わせることは、かつてこの世の奇跡を凝縮したような美しい女の、お似合いの末路だった。
なんと滑稽で、胸のすくような悲しみであり苦しみなのであろう。
その呪いは魂に刻み付けられている。
神がその生のいくつかをうっかり見逃してしまうことはあっても、呪いは美奈を逃すことはなかった。
だがその呪いも、ほろりほろりと解けていく。
どんなに醜くとも、やがて美奈は心より愛されてその命を全うしていったのだから。
「愛されては死んでいったの?じゃあ、美奈は今はどこにいるの?生きているの?」
ばあばは女の子のあたまをなでた。
目を輝かせる女の子の顔には桜の花びらの形をしたあざがある。
女の子は気にして顔を伏せがちで何をするにも消極的だったから、両親は気にしていた。
「ここにいるよ。あんたは名前はちがうけれど美奈の生まれ代わりなんだよ。その頬にはかわいい桜の花びらの印があるだろ?いつか、その花びらごと愛してくれる人と出会えるのだからね」
女の子は笑顔になった。
大輪の花が咲いたような笑顔だった。
第一夜 むかあし、昔 完
言われて、美奈はわなわなと体を震わせた。
「わ、わたしは美しくなんてありません!顔も足の裏にも醜いアザがあって、誰も見向きもしてくれません!好きな男も、結婚するのはきれいな友人です!」
男は臆面もなく泣き出し激高する美奈に驚いたが、頬を包みその涙にキスをした。
優しく触れる暖かい唇に、美奈は泣くのも忘れて硬直する。
「アザですか?わたしには、お肌が艶々ですっきりとした顔立ちの、ふっくらした唇の愛らしい美しい娘さんにしか見えませんよ」
はじめて向けられる優しい笑顔に賞賛だった。
美奈は男と結婚する。
男は吸い付くような肌の、頑張り屋で心優しい美奈を、心より愛したのだった。
そうして美奈は、幾度となく人としての生をめぐりはじめた。
その度に、美奈は美しさを損なう何かを伴って生を受けていた。
その都度、そんなハンディなどものともせずに、愛されて生きては死んでいく。
それを時折里に出没して見守るのは白犬。
神に使える神獣だと、何かが見える者は言う。
どんな時代に生まれても、美奈の魂の匂いをかぎつけた。
ちらりちらりと今生の生きざまを傍観する。
「なんとまあ、哀れでありながら健気だねえ……」
彼の主人は知らん顔。
だけど白犬は知っている。
美奈が土を這う虫であった時、主人はちょいと馬の鼻先に触れて、蹄鉄に踏みつぶされるのを助けたこと。
雪山で遭難した僧侶に、ピンクの猫がいる洞を見つけさせたこと。
命を終えた後、次に生まれるのはどこなのか、どんな存在なのか、じっと耳を澄まし、目を凝らし、探していること。
その魂の器の出現を、空白の間には今日か明日かと心待ちにしていること。
美奈の悲しみやもだえ苦しむさまは、飲み干したと思えば満たされる、極上の蜜酒だった。
己が醜く生まれついたことの絶望を味わせることは、かつてこの世の奇跡を凝縮したような美しい女の、お似合いの末路だった。
なんと滑稽で、胸のすくような悲しみであり苦しみなのであろう。
その呪いは魂に刻み付けられている。
神がその生のいくつかをうっかり見逃してしまうことはあっても、呪いは美奈を逃すことはなかった。
だがその呪いも、ほろりほろりと解けていく。
どんなに醜くとも、やがて美奈は心より愛されてその命を全うしていったのだから。
「愛されては死んでいったの?じゃあ、美奈は今はどこにいるの?生きているの?」
ばあばは女の子のあたまをなでた。
目を輝かせる女の子の顔には桜の花びらの形をしたあざがある。
女の子は気にして顔を伏せがちで何をするにも消極的だったから、両親は気にしていた。
「ここにいるよ。あんたは名前はちがうけれど美奈の生まれ代わりなんだよ。その頬にはかわいい桜の花びらの印があるだろ?いつか、その花びらごと愛してくれる人と出会えるのだからね」
女の子は笑顔になった。
大輪の花が咲いたような笑顔だった。
第一夜 むかあし、昔 完