神様の寵愛は楽ではない
彼は腰を重く下ろしている。
腹を立てわたしが席をたてば、それこそ彼の思うつぼなのかも知れない。
周囲でくすりと笑う声もする。
その中には手にコーヒーカップをもって、待っている友人がいるのだろう。
考古学は外見を気にしない人たちが多いし、己の美やと個性才能を競う芸能教育と対極にあると言える。
わたしはいたたまれなくなった。
新学期早々、不快な思いをする必要もない。
席が欲しいのならばくれてやる。
「やあ、さくら君。待ったかな。誰と相席してるんだい?」
「え?」
着流し姿の見知らぬ男が立とうとしたわたしの肩に手を掛けた。
着物姿は学院では珍しいものではないが、身体になじんだ着こなし方に名の知れた俳優かもしれないと顔を確かめてしまう。
ぼっさりと長めの髪に、急いで家をでてきましたとでもいうような無精髭が顎にまばらに生えていた。こんなときでもほんのすこし、がっかりしてしまった。
だけど、彼がわたしを助けようとしてくれているのはわかったので、調子を合わせた。
「しらない子。あなたの席だといっているのに勝手にこの一年がとったのよ」
「君の名前を聞いていいかな?」
「あ、先生ですか!僕、用事を思い出しました。すみません!」
一年男子はあわてて腰をあげた。
「いっちゃったね、あの子じゃないけどその席、君の友人がくるまでいいかなあ」
わたしがうなずいた。
着物だけを見れば風流で、無精髭をなんとかすれば非常に整った顔なのではないかと想像したくなる男だった。
「えっと、助かりました。ありがとうございます。あのままじゃあ、本気で喧嘩してしまいそうだったので。学生じゃないですよね。芸教の先生ですか?」
「芸教?」
「芸能教育学部を略して芸教って言うんです。じゃあ国文ですか?」
「ああ、どちらの学部の先生じゃありません」
「じゃあ通信教育のスクーリングとかで学校に来た社会人とか?」
「通信教育でもなくて。国文の授業とかなかなか面白そうだとはおもったんですけれど」
「先生でも生徒でもなければ、一体どういう関係ですか?」
ますます興味がわいた。
「そのう、採用面接を受けにきたんです」
「教職員の面接試験ですか?」
着流しの男は困ったように髪をなでつけた。
返事がしにくい質問だったのかもしれないので、話題を変える。なんだか質問ばかりしている。
「その、どうしてわたしをさくらって、呼ぶのですか」