神様の寵愛は楽ではない
月明かりが禍々しく照り輝くある深更。
桜の花が盛りの中、神気の気配の揺らぎを感じて、はらりはらりと散り始めていました。
「……姫よ、出てきておくれ……」
美奈は呼び掛ける声に目を覚まし、庭への障子をついと引く。
そこには顔を伏せ膝をついた若武者がいる。
真っ白い狐のような犬を一匹ひきつれている。
その犬はぱたぱたと尻尾を砂利に叩きつけながら興味もなさげに、横目で美奈を見ている。
彼女を守るために養父が配置した護衛の者たちは役立たずにも寝むりこけてしまっているのか。不審者を知らせるために敷いた玉砂利はまったく役目をはたしていない。
「わたくしを呼ぶのはそなたか?何ゆえか?」
娘の声は月の雫かと思えるほど、玲瓏な響である。
「あなたの美しさは天女の如くと聞きおよび、海を越え、山を越え、数々の苦難を乗り越えて、わたくしは参りました。
あなたを妻にして傍に置き、人の身として許される限りの間、愛でたいのです。どうかわたしの妻になってもらえないだろうか」
美奈は跪拝する若者の、柄のない質素な衣服と腰に下げた刀をみて、最近都で力をつけているという下賎な武士と判断する。
日の元で間近にみれば、その衣服は無地ではあるが、葛の色を写し取ったほんのり淡い色味を帯びていて、この世のものとも思えないぐらいの細さの糸で織り上げられた微細な細工ものだが、月光だけがたよりの娘にはわからない。
そしてその佩刀した鮫革の太刀からは、ひとたび抜けば、一里四方のあやかしどもが一斉に退散するほどの、毒々しい神気が解き放たれるなど思いもよらない。
ましてや、男に良く手懐けられた猟犬の、被毛の白さは妖気がけぶり、燃えるように立ち昇るさまであるとは誰が知り得よう。