神様の寵愛は楽ではない
1-3、
先ほどまで人であった者が何を口にしているのか、美奈にどれだけ理解できたのか。
ざあっと夜風が吹き、桜の花びらを散らす。
美奈の艶やかな黒髪が、風に乗る花びらをはらんで膨らみ、広がりながれた。
白犬が真正面から美奈を凝視し、白い毛の全てがゆらりと逆立ち波打っていた。
長い舌を垂らした耳まで裂けた口で、くすりと嘲笑されたような気がする。
ただの猟犬に?
生まれてはじめて、美奈は恐怖を抱いた。
人の魂を石ころという男が、人であるはずはなかった。
自分よりもはるかに危険な美しさをもった、魑魅魍魎の類い、人ならざるものなのだ。
自分は何を怒らせたのだ?
その凄惨な美貌に目が吸いつけられた。
顔がほてる。目が乾く。
恐怖のあまり、かまどに飛び込んで一瞬のうちに死の安らぎを得たくなる。
火に飛び込む馬鹿で哀れな羽虫の気持ちはこのようなものなのか。
男はひとさし指を突きつけた。
玩具をえた子供のように、口元に笑みが浮かんだ。
楽し気に逡巡すると、鼻先に突きつけた指先をくるりくるりと回す。
美奈は風車のように回る指先から眼をはなせない。