アリンコと佐藤くん
第一章 サイアクの出会い!?

1 行動しよう! バレンタインデー

「ねぇ、アリンコ! 今年のバレンタインデーどうする?」
 お昼休み。あたしは突然友だちの芙美(ルビ・ふみ)ちゃんにたずねられ、ほおばっていたお弁当の卵焼きを思わずぐっと飲みこんだ。
「ど、どうするもなにも……あたし、全然なにも予定ないよ?」
 とまどいつつ答えると、芙美ちゃんは目を丸くした。
「えー、ウソでしょ? アリンコ、誰にもチョコあげないつもり?」
 あたしの名前は有川 凛子(ルビ・ありかわ りんこ)。
 だけど、友だちみんなからはいつも「アリンコ」って呼ばれてる。
「ありかわ りんこ」を略してるのと、クラスでいちばん背がちっちゃいから、こんなふうに呼ばれるようになっちゃった。
「だって、バレンタインデーなんて、そんなのまったく意識してなかったもん」
 中学生になったら自然と恋をして、誰かとつき合って、キラキラの学校生活を送れると思ってた。
 でも、現実はそんなに甘くなかったんだよね。
 中学校に入学したら、毎日の授業について行くのに精いっぱい。
 塾にも通ってるから、なかなか部活に入るヒマもなくて。
 忙しい日々を乗り切ろうと試行錯誤してるうちに、いつの間にか中学一年生の冬が過ぎ去ろうとしてる。
 もうすぐバレンタインデーだってことも、芙美ちゃんに言われるまですっかり忘れてた。
 あさってかぁ……。
「ねぇ。予定がないなら、ショウくんにチョコあげない?」
 ショウくん?
「――って、まさか、うちのクラスの佐藤 翔馬(ルビ・さとう しょうま)くん?」
「そう、そのショウくん! あたしもあげようと思ってるんだ」
 芙美ちゃんはかけている銀縁のメガネをキラリと光らせた。
「えーっ! 佐藤くんに?」
 佐藤 翔馬くんは、うちのクラス一年A組で、いちばんのイケメン。
 パッチリと大きな黒い瞳に、すっと通った鼻すじ。
 さわやかにほほえむ口元は、まるでアイドルみたいに整ってる。
 背も高いし足もスラッと長くて、おまけに運動神経ばつぐん。
 中学一年生にしてサッカー部期待のレギュラーで、他校と試合のある日は、毎回クラスの女子がこぞって応援にかけつけるんだ。
 あたしも、前に芙美ちゃんにさそわれて試合を観に行ったことがあるけど、風になびく佐藤くんの黒髪、ボールを追いかけるときの力強いまなざし。
 そして、シュートを決めるときの迫力――すっごくカッコよかった。
 もし佐藤くんみたいな彼がいたら、毎日ドキドキが止まらないだろうな。
 きゅうくつな学校生活も、キラキラ輝いて見えるかも。
 だけど……。
「確かに佐藤くんはあこがれの存在だけど、チョコあげるなんて、あたしにはムリだよ。すっごい人気者だもん」
 そう、佐藤くんの人気はうちのクラスだけじゃないの。
 他のクラスの女子にも佐藤くんのことは知れわたっていて、学年内でファンクラブができてるって話も聞くほど。
 いっぽう、あたしはあだ名どおり、アリンコみたいにちっちゃくて。
 丸っこい目や、ちょっとポチャッとしたほおにはまだまだ幼さが残ってる。
 佐藤くんみたいにスポーツも得意じゃないし、勉強だってふつう。
 こんなあたしが、人気者の佐藤くんに注目してもらえるわけないよ。
「でもさぁ、そのほうがかえって渡しやすくない?」
 え? 芙美ちゃん、それってどういうこと?
 あたしが目をパチクリさせていると、
「たとえ、つき合えないって断られたとしても、佐藤くんみたいに競争率の高い相手だったら『人気者だからしょうがないよね』って、サクッとあきらめられるでしょ?」
 と、芙美ちゃん。
「けどあたし、ふだん全然佐藤くんとしゃべったことないし……」
 同じクラスってだけで、接点はほとんどないもん。
 すると、芙美ちゃんはじっとあたしの顔をのぞきこんで、
「そりゃいきなり、彼女にしてください! とか言ったら引かれるかもだけど、チョコ渡すとき、友だちからお願いしますって、ひとこと書いとけば、うまくいけばLINE交換とかしてもらえるかもしんないじゃん? せっかくのバレンタインデーなんだから、なんにも行動しないなんて、もったいなくない?」
 と力強く主張した。
 そっか。バレンタインにあげるのはなにも本命チョコだけとはかぎらないよね。
 友だちになるきっかけとして、チョコを渡すんだったらアリ……かな?
 芙美ちゃんの言うとおり、バレンタインデーなんて年に一度しかやって来ない大事なイベントだもんね。
「それなら――あたしも、チョコあげてみようかな?」
 そう言うと、芙美ちゃんはあたしの両肩をガシッ! とつかんで、
「その意気だよアリンコ! じゃあ今日の放課後さっそくチョコ買いに行こっ」
 と、ニッコリほほえんだ。
「それが……今日は塾なんだ」
 笑顔の芙美ちゃんがガクッ、と肩を落とす。
「えぇ~? やっとアリンコが前向きになったと思ったのに。しょーがない、じゃ明日行こっ。ギリギリだけど、まだバレンタインフェアやってるはず」
「ゴメンね、芙美ちゃん。明日なら大丈夫だから!」

 そして翌日のこと。
「うわぁ、寒~い」
 けさは雪が降ってる。
 天気予報によると、今日は雪が積もるみたい。
 チラチラ舞ってるのはキレイだけど、やっぱり冷えるなぁ。
 はく息がみるみる白くなるよ。
「アリンコ、たいへーん!」
 登校して、ゲタ箱で靴をはきかえようとしたとき。
 芙美ちゃんが血相を変えてこちらにやって来た。
 いつもきっちり髪の毛をシニヨンにまとめてるのに、今日はちょっぴり毛先がはみ出してる。
「どうしたの、芙美ちゃん?」
「ろう下で、ぬき打ちの服装指導やってるの」
「そうなの?」
 寒いのにくわえて、さらにユウウツなことが重なる。
「アリンコも今のうちにスカートの丈もどしといたほうがいいよ」
「わ、分かった!」
 うちの学校の制服は、紺色のブレザーに灰色のスカート。
 無難といっちゃ無難だけど、地味といえば地味。
 スカート短めにしたいけど、あんまり短くすると、先生に怒られたり先パイたちに
「あの子ナマイキじゃない?」
 って、にらまれたりするから、ほんのちょっとだけしか調節できないんだ。
 おまけにあたしは地毛がほんの少し茶色くて、くせっ毛でもある。
 だから、ときどき先生に、染めたりパーマをかけてるんじゃないかって疑われたりするから、髪の毛はいつもおさげ頭にして少しでも目立たないようにしてる。
 服装指導ってとってもめんどくさいんだ。
「おはようございます……」
 コートを脱ぎ、ろう下に立っている服装指導担当の先生にあいさつして、通りすぎようとすると。
「ちょっと待ちなさい」
 先生は、険しい目つきであたしのことをジロジロとながめた。
 どうしよ、どうしよ。なんか怒られるのかな?
「――行ってよし」 
 よかったー! 特になにも言われなかった。
 と、ホッとしたのもつかの間。
「こらっ! お前、なんだそのかっこうは!」
 次の瞬間、ろう下じゅうに先生のどなり声がとどろいた。
 ビックリしたー! いったいなにが起こったの???
 ビクビクしつつ後ろをふり向いたら。
「ああ?」
 見覚えのない男子が、不機嫌そうに眉をひそめてる。
 その姿にあたしは思わず息をのんだ。
 肩あたりまで伸びた、わずかにウェーブのかかったキラッキラの金髪。
 高校生に見まちがえるほど背が高くて、ハッとするほど鋭い目つきは、まるでオオカミみたい。
 ブレザーを思いっきり着くずして、首元にはシルバーでできたドクロのチョーカー、腕にはブレスレット、スラックスにはチェーンをつけている。
 こ、このひと、もしかして暴走族かなにか……?
「どんなカッコしようが、オレの勝手じゃないスか」
 ギロッと先生をにらむ金髪男子。
「ふざけるな! 学生にふさわしい、きちんとした服装をしてこいと言ってるんだ。服装の乱れは心の乱れだぞ!」
 あたしを含む、まわりの生徒たちの心臓が飛び上がりそうになるほどすごい剣幕の先生。
 けれども、
「はぁ? るっせぇな。オレ、チコクしてねーし、盗みも殺人もやったことねーけど? どこが心乱れてるワケ?」
 金髪男子はまったく怖じ気づくことなく、しれっとそう言い放った。
「お前……!」
 先生の怒りが火山のようにバクハツしそうになったそのとき。
「アリンコ、なにボーッとしてんの! 早く行こっ」
 芙美ちゃんがあたしの手を引っぱって、タタタッと教室に入った。
「あぶなかったー。さっきの男子、C組のヤンキーだよ」
「えっ、あのひと先パイじゃないの?」
 あたしと同級生なんて信じられないくらい大人っぽかったよ?
「前にC組の子から聞いたんだけど、いっつも校則ガン無視した服装で登校してるんだって。体格も大きいし、態度もあんな感じだから、しょっちゅう上級生や先生たちとバトってて。でも本人はぜんぜん聞く耳もたずで、クラスの子たちや担任の先生すら手がつけられないらしいの」
「そ、そんなに……?」
 担任の先生ですら手のつけられないほどの不良???
「アリンコもあんまりあのひとのそばに寄らないほうがいいよ。思わぬトラブルに巻きこまれるかもしれないから」
「うん――」
 驚いちゃった。まさかうちの学年にあんなコワそうなひとがいたなんて。
 別のクラスだし、もう関わることがないといいんだけど……。
「それよりさ、アリンコ! 今日は行けるよね? バレンタインフェア」
「うん、もちろんだよ!」
 佐藤くんにどんなチョコあげよう? 楽しみだな。

「うわぁ、いろいろある!」
 放課後、芙美ちゃんといっしょに出かけたデパートのバレンタインフェア。
 たくさんのチョコレートが並んでる。
 外国のチョコ専門店や、地元のケーキ屋さんまでいろいろなところが出品してるみたい。フロアじゅうにチョコの甘い香りがただよってる。
「こないだ来たときはもっとたくさんあったんだよ。ショウくん用のチョコはそのときに買ったんだ。今日は自分のと、それから家族にあげる分も買おうかな。ま、弟とお父さんにはちっちゃな義理チョコでいっか」
 芙美ちゃんは、イシシといたずらっぽく笑った。
「そうだ、お父さんにもチョコあげなきゃ。でも、そうするとちょっと予算オーバーしちゃうかも……」
 バレンタインフェアのチョコ、おいしそうだけど、みんな高いんだよね~。
 なにかいい方法ないかな、とチョコ売り場をぐるぐる回っていると、手作りキットのコーナーを見つけた。
 わぁ。チョコブラウニーにパウンドケーキ、マフィンにマカロン……いろいろある。
 あたし、お菓子を作るのが好きだからこれにしようかな?
「パウンドケーキの手作りキット買っちゃお!」
 ケーキ型二台分も作れるみたい。便利だなー。
「おっ、手作りにすんの? それもいいアイディアだね」
「これならたくさん作れそうだし、みんなにも分けられるから」
「なら、あたしの分も期待してるよ。アリンコ」
 芙美ちゃんが、ポンッとあたしの肩をたたく。
「うん、芙美ちゃんの分も作ってくるよ!」
 そのあと、ラッピング用の包装紙やバッグなども選んでたら、すっかり日が暮れて、外にはしんしんと雪が降り積もっていた。
「じゃあ、あたし駐車場にお母さんが迎えに来てるから。また明日学校でね!」
「うん、今日はありがとう。芙美ちゃん」
 ペコッと芙美ちゃんにおじぎをすると。
「ねぇ、アリンコ」
「なに?」
「このバレンタイン作戦で、少しでもショウくんとの距離が縮まるといいよね」
 そう言われて、思わずほおが、ポッと赤くなる。
「うん……でも、ふたりとも佐藤くんと親しくなったら、あたしたちライバル同士になっちゃうよね?」
 それはちょっと困るなぁ。芙美ちゃんとケンカなんてしたくないよ。
 すると、芙美ちゃんはすました顔で、
「そのときはそのとき。正々堂々と戦いましょう!」
 ビシッ! とあたしに指をさした。
「えええ~?」
 困惑しているあたしを見て、芙美ちゃんはとたんに表情をくずした。
「なーんてね。結果はどうなるか分かんないけど、とにかくチャレンジしてみようよ。なにもやんなきゃ、なにも始まらないもん。それじゃ!」
 さっそうと去っていく芙美ちゃん。ベージュのトレンチコートをはおった後ろ姿が、クールでカッコいいな。
 それにくらべて、あたしは小学生のときから着てる、ふわふわファーのフードがついた茶色いダッフルコート。あたしもお母さんにたのんでトレンチコートに買い替えてもらおうかな?
 でも、ああいうの背が高くないと似合わなそうだし……。
「いけない、けっこう降ってる」
 雪よけにフードをかぶって、帰りのバスの停留所に向かって歩き出す。
 冬はあっという間に暗くなるな。早くバスに乗って帰ろう。
 信号が青になった横断歩道を、てくてくと歩いていると。
 ビビーッ!
 急にクラクションのけたたましい音が鳴った。
 えっ? なに?
 パッと横を見ると、左折して来た車が猛烈なスピードでこっちに突っこんでこようとしている。
 あぶない!
 次の瞬間、あたしの身体はふわり、と宙に浮いた。
 ウソ? あたし、ひかれちゃったのかな……。
 でも、それにしては全然痛くないし、なぜかとってもあったかい。
 かすかに柑橘系のいい香りもするし……。
 もしかして、一瞬で天国に来ちゃったとか???
「てめー、どこ見て運転してんだ! ざけんなよ、あやうくこの子が死ぬところだったじゃねーか!」
 キンキンのどなり声が耳元で響き、あたしはパチッと目を開けた。
 なに? なに? なにが起こったっていうの?
「んっ……」
 なにかサラッとしたものがあたしのほおをかすめた。
 それはキラキラときれいな金髪だった。
 え? 金髪?
 見上げると、あたしのすぐそばに見覚えのある顔があった。
 きめの細かい白い肌。
 吸いこまれそうなくらい深い色をした力強い瞳。くっきりと高い鼻。
 それに、首元にまとったドクロのチョーカー。
 ってこのひと……けさ会ったC組のヤンキー!
 あたし、なんでこのひとに抱きかかえられてるの?
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