アリンコと佐藤くん
3 佐藤くんの危機!?
翌日。
朝、学校のゲタ箱で靴をはきかえていると、
「おっはよ、アリちゃん」
佐藤くんに声をかけられた。
今日もいつもと変わらぬまぶしいくらいの金髪。
それに、手と首にしっかり身につけたシルバーアクセサリー。
まだ眠たいのかな? 少し寝ぐせのついた髪に手をやりながら、ふあぁと大きなあくびしてる。
そうやって大きな口開けてると、寝起きのライオンそっくりで、ちょっとかわいい。
「ん? アリちゃん、なに笑ってんの?」
しまった。じっと顔見てたこと気づかれちゃった。
「な、なんでもないの。おはよう、佐藤くん」
あれれ? なんだろう、さっきからろう下のほうがにぎやかだな。
「今日なにか行事あったっけ?」
「さーね。また服装指導でもやってんじゃね?」
また!? やだなぁ、スカートの丈もどさなきゃ。
髪の毛はきっちり結んでるけど、ヘアゴムが派手だって言われるかな。
「アリちゃん、そんな心配することねーって。あんなんテキトーにハイハイって言っときゃ大丈夫だよ」
佐藤くんが、あたしの背中にポンッと手をやる。
そりゃあ、佐藤くんはコワい先生にしかられても全然平気かもしれないけど。
あたしはちがうもん!
あんなふうにどなられたら腰抜かしちゃうよ。
ふるえる子犬みたいにビクビクしながらろう下を通りかかると。
「おはようございます! 今日も一日がんばりましょう」
あれっ?
行われていたのは、服装指導じゃなくて、生徒会による朝のあいさつ運動。
およそ一、二か月に一度、生徒会のひとたちが中心となって、登校する生徒たちにこうやって元気よく朝のあいさつをしてるんだ。
なんだー、よかったぁ。
ところが、ホッとしているあたしとは反対に、佐藤くんの顔色はなぜか青ざめてて。
どうしたんだろう? と佐藤くんの視線の先をたどっていくと。
ろう下の真ん中に、背の高い、黒髪の男子生徒がいた。
わあっ。佐藤くんも背が高いと思ってたけど、このひと、佐藤くんよりも長身。
つやのある黒髪はキレイに整えられてて、涼やかな瞳に、べっ甲のメガネをかけてほほえむ顔は、いかにも知的で気品がある。
制服を一点の乱れもなくきちんと着こなして。
大勢並んでいるなかでもひときわ目立つそのたたずまいは、まるで黒ヒョウみたいにりりしい。
確か、このひと……二年の生徒会長だっけ?
佐藤くんに気づいた生徒会長は、ニコニコッと笑いながら、
「こっろうクーン! おっはよーっ♪」
ギュウッと力強く佐藤くんの肩に腕をまわした。
あれあれ? ふたりとも、知り合い同士なのかな?
「……今日朝練じゃなかったのかよ」
どよん、としている佐藤くんとは反対に、生徒会長は満面の笑みを浮かべて話し続ける。
「ホントのこと言うと、虎狼くん油断するじゃん。ねぇねぇ分かってる? 一週間! もうあと一週間だよ?」
「わ、分かってるって」
すると、生徒会長はますます上機嫌になって。
「じゃあ、もうバッチリだな。なにもオレが教えてやらなくても大丈夫だなっ!」
と、バシバシと佐藤くんの肩をたたいた。
「そういうわけじゃねーけど……」
佐藤くんは蚊の鳴くような声でそうつぶやくけれど、生徒会長はまるで聞く耳持たずで、今度はあたしのほうに目を向けた。
「ねぇ。もしかしてキミが虎狼の言ってた子?」
えぇっ。佐藤くん、生徒会長にまであたしのこと話してたの?
「え、えっと……」
なんて話してたんだろう?
まんじゅうの妖精っぽい子を見つけたとかだったりして……。
「こいつ、キミへのお礼にゲーセン連れてってクレーンゲームのぬいぐるみあげたんでしょ? ゴメンね~。こいつ女の子のもてなしかた、全然知らなくて。もし気に入らないことがあったら『ふざけんなバカ』ってはっきり言ってやっていいから!」
生徒会長はさわやかにほほえみながら、佐藤くんのことをバッサリ斬った。
「いえいえっ、うれしかったです! とっても」
あたしがそう答えると、生徒会長は佐藤くんをひじでこづいて、
「いい子じゃん」
と、ひとこと言ってニヤリ。
そしてそのあと、佐藤くんの耳元でなにかささやいた。
「うん……」
たちまち小さな子みたいにしょげている佐藤くん。
「なら、せいぜいがんばるんだな!」
生徒会長はバシーン! と元気よく佐藤くんの背中をひっぱたくと、ふたたび品のある笑顔を浮かべながら、
「おはようございます! 今日も一日がんばりましょう」
と、生徒たちに太陽のように明るくあいさつを投げかけた。
「行こ、アリちゃん」
佐藤くんは、いつになく肩を落として足早にその場から離れていく。
いったいどうしたの? さっき生徒会長になんて言われたのかな?
あとを追いかけていくと、生徒会長の姿が完全に見えなくなったところで。
「なーにが生徒会長だ! あンの悪魔、超ドS、インテリ極道!」
佐藤くんは、ストレスが大爆発したかのようにそうさけんだ。
わわわわ、怒りで髪が逆立ってる。
「さ、佐藤くん……?」
おずおずと声をかけると、佐藤くんはしかられた直後のようにシュン、となって。
「オレさぁ。今度のテストで全科目平均点以下だったら、このカッコやめさせられるんだ」
「えぇっ、誰に!?」
佐藤くんは、人目を気にするようにキョロキョロとあたりを見回したあと、ひそひそ声であたしに告げた。
「さっきの……生徒会長。オレ、あいつだけには頭上がんなくて」
「どうして?」
厳しい先生にも全然物怖じしない佐藤くんが?
「アリちゃん、話聞いてくれるか? ここじゃちょっと話しづらいから、他のヤツのいないところで」
人気のない階段の踊り場で、あたしは佐藤くんの話に耳をかたむけてる。
「もともとオレと生徒会長は、その――昔からのつき合いで。オレがこういう自由なカッコしてても、注意されるだけで停学とかくらわないのは、あいつのおかげなんだ」
「生徒会長の?」
「ああ。あいつが先生にうまく取り計らってくれて。あいつは、オレとちがって成績優秀で運動神経ばつぐんだから、先生たちの信頼も厚いんだ。だけど、ひとつあいつと約束してることがあって」
「約束?」
佐藤くんは、ふうっ、と大きなため息をついて。
「『自由なカッコしたいんだったら、せめて成績は真ん中キープしろ』って。自分のやりたいことを通したいなら、勉強はきちんとやっとけってあいつにクギ刺されてんだ。だけど、さいきん授業がムズくて、成績は落ちるいっぽうで。これ以上、成績下がったら、あいつ、オレのアクセサリー全部ぶん取って、髪バリカンで刈る! っておどしてきやがってよ」
「そ、そこまで?」
アクセサリーはともかく、バリカンで刈るって……。
「あいつ、昔っからやるって決めたらとことんやる人間だから、オレ、今から今度の試験がすげーユウウツで。でも自分じゃどうしたらいいか全然分かんねぇんだ」
あーもー! と、佐藤くんはイラついたように両手で頭をかきむしってる。
「確かにさいきん、授業ますます難しくなってきたよね。あたしもついて行くのが大変で。宿題や塾の課題やるのもひと苦労――」
そのとき、佐藤くんが頭をかきむしっていた手をピタッと止め、パッと顔をあげた。
「アリちゃん、塾通ってんのか?」
「え? う、うん」
「てことは、頭いい?」
佐藤くんの深い色をしたまなざしが、じっとあたしをとらえる。
「え、えーと、クラスの真ん中より少し上くらいだけど」
それって、頭いいほうに入るのかな???
「オレより全然いいじゃん! じゃあ、アリちゃんオレに勉強教えてくれよっ!」
佐藤くんが、ギュッ! とあたしの両肩をつかんだ。
ええぇーっ!?
それって、二人きりでどこかで勉強するってこと?
そんなこと言われたら、あたしもますます勉強が手につかなくなっちゃう。
それに――。
「宝さんは? ほら、こないだの美人の女の子。あのひとは勉強見てくれないの?」
見た感じ、頭もよさそうだったし。
だけど、佐藤くんはムスッと顔をくもらせて。
「宝~? あいつは、いつも学校終わったらすぐボーカルレッスンだよ。オレのことなんて頭にないって」
そ、そうかな? すっごく佐藤くんのこと気にしてたように見えたけど。
「な、たのむアリちゃん! オレのこと助けてくれ」
佐藤くんは両手を合わせて必死に拝んでくる。
そんなぁ~! あたし、お地蔵さまじゃないのに~。
あたし、まだ佐藤くんにホントのこと伝えられてない。
もし、別のひとにあげるはずだったバレンタインプレゼント、まちがえて渡したってことが分かったら軽べつされるに決まってる。
だから、深く関わるのはもうやめようと思ってた。
でも……このままだと佐藤くん、自分の好きなカッコができなくなるかもしれないんだよね。
佐藤くんによく似合ってる、少しウェーブのかかったキラキラまぶしい金髪も、バリッバリに刈られちゃうかもしれないんだ。
あたし、今まで誰かの役に立ったことなんてそんなにないけど、もし少しでも佐藤くんの力になれるのなら――。
「毎日はムリだけど、放課後空いてるときならなんとかなるかも」
そう答えると、佐藤くんはパアッと目を見開いて、
「あっりがとー、アリちゃん! オレにとっての女神さまだーっ!」
ガバッ! とあたしに抱きついてきた。
わ! わ! わ!
たちまち全身の温度がカーッと急上昇!
身体じゅうの血がふっとうして、ヤカンみたいに湯気が飛び出しそうだよ!
「どうした、アリちゃん? 貧血起こしたか?」
「ううん……平気。頭ぐわんぐわんするけど」
佐藤くんの腕のなかでヘロンヘロンになってるあたし。
やっぱり、協力するべきじゃなかったかな……?
それから、あたしたちは放課後に校内で勉強しようと考えてたんだけど。
「失礼します」
と、佐藤くんとふたりで学習室に入ったとたん。
佐藤くんの姿を見た勉強中の生徒たちが、いっせいに佐藤くんに驚きの目を向けた。
「なんで佐藤が……?」
「一年C組の狂犬じゃん」
「オレたちのことぶっ飛ばしに来たのかな」
ヒソヒソ、ヒソヒソ。
静かな室内になんとも言えない緊張がはしってる。
みんな佐藤くんにおびえてるんだ。
「なんだよ、オレは侵入禁止ってワケか!?」
状況を察したのか、佐藤くんもイラッとしてる。
このままじゃ険悪なムードが広がるばかりで勉強どころじゃないよ。
「佐藤くん、ここだと集中しにくいから別のところに行こう」
ほらほら、と、あたしは佐藤くんを外に連れ出した。
「学習室がムリなら、図書室はどうかな?」
と、あたしは提案したけど、
「ダメダメ。さっきのトコと変わんねーよ。みんなオレのこと猛獣が来たような目で見るんだ」
佐藤くんはフンッ、といまいましそうにつぶやいた。
まいったな。学習室も、図書室もダメ。
教室はクラスの子たちがいるし、あとは――。
「そうだ!」
ひとつ心当たりがある。
「アリちゃん、どっかオススメの場所あるのか?」
「うん。学校の外になっちゃうけどいいかな?」
きっと、あそこなら佐藤くんも勉強しやすいかも。
朝、学校のゲタ箱で靴をはきかえていると、
「おっはよ、アリちゃん」
佐藤くんに声をかけられた。
今日もいつもと変わらぬまぶしいくらいの金髪。
それに、手と首にしっかり身につけたシルバーアクセサリー。
まだ眠たいのかな? 少し寝ぐせのついた髪に手をやりながら、ふあぁと大きなあくびしてる。
そうやって大きな口開けてると、寝起きのライオンそっくりで、ちょっとかわいい。
「ん? アリちゃん、なに笑ってんの?」
しまった。じっと顔見てたこと気づかれちゃった。
「な、なんでもないの。おはよう、佐藤くん」
あれれ? なんだろう、さっきからろう下のほうがにぎやかだな。
「今日なにか行事あったっけ?」
「さーね。また服装指導でもやってんじゃね?」
また!? やだなぁ、スカートの丈もどさなきゃ。
髪の毛はきっちり結んでるけど、ヘアゴムが派手だって言われるかな。
「アリちゃん、そんな心配することねーって。あんなんテキトーにハイハイって言っときゃ大丈夫だよ」
佐藤くんが、あたしの背中にポンッと手をやる。
そりゃあ、佐藤くんはコワい先生にしかられても全然平気かもしれないけど。
あたしはちがうもん!
あんなふうにどなられたら腰抜かしちゃうよ。
ふるえる子犬みたいにビクビクしながらろう下を通りかかると。
「おはようございます! 今日も一日がんばりましょう」
あれっ?
行われていたのは、服装指導じゃなくて、生徒会による朝のあいさつ運動。
およそ一、二か月に一度、生徒会のひとたちが中心となって、登校する生徒たちにこうやって元気よく朝のあいさつをしてるんだ。
なんだー、よかったぁ。
ところが、ホッとしているあたしとは反対に、佐藤くんの顔色はなぜか青ざめてて。
どうしたんだろう? と佐藤くんの視線の先をたどっていくと。
ろう下の真ん中に、背の高い、黒髪の男子生徒がいた。
わあっ。佐藤くんも背が高いと思ってたけど、このひと、佐藤くんよりも長身。
つやのある黒髪はキレイに整えられてて、涼やかな瞳に、べっ甲のメガネをかけてほほえむ顔は、いかにも知的で気品がある。
制服を一点の乱れもなくきちんと着こなして。
大勢並んでいるなかでもひときわ目立つそのたたずまいは、まるで黒ヒョウみたいにりりしい。
確か、このひと……二年の生徒会長だっけ?
佐藤くんに気づいた生徒会長は、ニコニコッと笑いながら、
「こっろうクーン! おっはよーっ♪」
ギュウッと力強く佐藤くんの肩に腕をまわした。
あれあれ? ふたりとも、知り合い同士なのかな?
「……今日朝練じゃなかったのかよ」
どよん、としている佐藤くんとは反対に、生徒会長は満面の笑みを浮かべて話し続ける。
「ホントのこと言うと、虎狼くん油断するじゃん。ねぇねぇ分かってる? 一週間! もうあと一週間だよ?」
「わ、分かってるって」
すると、生徒会長はますます上機嫌になって。
「じゃあ、もうバッチリだな。なにもオレが教えてやらなくても大丈夫だなっ!」
と、バシバシと佐藤くんの肩をたたいた。
「そういうわけじゃねーけど……」
佐藤くんは蚊の鳴くような声でそうつぶやくけれど、生徒会長はまるで聞く耳持たずで、今度はあたしのほうに目を向けた。
「ねぇ。もしかしてキミが虎狼の言ってた子?」
えぇっ。佐藤くん、生徒会長にまであたしのこと話してたの?
「え、えっと……」
なんて話してたんだろう?
まんじゅうの妖精っぽい子を見つけたとかだったりして……。
「こいつ、キミへのお礼にゲーセン連れてってクレーンゲームのぬいぐるみあげたんでしょ? ゴメンね~。こいつ女の子のもてなしかた、全然知らなくて。もし気に入らないことがあったら『ふざけんなバカ』ってはっきり言ってやっていいから!」
生徒会長はさわやかにほほえみながら、佐藤くんのことをバッサリ斬った。
「いえいえっ、うれしかったです! とっても」
あたしがそう答えると、生徒会長は佐藤くんをひじでこづいて、
「いい子じゃん」
と、ひとこと言ってニヤリ。
そしてそのあと、佐藤くんの耳元でなにかささやいた。
「うん……」
たちまち小さな子みたいにしょげている佐藤くん。
「なら、せいぜいがんばるんだな!」
生徒会長はバシーン! と元気よく佐藤くんの背中をひっぱたくと、ふたたび品のある笑顔を浮かべながら、
「おはようございます! 今日も一日がんばりましょう」
と、生徒たちに太陽のように明るくあいさつを投げかけた。
「行こ、アリちゃん」
佐藤くんは、いつになく肩を落として足早にその場から離れていく。
いったいどうしたの? さっき生徒会長になんて言われたのかな?
あとを追いかけていくと、生徒会長の姿が完全に見えなくなったところで。
「なーにが生徒会長だ! あンの悪魔、超ドS、インテリ極道!」
佐藤くんは、ストレスが大爆発したかのようにそうさけんだ。
わわわわ、怒りで髪が逆立ってる。
「さ、佐藤くん……?」
おずおずと声をかけると、佐藤くんはしかられた直後のようにシュン、となって。
「オレさぁ。今度のテストで全科目平均点以下だったら、このカッコやめさせられるんだ」
「えぇっ、誰に!?」
佐藤くんは、人目を気にするようにキョロキョロとあたりを見回したあと、ひそひそ声であたしに告げた。
「さっきの……生徒会長。オレ、あいつだけには頭上がんなくて」
「どうして?」
厳しい先生にも全然物怖じしない佐藤くんが?
「アリちゃん、話聞いてくれるか? ここじゃちょっと話しづらいから、他のヤツのいないところで」
人気のない階段の踊り場で、あたしは佐藤くんの話に耳をかたむけてる。
「もともとオレと生徒会長は、その――昔からのつき合いで。オレがこういう自由なカッコしてても、注意されるだけで停学とかくらわないのは、あいつのおかげなんだ」
「生徒会長の?」
「ああ。あいつが先生にうまく取り計らってくれて。あいつは、オレとちがって成績優秀で運動神経ばつぐんだから、先生たちの信頼も厚いんだ。だけど、ひとつあいつと約束してることがあって」
「約束?」
佐藤くんは、ふうっ、と大きなため息をついて。
「『自由なカッコしたいんだったら、せめて成績は真ん中キープしろ』って。自分のやりたいことを通したいなら、勉強はきちんとやっとけってあいつにクギ刺されてんだ。だけど、さいきん授業がムズくて、成績は落ちるいっぽうで。これ以上、成績下がったら、あいつ、オレのアクセサリー全部ぶん取って、髪バリカンで刈る! っておどしてきやがってよ」
「そ、そこまで?」
アクセサリーはともかく、バリカンで刈るって……。
「あいつ、昔っからやるって決めたらとことんやる人間だから、オレ、今から今度の試験がすげーユウウツで。でも自分じゃどうしたらいいか全然分かんねぇんだ」
あーもー! と、佐藤くんはイラついたように両手で頭をかきむしってる。
「確かにさいきん、授業ますます難しくなってきたよね。あたしもついて行くのが大変で。宿題や塾の課題やるのもひと苦労――」
そのとき、佐藤くんが頭をかきむしっていた手をピタッと止め、パッと顔をあげた。
「アリちゃん、塾通ってんのか?」
「え? う、うん」
「てことは、頭いい?」
佐藤くんの深い色をしたまなざしが、じっとあたしをとらえる。
「え、えーと、クラスの真ん中より少し上くらいだけど」
それって、頭いいほうに入るのかな???
「オレより全然いいじゃん! じゃあ、アリちゃんオレに勉強教えてくれよっ!」
佐藤くんが、ギュッ! とあたしの両肩をつかんだ。
ええぇーっ!?
それって、二人きりでどこかで勉強するってこと?
そんなこと言われたら、あたしもますます勉強が手につかなくなっちゃう。
それに――。
「宝さんは? ほら、こないだの美人の女の子。あのひとは勉強見てくれないの?」
見た感じ、頭もよさそうだったし。
だけど、佐藤くんはムスッと顔をくもらせて。
「宝~? あいつは、いつも学校終わったらすぐボーカルレッスンだよ。オレのことなんて頭にないって」
そ、そうかな? すっごく佐藤くんのこと気にしてたように見えたけど。
「な、たのむアリちゃん! オレのこと助けてくれ」
佐藤くんは両手を合わせて必死に拝んでくる。
そんなぁ~! あたし、お地蔵さまじゃないのに~。
あたし、まだ佐藤くんにホントのこと伝えられてない。
もし、別のひとにあげるはずだったバレンタインプレゼント、まちがえて渡したってことが分かったら軽べつされるに決まってる。
だから、深く関わるのはもうやめようと思ってた。
でも……このままだと佐藤くん、自分の好きなカッコができなくなるかもしれないんだよね。
佐藤くんによく似合ってる、少しウェーブのかかったキラキラまぶしい金髪も、バリッバリに刈られちゃうかもしれないんだ。
あたし、今まで誰かの役に立ったことなんてそんなにないけど、もし少しでも佐藤くんの力になれるのなら――。
「毎日はムリだけど、放課後空いてるときならなんとかなるかも」
そう答えると、佐藤くんはパアッと目を見開いて、
「あっりがとー、アリちゃん! オレにとっての女神さまだーっ!」
ガバッ! とあたしに抱きついてきた。
わ! わ! わ!
たちまち全身の温度がカーッと急上昇!
身体じゅうの血がふっとうして、ヤカンみたいに湯気が飛び出しそうだよ!
「どうした、アリちゃん? 貧血起こしたか?」
「ううん……平気。頭ぐわんぐわんするけど」
佐藤くんの腕のなかでヘロンヘロンになってるあたし。
やっぱり、協力するべきじゃなかったかな……?
それから、あたしたちは放課後に校内で勉強しようと考えてたんだけど。
「失礼します」
と、佐藤くんとふたりで学習室に入ったとたん。
佐藤くんの姿を見た勉強中の生徒たちが、いっせいに佐藤くんに驚きの目を向けた。
「なんで佐藤が……?」
「一年C組の狂犬じゃん」
「オレたちのことぶっ飛ばしに来たのかな」
ヒソヒソ、ヒソヒソ。
静かな室内になんとも言えない緊張がはしってる。
みんな佐藤くんにおびえてるんだ。
「なんだよ、オレは侵入禁止ってワケか!?」
状況を察したのか、佐藤くんもイラッとしてる。
このままじゃ険悪なムードが広がるばかりで勉強どころじゃないよ。
「佐藤くん、ここだと集中しにくいから別のところに行こう」
ほらほら、と、あたしは佐藤くんを外に連れ出した。
「学習室がムリなら、図書室はどうかな?」
と、あたしは提案したけど、
「ダメダメ。さっきのトコと変わんねーよ。みんなオレのこと猛獣が来たような目で見るんだ」
佐藤くんはフンッ、といまいましそうにつぶやいた。
まいったな。学習室も、図書室もダメ。
教室はクラスの子たちがいるし、あとは――。
「そうだ!」
ひとつ心当たりがある。
「アリちゃん、どっかオススメの場所あるのか?」
「うん。学校の外になっちゃうけどいいかな?」
きっと、あそこなら佐藤くんも勉強しやすいかも。