アリンコと佐藤くん
4 勉強って役に立つ?
佐藤くんといっしょにやって来たのは、あたしが通っている塾の近くにあるカフェ。
ここは塾の生徒がよく利用してるから、店長さんが気をつかってくれて、平日はテーブル席で勉強してもいいことになってるの。
だから、あたしも塾の行き帰りにたびたびここで学校の宿題や塾の課題やったりしてるんだ。
店内に入ると、あたたかいコーヒーの香りが出迎えてくれた。
「へぇ、いい店じゃん」
佐藤くんがぐるっと店内を見まわす。
店のあちこちに青々としたポトスが飾られていて、深みのある木製のテーブルやイスの色とうまく合ってるんだ。
「いらっしゃいませ。ご注文は、なにになさいますか?」
店員さんにたずねられた佐藤くんはメニュー表を見ながら、
「あの……苦めのコーヒーってあります?」
と、聞き返した。
「それなら、マンデリンがおすすめですよ」
店員さんはニッコリと回答。
苦めのコーヒー! 佐藤くん、大人だなぁ。
あたしなんかコーヒー飲むとき、ミルクとお砂糖たっぷり入れないと飲めないのに。
「ごゆっくりどうぞー」
佐藤くんはマンデリン、あたしはロイヤルミルクティーを注文して、テーブル席についた。
向かい合って座ると、佐藤くんの顔がいつもよりいっそう近くにあって、なんか緊張する。
ノートに視線を落としてる佐藤くん、まつ毛長いなぁ。
それに、教科書にそえられてる佐藤くんの指、男の子なのにスラッと細くてキレイ。
右中指にはめてるターコイズがついた、大ぶりのシルバーリングもすごくさまになってる。
あたしの、ぷにぷにしたソーセージみたいな指とは大ちがい……。
「どうした、アリちゃん?」
佐藤くんと目が合って、あたしはハッとわれに返った。
「ゴ……ゴメン! ボーッとしてた」
なにやってんの、あたし! 佐藤くんの観察してる場合?
「つかれてんのか? わりーな、そんなときにムリ言って」
「ううん、平気。もう大丈夫――」
ダメだな、あたし。佐藤くんのことばかり気にしてないで、ちゃんと勉強しなきゃ。
「ここの和訳ってどーすんだ?」
「えーと、これはね――」
「じゃあ、この図形の体積の出しかたは?」
「この計算式は……」
いろんな教科の問題を開いては、佐藤くんの質問に答えるやり取りをくり返し――。
「はぁーっ、くたびれた。ゴメン、アリちゃん。少し休けいしよう」
佐藤くんはイスの背もたれにドカッ、と身体を投げ出した。
「そうだね、ちょっと休もうか」
口にはこんだロイヤルミルクティーは、もうすっかり冷めちゃってる。
けっこう長く集中して勉強してたんだなぁ。
「――にしてもよ」
佐藤くんが、だらんと天井を見ながらつぶやく。
「え?」
「なんでこう、毎回毎回テスト勉強なんてしねーといけねーんだろうなぁ」
佐藤くんは気だるげに息をはいた。
「でも、勉強しないと成績下がっちゃうし……」
「けどよー。ぶっちゃけ学校の勉強したところで、将来の役に立つことなんて少なくね? 理科の勉強にしても、チャートと石灰岩のちがいなんて、別に知らなくても日常生活に困んねーだろ?」
佐藤くんは、くいっと苦いマンデリンを飲みこむ。
それは確かにそう。
あたしも、学校で勉強してることのすべてがこれからの人生に役に立つのかな? って、不思議に思うことはある。
「でも……だからといって、学校の勉強に意味がないなんて、あたしは思わない!」
そう言ったとたん、佐藤くんは、ゴホゴホッ! とせきこみはじめた。
飲んでいたコーヒーが気管に入ったらしい。
ちょ、ちょっと声が大きかったかな……?
「なんでだよ?」
ケホケホと涙ぐみながら、佐藤くんがあたしを見つめる。
「それは――まだ将来のことなんてなにも分からないのに、今のうちからなにが役に立つ、立たないなんて自分で決めつけるの、よくないなって。たとえば、身体によい食べものってたくさんあるけど、もう一生それしか食べないって決めちゃったら、つまらなくない? 世の中には、まだ食べたことのないおいしいおやつや、新しい食べものだってたくさんあるのに。勉強だってそう。今苦労してやってることが、大人になってから、どれだけ役に立つかは分からないけど、毎日自分の知らないことをいろいろ学べるって、すごいことだとあたしは思うから」
「アリちゃん……」
佐藤くんが、コーヒーカップ片手にあ然としてる。
しまった! あたし、長々としゃべりすぎちゃったかな?
そうだよね。あたしみたいな地味なガリ勉女子にそんなこと言われても、なにいってんだコイツってドン引きしちゃうよね?
ところが、佐藤くんはあたしに深~く頭を下げて。
「ゴメン、アリちゃん! オレがまちがってた!」
えぇっ?
心臓にドキッ! と衝撃がはしる。
「今のアリちゃんの説明、すっげー胸にストンときた。オレ、ギター好きでよく練習してるけど、誰かにそんなのなんの役にも立たないって言われたらムカつくもん。だけど、今オレもおんなじように、誰かにとってはムカつくこと言ってたんだな」
佐藤くんの顔には、深い反省の色がにじみでている。
てっきり、あきれられたと思ったのに……。
佐藤くんってつっばってるように見えたけど、意外と素直なひとなのかも。
「オレさぁ、自由なカッコできなくなるのがイヤで、今までしかたなく勉強してたけど、明日からはもうちょっと気合い入れるから!」
「そ、そう? よかった……」
「じゃあ、これからもよろしく、アリ先生!」
先生って呼ばれるようにまでなっちゃった。
いくらなんでも大げさすぎないかな???
それ以来、あたしと佐藤くんはたびたびこのカフェでいっしょに勉強することに。
はじめはやる気のなかった佐藤くんも、しだいにもくもくと問題集を解くようになって、その集中力はあたしも舌を巻くほど。
あたしも佐藤くんに負けてられないなぁ。
こないだあんなにエラそうなこと言っちゃったし、ちゃんと勉強がんばらないとね。
ここは塾の生徒がよく利用してるから、店長さんが気をつかってくれて、平日はテーブル席で勉強してもいいことになってるの。
だから、あたしも塾の行き帰りにたびたびここで学校の宿題や塾の課題やったりしてるんだ。
店内に入ると、あたたかいコーヒーの香りが出迎えてくれた。
「へぇ、いい店じゃん」
佐藤くんがぐるっと店内を見まわす。
店のあちこちに青々としたポトスが飾られていて、深みのある木製のテーブルやイスの色とうまく合ってるんだ。
「いらっしゃいませ。ご注文は、なにになさいますか?」
店員さんにたずねられた佐藤くんはメニュー表を見ながら、
「あの……苦めのコーヒーってあります?」
と、聞き返した。
「それなら、マンデリンがおすすめですよ」
店員さんはニッコリと回答。
苦めのコーヒー! 佐藤くん、大人だなぁ。
あたしなんかコーヒー飲むとき、ミルクとお砂糖たっぷり入れないと飲めないのに。
「ごゆっくりどうぞー」
佐藤くんはマンデリン、あたしはロイヤルミルクティーを注文して、テーブル席についた。
向かい合って座ると、佐藤くんの顔がいつもよりいっそう近くにあって、なんか緊張する。
ノートに視線を落としてる佐藤くん、まつ毛長いなぁ。
それに、教科書にそえられてる佐藤くんの指、男の子なのにスラッと細くてキレイ。
右中指にはめてるターコイズがついた、大ぶりのシルバーリングもすごくさまになってる。
あたしの、ぷにぷにしたソーセージみたいな指とは大ちがい……。
「どうした、アリちゃん?」
佐藤くんと目が合って、あたしはハッとわれに返った。
「ゴ……ゴメン! ボーッとしてた」
なにやってんの、あたし! 佐藤くんの観察してる場合?
「つかれてんのか? わりーな、そんなときにムリ言って」
「ううん、平気。もう大丈夫――」
ダメだな、あたし。佐藤くんのことばかり気にしてないで、ちゃんと勉強しなきゃ。
「ここの和訳ってどーすんだ?」
「えーと、これはね――」
「じゃあ、この図形の体積の出しかたは?」
「この計算式は……」
いろんな教科の問題を開いては、佐藤くんの質問に答えるやり取りをくり返し――。
「はぁーっ、くたびれた。ゴメン、アリちゃん。少し休けいしよう」
佐藤くんはイスの背もたれにドカッ、と身体を投げ出した。
「そうだね、ちょっと休もうか」
口にはこんだロイヤルミルクティーは、もうすっかり冷めちゃってる。
けっこう長く集中して勉強してたんだなぁ。
「――にしてもよ」
佐藤くんが、だらんと天井を見ながらつぶやく。
「え?」
「なんでこう、毎回毎回テスト勉強なんてしねーといけねーんだろうなぁ」
佐藤くんは気だるげに息をはいた。
「でも、勉強しないと成績下がっちゃうし……」
「けどよー。ぶっちゃけ学校の勉強したところで、将来の役に立つことなんて少なくね? 理科の勉強にしても、チャートと石灰岩のちがいなんて、別に知らなくても日常生活に困んねーだろ?」
佐藤くんは、くいっと苦いマンデリンを飲みこむ。
それは確かにそう。
あたしも、学校で勉強してることのすべてがこれからの人生に役に立つのかな? って、不思議に思うことはある。
「でも……だからといって、学校の勉強に意味がないなんて、あたしは思わない!」
そう言ったとたん、佐藤くんは、ゴホゴホッ! とせきこみはじめた。
飲んでいたコーヒーが気管に入ったらしい。
ちょ、ちょっと声が大きかったかな……?
「なんでだよ?」
ケホケホと涙ぐみながら、佐藤くんがあたしを見つめる。
「それは――まだ将来のことなんてなにも分からないのに、今のうちからなにが役に立つ、立たないなんて自分で決めつけるの、よくないなって。たとえば、身体によい食べものってたくさんあるけど、もう一生それしか食べないって決めちゃったら、つまらなくない? 世の中には、まだ食べたことのないおいしいおやつや、新しい食べものだってたくさんあるのに。勉強だってそう。今苦労してやってることが、大人になってから、どれだけ役に立つかは分からないけど、毎日自分の知らないことをいろいろ学べるって、すごいことだとあたしは思うから」
「アリちゃん……」
佐藤くんが、コーヒーカップ片手にあ然としてる。
しまった! あたし、長々としゃべりすぎちゃったかな?
そうだよね。あたしみたいな地味なガリ勉女子にそんなこと言われても、なにいってんだコイツってドン引きしちゃうよね?
ところが、佐藤くんはあたしに深~く頭を下げて。
「ゴメン、アリちゃん! オレがまちがってた!」
えぇっ?
心臓にドキッ! と衝撃がはしる。
「今のアリちゃんの説明、すっげー胸にストンときた。オレ、ギター好きでよく練習してるけど、誰かにそんなのなんの役にも立たないって言われたらムカつくもん。だけど、今オレもおんなじように、誰かにとってはムカつくこと言ってたんだな」
佐藤くんの顔には、深い反省の色がにじみでている。
てっきり、あきれられたと思ったのに……。
佐藤くんってつっばってるように見えたけど、意外と素直なひとなのかも。
「オレさぁ、自由なカッコできなくなるのがイヤで、今までしかたなく勉強してたけど、明日からはもうちょっと気合い入れるから!」
「そ、そう? よかった……」
「じゃあ、これからもよろしく、アリ先生!」
先生って呼ばれるようにまでなっちゃった。
いくらなんでも大げさすぎないかな???
それ以来、あたしと佐藤くんはたびたびこのカフェでいっしょに勉強することに。
はじめはやる気のなかった佐藤くんも、しだいにもくもくと問題集を解くようになって、その集中力はあたしも舌を巻くほど。
あたしも佐藤くんに負けてられないなぁ。
こないだあんなにエラそうなこと言っちゃったし、ちゃんと勉強がんばらないとね。