アリンコと佐藤くん
5 あたしにふさわしいひと?
そして――。
「あーっ、どうしよっ。いよいよかー」
いつものように勉強道具をテーブルに広げた佐藤くんはゆううつそう。
とうとう明日から、佐藤くんの運命(?)がかかった期末テストが始まるんだ。
家でも睡眠時間をけずって勉強してたのか、佐藤くんの目の下にはうっすらクマができてる。
「でも、佐藤くん。さっき解いた問題集の答え、ほとんど合ってたよ。すごいね、これなら結果はバッチリだね!」
すると、佐藤くんの表情がフッとやわらかくなって、
「ありがとな。オレ、アリちゃんにそう言ってもらえてすごくうれしい」
と、ほほえんだ。
「ど……どういたしまして」
佐藤くんのやさしく、甘さのある笑顔。
見てると、不思議と胸がきゅうっとなる。
どうしてだろう。
こないだまでは、佐藤くんのことがコワくて苦手だったのに。
今は、前とはまったく異なる感情があたしのなかをかけめぐってる。
まるで、魔法にかけられたみたいに。
「アリちゃん?」
「あ……ちょっと考えごとしてた。やだなぁ、あたしさいきんボケッとしてばっかりで」
動揺をさとられないよう、あたしはへへへっ、とじょうだんぽく頭をかいてみせた。
「アリちゃんも相当くたびれてるよな。悪いな、ずっとオレにつき合わせちまって」
「ううん、そんなこと。あたしも佐藤くんを見習って、しっかり勉強しなきゃって思えたから。いい刺激になったよ」
あたしの言葉に、佐藤くんはちょっぴりはにかみながら。
「ありがとう、アリちゃん。そう言ってもらえると、すっげーうれしい。アリちゃんって、ホンットにやさしいよなー!」
「やさしい!?」
思わず手にしていたカップが激しく波打つ。
「びっくりしたー! なにもそんなにデカい声出さなくてもいいじゃん」
胸を押さえて目を見開いている佐藤くん。
「いや、その……ひとからそんなふうに言われたことなかったから」
佐藤くんは、長めの金髪をかきあげながら、
「えーマジで? アリちゃん、ぜってーいいヤツだよ。少なくともオレはそう思う!」
「佐藤くん――」
そんな……。
だって、あたしは。
ほんとうは、佐藤くんにそんなふうに言ってもらえる資格なんてないのに。
佐藤くんは、あたしの心の内なんて一切気づかず、無邪気に笑って、
「あー、これで無事にテスト終えることができたら、また思う存分ライブの練習できるな! そうだ、アリちゃん。オレたちのライブ動画観る?」
と、スマホを手に取った。
「ライブ動画?」
佐藤くんは、うん! とうなずいて。
「ちょっと前に、市内のライブハウスに出させてもらったときの動画、投稿サイトにアップしてんだ」
あたしの横に移動した佐藤くんは、自分が使ってるワイヤレスイヤホンの片方を、あたしに手渡した。
佐藤くんのイヤホン、借りちゃっていいのかな?
たまにドラマや映画で、イヤホンを分け合って音楽聴くカップルのシーン観たことあるけど、彼女でもなんでもないあたしが、そんなことして怒られない?
胸の高鳴りをおさえながら、そっとイヤホンを耳にはめる。
「ほら、これ。これがオレたち」
スマホの画面には、黒いバラの模様がついた赤いカットソーに、黒いレザーのジャケットと、パニエ入りのチェックのミニスカートを身に着けた宝さん。それに、宝さんと同じく黒いレザーのジャケットと、スタッズつきのカットソー、それに黒いレザーパンツスタイルの佐藤くんが映ってる。
わぁ、ふたりともモデルさんみたいに長身だから、並んでるとすっごく絵になるな。
それにファッションもカッコいい。
こんなクールなカッコ、チビでボケーッとしてるあたしには、絶対に似合わないよ。
「ホントはさ、オレたちスリーピースバンドで。兄ちゃんがキーボード担当してんだけど、さいきんは勉強とかが忙しくて、宝とオレとふたりで演奏することが多いんだ」
「そうなんだ。バンド名とかあるの?」
「うん。mon trésor(ルビ・モン・トレジール)って名前」
「モ……?」
な、なんか難しそうな横文字。
「モン・トレジール。フランス語で『私の宝物』って意味なんだって」
私の宝物――すごくキレイな響き。フランス語ってステキだな。
宝さんをイメージしてつけたのかな。佐藤くんが……?
そう考えたとたん、胸が急に苦しくなった。
なんだろう、このモヤモヤッとした気持ちは。
演奏が始まった。佐藤くんのギターに合わせて、宝さんが歌い出す。
宝さんの歌声は、佐藤くんの荒々しいギタープレイに負けないくらい伸びやかで、美しく、堂々としてる。
ふたりで奏でるメロディーは強くて、でもすごく華やかで。
『私の宝物』ってバンド名どおり、まるで色とりどりの宝石のようにきらめいてる。
ステージに立つふたりは、まばゆいスポットライトや観客の声援を浴びて、まさにスターそのもの。
あたしと同い年なのに、ふたりとも別の世界のひとたちって感じ。
夢に向かってまっすぐで、ひたむきに情熱をかたむけてて。
まだ、将来なにになりたいかも決まってないあたしとは全然ちがう。
佐藤くん、今あたしのすぐとなりにいるはずなのに。
あたしたちのあいだには、途方もないほどの距離が広がっているように思えて……。
「この曲は洋楽のカバーなんだけど、少しずつオリジナル曲も作りはじめてんだ。もし、完成したらアリちゃんにも――」
「す……すごいね! ふたりとも、とってもカッコいい! 佐藤くんと宝さん、やっぱり最高のパートナーだね」
「え?」
佐藤くんがピクッと眉をつり上げた。
「ふたりとも美男美女だし、背もスラッと高いし。ステージに並んでるところ、すっごく絵になってる。ふたり、すっごくお似合いだと――」
「アリちゃん」
ふいに佐藤くんがあたしの言葉を制した。
その顔は、なぜかとてもさびしそうで、あたしの心も、すりむいたみたいにヒリッといたんだ。
佐藤くん……?
「なんでそうオレと宝をくっつけよーとすんだよ」
「だって、ふたりとも息ピッタリだったし、それに宝さんは――」
あのとき、学校のろう下で、あたしにあんなふうにつめ寄ってきたってことは、きっと相当佐藤くんのこと大切に思ってるよね。
だけど、佐藤くんは、あのなぁ、とテーブルにひじをついて。
「確かにオレと宝は小学生のころからのつき合いだけど、あいつがいちばん大切に思ってるのは、オレじゃなくて、このバンドなんだよ。オレのことは『同い年だけど、手のかかる弟』ぐらいにしか思ってねーって。だいいち、あいつは……」
「そ、そうかな!? 宝さんって、ホントに佐藤くんにふさわしいひとだと思うけど」
すると佐藤くんは、あたしのほうにぐっと顔を近づけて、
「じゃあ聞くけど、アリちゃんにふさわしいのはどんなヤツなの?」
と、たずねてきた。
「え……?」
あたしに、ふさわしいひと?
「オレにとってふさわしい相手が宝なら、アリちゃんのほうは? どんなヤツにとなりにいてほしいんだ?」
そんな……そんなこと言われても。
頭のなかが真っ白。
ドクドクと心臓の鼓動だけが響いてくる。
「……わかんない」
やっとのことで口に出した言葉は、すぐに店内のざわめきにかき消えた。
「えっ?」
「そんなのわかんないよ。だって、あたし、まだちゃんとした恋なんてしたことないし、それに……この先、あたしのこと好きになってくれるひとなんて、あらわれないかもしれないもん」
あたしは宝さんみたいにスラッとした美人でもないし、佐藤くんみたいに自分の好きなものを貫く強さもない。背はちっちゃいし、人目を気にしていつもビクビクしてるし、ほんとうのことをちゃんと伝える勇気すらないおくびょう者だもん。
うつむいたとたん、佐藤くんの大きな手があたしの頭をくしゃっ、となでた。
「バカだな、アリちゃん。オレより頭いいのに、そんなバカなこと言うんじゃねーよ」
「だって……」
「アリちゃん、オレに話してくれたじゃねーか。まだ将来のことなんてなにも分からないのに、今のうちからなにが役に立つ、立たないなんて自分で決めつけるのよくないって。恋愛も勉強も同じだぞ。アリちゃんには、いいところいっぱいあるのに、今のうちからムリだってあきらめんなよ」
「佐藤くん――」
佐藤くんは、ふわっとやさしい笑顔を浮かべて。
「なぁ、アリちゃん。もし、アリちゃんのこと大好きだ! ってヤツがあらわれたら、アリちゃんはどうする?」
「えええ?」
そんなの、想像したことすらないよ!
「喜んでつき合う? それとも、タイプじゃなかったらサクッと断る?」
そんなこと、すぐに答えなんて出せない!
学校の勉強よりも、よっぽど難しいよ。
ただ――ただひとつ言えるのは。
「あたしのことを、もしホントに好きでいてくれるひとがいたら、それはすっごく……幸せなことだと思う」
そうつぶやいたら、全身がじわっと熱くなった。
佐藤くんが、あたしを見てクスッと目を細めてる。
鏡見てないけど、やっぱりあたしの顔、真っ赤になってておかしかったかな?
「オレ、アリちゃんのそういうとこ好きだよ」
好き?
突然投げかけられた言葉に、心がぐらっとゆれる。
「それって、どういう――?」
佐藤くんはあたしの問いかけには答えず、スマホの画面に目をやって。
「いけねっ。もうこんな時間か。そろそろ出よう、アリちゃん」
ホントだ。いろいろ話しこんでたら、すっかり遅くなっちゃった。
佐藤くんといると、時間のたつのを忘れちゃうな。
カフェの外に出ると、室内のあたたかさが一瞬で吹き飛ぶほどの冷気があたしたちを襲った。
「うぉー、さみー! あとちょっとで三月なのに、こんな寒さって反則じゃね?」
ゴシゴシと両手で自分の身体をこすってる佐藤くん。
「だよねー。春が待ち遠しいな」
あたしはギュッと自分の両手を握りしめた。
今日は手袋を忘れちゃったんで、指先まで冷え切ってる。
冷たい手で、さらに冷え冷えになってる自転車のハンドルにぎって帰るのやだな。
すると、佐藤くんが、
「アリちゃん、ちょっと両手出して。こう、手のひら上に向ける感じで」
「両手を?」
言われたとおり、手のひらを上に向けて佐藤くんに向かって差し出すと。
佐藤くんが、あたしの手をやさしく包んだ。
わ……!
つないだ手から、佐藤くんの体温が伝わってきた。
手のひらから、指の先、心の奥まで、ゆっくりと熱を帯びていく。
「よしっ」
つながれていた両手がゆっくりと離れた。
ほんのわずかの間のはずなのに、とても長い時間手をつないでいたみたい。
まるで夢から覚めたみたいに、ポーッとしているあたしに、
「少しはあったかくなったか?」
と、佐藤くん。
「え……? うん! とっても」
あたしの言葉に、佐藤くんはニカッと顔をほころばせる。
「よかった。明日からテストなのに、カゼひいちゃ元も子もねーもんな。アリちゃん、今日はあったかくして寝るんだぞ」
「佐藤くんもね。勉強づかれで体調くずしちゃダメだよ。その金髪が見られなくなったらさびしいもん」
「ありがとな。オレ、アリちゃんと勉強した成果が出せるよう、やれるだけのことはやってみるから」
佐藤くんはあたしの前に拳をつき出した。
なんだろう?
きょとん、としているあたしに、
「ほら、アリちゃんも。おたがいの勝利を願うグータッチやろう」
と、佐藤くんがうながす。
「こ、こう?」
あわててグーを作って、コツンと佐藤くんの拳にぶつけると。
「サンキュ! おかげで気合い入った。テストが終わったら、また会おうな!」
佐藤くんの太陽みたいな笑顔があたしを照らした。
「そうだね……また会おう!」
あたしも、佐藤くんにニコッとほほえみ返す。
佐藤くんに負けないくらい、明るく、元気よく。
そうしないと、涙の粒がこぼれてきそうだったから。
その日の夜。つかれているはずなのに、あたしはどうしても寝つけずにいた。
ぼうっと真っ暗な天井に目を向ける。
陽だまりのようにあたたかくて、やさしい佐藤くん。
でも、いつまでもそのぬくもりに甘えてちゃダメだよね。
テストが終わったら、今度こそホントのことを伝えよう。
プレゼントまちがえて手渡しちゃったこと、ちゃんとあやまらなくちゃ。
そしたらきっと、佐藤くんにはきらわれちゃうかもしれないけど……。
勝手だなぁ、あたし。
全部、自分のせいなのに。
二人乗りしたときに、必死でしがみついてた佐藤くんの広い背中。
ふだんはキリッと鋭いのに、笑うと、とたんにやさしくなるまなざし。
甘くて、ちょっぴりほろ苦いグレープフルーツの香り。
あたしの頭にふれる大きくて、やさしい手。
つないだ手のあたたかさ。
「アリちゃん、アリちゃん」
って、はげましてくれる少しハスキーな声。
なんでだろう。
いつからだろう。
――オレ、アリちゃんのそういうとこ好きだよ――
「うっ……っく……」
涙があふれて止まらない。
佐藤くんのこと、ひとつひとつ思い出すたび、どうしてこんなに切なくなっちゃうんだろう……。
「あーっ、どうしよっ。いよいよかー」
いつものように勉強道具をテーブルに広げた佐藤くんはゆううつそう。
とうとう明日から、佐藤くんの運命(?)がかかった期末テストが始まるんだ。
家でも睡眠時間をけずって勉強してたのか、佐藤くんの目の下にはうっすらクマができてる。
「でも、佐藤くん。さっき解いた問題集の答え、ほとんど合ってたよ。すごいね、これなら結果はバッチリだね!」
すると、佐藤くんの表情がフッとやわらかくなって、
「ありがとな。オレ、アリちゃんにそう言ってもらえてすごくうれしい」
と、ほほえんだ。
「ど……どういたしまして」
佐藤くんのやさしく、甘さのある笑顔。
見てると、不思議と胸がきゅうっとなる。
どうしてだろう。
こないだまでは、佐藤くんのことがコワくて苦手だったのに。
今は、前とはまったく異なる感情があたしのなかをかけめぐってる。
まるで、魔法にかけられたみたいに。
「アリちゃん?」
「あ……ちょっと考えごとしてた。やだなぁ、あたしさいきんボケッとしてばっかりで」
動揺をさとられないよう、あたしはへへへっ、とじょうだんぽく頭をかいてみせた。
「アリちゃんも相当くたびれてるよな。悪いな、ずっとオレにつき合わせちまって」
「ううん、そんなこと。あたしも佐藤くんを見習って、しっかり勉強しなきゃって思えたから。いい刺激になったよ」
あたしの言葉に、佐藤くんはちょっぴりはにかみながら。
「ありがとう、アリちゃん。そう言ってもらえると、すっげーうれしい。アリちゃんって、ホンットにやさしいよなー!」
「やさしい!?」
思わず手にしていたカップが激しく波打つ。
「びっくりしたー! なにもそんなにデカい声出さなくてもいいじゃん」
胸を押さえて目を見開いている佐藤くん。
「いや、その……ひとからそんなふうに言われたことなかったから」
佐藤くんは、長めの金髪をかきあげながら、
「えーマジで? アリちゃん、ぜってーいいヤツだよ。少なくともオレはそう思う!」
「佐藤くん――」
そんな……。
だって、あたしは。
ほんとうは、佐藤くんにそんなふうに言ってもらえる資格なんてないのに。
佐藤くんは、あたしの心の内なんて一切気づかず、無邪気に笑って、
「あー、これで無事にテスト終えることができたら、また思う存分ライブの練習できるな! そうだ、アリちゃん。オレたちのライブ動画観る?」
と、スマホを手に取った。
「ライブ動画?」
佐藤くんは、うん! とうなずいて。
「ちょっと前に、市内のライブハウスに出させてもらったときの動画、投稿サイトにアップしてんだ」
あたしの横に移動した佐藤くんは、自分が使ってるワイヤレスイヤホンの片方を、あたしに手渡した。
佐藤くんのイヤホン、借りちゃっていいのかな?
たまにドラマや映画で、イヤホンを分け合って音楽聴くカップルのシーン観たことあるけど、彼女でもなんでもないあたしが、そんなことして怒られない?
胸の高鳴りをおさえながら、そっとイヤホンを耳にはめる。
「ほら、これ。これがオレたち」
スマホの画面には、黒いバラの模様がついた赤いカットソーに、黒いレザーのジャケットと、パニエ入りのチェックのミニスカートを身に着けた宝さん。それに、宝さんと同じく黒いレザーのジャケットと、スタッズつきのカットソー、それに黒いレザーパンツスタイルの佐藤くんが映ってる。
わぁ、ふたりともモデルさんみたいに長身だから、並んでるとすっごく絵になるな。
それにファッションもカッコいい。
こんなクールなカッコ、チビでボケーッとしてるあたしには、絶対に似合わないよ。
「ホントはさ、オレたちスリーピースバンドで。兄ちゃんがキーボード担当してんだけど、さいきんは勉強とかが忙しくて、宝とオレとふたりで演奏することが多いんだ」
「そうなんだ。バンド名とかあるの?」
「うん。mon trésor(ルビ・モン・トレジール)って名前」
「モ……?」
な、なんか難しそうな横文字。
「モン・トレジール。フランス語で『私の宝物』って意味なんだって」
私の宝物――すごくキレイな響き。フランス語ってステキだな。
宝さんをイメージしてつけたのかな。佐藤くんが……?
そう考えたとたん、胸が急に苦しくなった。
なんだろう、このモヤモヤッとした気持ちは。
演奏が始まった。佐藤くんのギターに合わせて、宝さんが歌い出す。
宝さんの歌声は、佐藤くんの荒々しいギタープレイに負けないくらい伸びやかで、美しく、堂々としてる。
ふたりで奏でるメロディーは強くて、でもすごく華やかで。
『私の宝物』ってバンド名どおり、まるで色とりどりの宝石のようにきらめいてる。
ステージに立つふたりは、まばゆいスポットライトや観客の声援を浴びて、まさにスターそのもの。
あたしと同い年なのに、ふたりとも別の世界のひとたちって感じ。
夢に向かってまっすぐで、ひたむきに情熱をかたむけてて。
まだ、将来なにになりたいかも決まってないあたしとは全然ちがう。
佐藤くん、今あたしのすぐとなりにいるはずなのに。
あたしたちのあいだには、途方もないほどの距離が広がっているように思えて……。
「この曲は洋楽のカバーなんだけど、少しずつオリジナル曲も作りはじめてんだ。もし、完成したらアリちゃんにも――」
「す……すごいね! ふたりとも、とってもカッコいい! 佐藤くんと宝さん、やっぱり最高のパートナーだね」
「え?」
佐藤くんがピクッと眉をつり上げた。
「ふたりとも美男美女だし、背もスラッと高いし。ステージに並んでるところ、すっごく絵になってる。ふたり、すっごくお似合いだと――」
「アリちゃん」
ふいに佐藤くんがあたしの言葉を制した。
その顔は、なぜかとてもさびしそうで、あたしの心も、すりむいたみたいにヒリッといたんだ。
佐藤くん……?
「なんでそうオレと宝をくっつけよーとすんだよ」
「だって、ふたりとも息ピッタリだったし、それに宝さんは――」
あのとき、学校のろう下で、あたしにあんなふうにつめ寄ってきたってことは、きっと相当佐藤くんのこと大切に思ってるよね。
だけど、佐藤くんは、あのなぁ、とテーブルにひじをついて。
「確かにオレと宝は小学生のころからのつき合いだけど、あいつがいちばん大切に思ってるのは、オレじゃなくて、このバンドなんだよ。オレのことは『同い年だけど、手のかかる弟』ぐらいにしか思ってねーって。だいいち、あいつは……」
「そ、そうかな!? 宝さんって、ホントに佐藤くんにふさわしいひとだと思うけど」
すると佐藤くんは、あたしのほうにぐっと顔を近づけて、
「じゃあ聞くけど、アリちゃんにふさわしいのはどんなヤツなの?」
と、たずねてきた。
「え……?」
あたしに、ふさわしいひと?
「オレにとってふさわしい相手が宝なら、アリちゃんのほうは? どんなヤツにとなりにいてほしいんだ?」
そんな……そんなこと言われても。
頭のなかが真っ白。
ドクドクと心臓の鼓動だけが響いてくる。
「……わかんない」
やっとのことで口に出した言葉は、すぐに店内のざわめきにかき消えた。
「えっ?」
「そんなのわかんないよ。だって、あたし、まだちゃんとした恋なんてしたことないし、それに……この先、あたしのこと好きになってくれるひとなんて、あらわれないかもしれないもん」
あたしは宝さんみたいにスラッとした美人でもないし、佐藤くんみたいに自分の好きなものを貫く強さもない。背はちっちゃいし、人目を気にしていつもビクビクしてるし、ほんとうのことをちゃんと伝える勇気すらないおくびょう者だもん。
うつむいたとたん、佐藤くんの大きな手があたしの頭をくしゃっ、となでた。
「バカだな、アリちゃん。オレより頭いいのに、そんなバカなこと言うんじゃねーよ」
「だって……」
「アリちゃん、オレに話してくれたじゃねーか。まだ将来のことなんてなにも分からないのに、今のうちからなにが役に立つ、立たないなんて自分で決めつけるのよくないって。恋愛も勉強も同じだぞ。アリちゃんには、いいところいっぱいあるのに、今のうちからムリだってあきらめんなよ」
「佐藤くん――」
佐藤くんは、ふわっとやさしい笑顔を浮かべて。
「なぁ、アリちゃん。もし、アリちゃんのこと大好きだ! ってヤツがあらわれたら、アリちゃんはどうする?」
「えええ?」
そんなの、想像したことすらないよ!
「喜んでつき合う? それとも、タイプじゃなかったらサクッと断る?」
そんなこと、すぐに答えなんて出せない!
学校の勉強よりも、よっぽど難しいよ。
ただ――ただひとつ言えるのは。
「あたしのことを、もしホントに好きでいてくれるひとがいたら、それはすっごく……幸せなことだと思う」
そうつぶやいたら、全身がじわっと熱くなった。
佐藤くんが、あたしを見てクスッと目を細めてる。
鏡見てないけど、やっぱりあたしの顔、真っ赤になってておかしかったかな?
「オレ、アリちゃんのそういうとこ好きだよ」
好き?
突然投げかけられた言葉に、心がぐらっとゆれる。
「それって、どういう――?」
佐藤くんはあたしの問いかけには答えず、スマホの画面に目をやって。
「いけねっ。もうこんな時間か。そろそろ出よう、アリちゃん」
ホントだ。いろいろ話しこんでたら、すっかり遅くなっちゃった。
佐藤くんといると、時間のたつのを忘れちゃうな。
カフェの外に出ると、室内のあたたかさが一瞬で吹き飛ぶほどの冷気があたしたちを襲った。
「うぉー、さみー! あとちょっとで三月なのに、こんな寒さって反則じゃね?」
ゴシゴシと両手で自分の身体をこすってる佐藤くん。
「だよねー。春が待ち遠しいな」
あたしはギュッと自分の両手を握りしめた。
今日は手袋を忘れちゃったんで、指先まで冷え切ってる。
冷たい手で、さらに冷え冷えになってる自転車のハンドルにぎって帰るのやだな。
すると、佐藤くんが、
「アリちゃん、ちょっと両手出して。こう、手のひら上に向ける感じで」
「両手を?」
言われたとおり、手のひらを上に向けて佐藤くんに向かって差し出すと。
佐藤くんが、あたしの手をやさしく包んだ。
わ……!
つないだ手から、佐藤くんの体温が伝わってきた。
手のひらから、指の先、心の奥まで、ゆっくりと熱を帯びていく。
「よしっ」
つながれていた両手がゆっくりと離れた。
ほんのわずかの間のはずなのに、とても長い時間手をつないでいたみたい。
まるで夢から覚めたみたいに、ポーッとしているあたしに、
「少しはあったかくなったか?」
と、佐藤くん。
「え……? うん! とっても」
あたしの言葉に、佐藤くんはニカッと顔をほころばせる。
「よかった。明日からテストなのに、カゼひいちゃ元も子もねーもんな。アリちゃん、今日はあったかくして寝るんだぞ」
「佐藤くんもね。勉強づかれで体調くずしちゃダメだよ。その金髪が見られなくなったらさびしいもん」
「ありがとな。オレ、アリちゃんと勉強した成果が出せるよう、やれるだけのことはやってみるから」
佐藤くんはあたしの前に拳をつき出した。
なんだろう?
きょとん、としているあたしに、
「ほら、アリちゃんも。おたがいの勝利を願うグータッチやろう」
と、佐藤くんがうながす。
「こ、こう?」
あわててグーを作って、コツンと佐藤くんの拳にぶつけると。
「サンキュ! おかげで気合い入った。テストが終わったら、また会おうな!」
佐藤くんの太陽みたいな笑顔があたしを照らした。
「そうだね……また会おう!」
あたしも、佐藤くんにニコッとほほえみ返す。
佐藤くんに負けないくらい、明るく、元気よく。
そうしないと、涙の粒がこぼれてきそうだったから。
その日の夜。つかれているはずなのに、あたしはどうしても寝つけずにいた。
ぼうっと真っ暗な天井に目を向ける。
陽だまりのようにあたたかくて、やさしい佐藤くん。
でも、いつまでもそのぬくもりに甘えてちゃダメだよね。
テストが終わったら、今度こそホントのことを伝えよう。
プレゼントまちがえて手渡しちゃったこと、ちゃんとあやまらなくちゃ。
そしたらきっと、佐藤くんにはきらわれちゃうかもしれないけど……。
勝手だなぁ、あたし。
全部、自分のせいなのに。
二人乗りしたときに、必死でしがみついてた佐藤くんの広い背中。
ふだんはキリッと鋭いのに、笑うと、とたんにやさしくなるまなざし。
甘くて、ちょっぴりほろ苦いグレープフルーツの香り。
あたしの頭にふれる大きくて、やさしい手。
つないだ手のあたたかさ。
「アリちゃん、アリちゃん」
って、はげましてくれる少しハスキーな声。
なんでだろう。
いつからだろう。
――オレ、アリちゃんのそういうとこ好きだよ――
「うっ……っく……」
涙があふれて止まらない。
佐藤くんのこと、ひとつひとつ思い出すたび、どうしてこんなに切なくなっちゃうんだろう……。