アリンコと佐藤くん
6 伝えられる? ほんとうのこと
それから数日後のこと。
身を切るような寒さはしだいにやわらぎ、少しずつだけど、春の足音が近づいてきた三月のある日の朝。
あたしは、佐藤くんに
『今日会える?』
と、LINEを送った。
佐藤くんからはすぐに、
『もちろん! 久々にアリちゃんに会えるの楽しみにしてる』
と返事が。
胸のなかに、うれしさと同時に重苦しい雲が広がっていく。
今日で佐藤くんとは口も聞いてもらえなくなるかもしれない。
だけど、しかたないよね。
全部、自分がまいたタネなんだから。
「アリちゃーん!」
学校のゲタ箱。
久々に顔を合わせた佐藤くんは、いつもの金髪に、しっかりシルバーアクセサリーも身に着けていて。
「佐藤くん、そのカッコ……」
と、いうことは!
「今回のテスト、全教科平均点以上取れたんだ!」
ホッとしたようにほほえむ佐藤くん。
「ホント? よかったね!」
「これもアリちゃんのおかげだよ。どうもありがとな!」
「ううん、佐藤くんががんばったからだよ。あたしなんて、なにも……」
遠慮がちに首を横に振ると、佐藤くんは不思議そうに、
「アリちゃん? なんか元気なくね?」
と、あたしの顔をのぞきこんだ。
「えっ? そ……そう?」
ダメダメ! 伝える前からヘコんでちゃ。
「アリちゃんは? テスト、どうだった?」
「あたし? うん、まあまあって感じ」
佐藤くんといっしょに勉強したおかげで、あたしもテストの点数はいつもより上がってた。
でも、ふだんはミスしないようなところ、ちょこちょこまちがえてたんだ。
心の動揺は、いつまでたってもおさまらなくて。
だけど、いいかげんこの不安定な気持ちに区切りをつけなくちゃ。
「さっすがアリ先生! 余裕だなー」
あたしに明るくほほえみかける佐藤くん。
もうこの笑顔が見られなくなるかもしれないのは、とってもつらいことだけど――。
「あのねっ、佐藤くん。あたし……あたし、テストが終わったら、ずっと言わなくちゃって思ってたことがあって!」
思いきって佐藤くんにそう告げると。
「え? アリちゃんも?」
アリちゃんも……って?
「佐藤くん、あたしになにか言いたいことあるの?」
佐藤くんは、サッと顔を赤らめて。
「アリちゃんには、テスト勉強のこととかですげー世話になったじゃん。だから、そのお礼と言っちゃなんだけど、今度、いっしょにどっか行かねぇ? その……そろそろホワイトデーも近いし」
ええぇーっ!?
「いいよいいよお礼なんて! こないだ、メルルン取ってもらったばっかりだし。そんなの……そんなの佐藤くんに申し訳なさすぎるよ!」
けれども、佐藤くんは
「そんな恐縮すんなって。それに前はオレが行きてーところに連れてったじゃん。今度は、アリちゃんの行きてーところ自由に選んでくれよ。どこでもいいから」
と、かたくなに態度をくずさない。
困ったな、今日こそホントのこと言おうって心に誓ったのに。
このタイミングで伝えたら、きっと、佐藤くんのこと深くキズつけちゃう。
でも、誘いを受けたらまた佐藤くんにウソつくことになるし……。
いったいどう答えるのが正解なんだろう……?
「今は……ちょっと思い浮かばないから、後でLINEでもいいかな?」
「あぁ。それでもいいけど――」
「ゴメンね、佐藤くんっ!」
あたしは、佐藤くんから逃げるようにゲタ箱から離れ、バタバタと自分の教室に向かった。
「アリンコ!」
教室のドアの前であたしを呼ぶ声がした。きちんとまとめられたシニヨンの頭に、銀縁メガネの女の子。
「芙美ちゃん!」
芙美ちゃんは、心配そうにあたしにかけ寄ってきて。
「ねぇ、アリンコ。さっきゲタ箱の近く通ったときに、チラッと見かけたんだけど。さいきんあのヤンキー、ちょくちょくアリンコに絡んできてない? なんかあったの?」
「芙美ちゃーん、助けてーっ!」
あたしは思わず芙美ちゃんにしがみついた。
「その様子……さてはよっぽどあいつにいじめられてんのね!」
声を荒げる芙美ちゃんに、あたしは大きく首を横に振った。
「ちがうの、ちがうの! そうじゃなくてっ」
「え?」
「ショウくんにあげるはずのプレゼントを、まちがえてあいつのゲタ箱に入れちゃったーっ!?」
一年A組の教室。
あたしはこれまで起こったことをすべて芙美ちゃんに打ち明けた。
「しーっ! 芙美ちゃん、声が大きすぎるよ」
「ゴメン、ついビックリして。よりによって、あいつとはねー」
「苗字がおんなじだったから……あたし、まだホントのこと言えてなくて。でも、佐藤くんに今度いっしょにアリちゃんの行きたいとこ行こうって誘われて」
「うそ! あのヤンキー、ひょっとして相当アリンコのこと好きなんじゃないの?」
えっ?
佐藤くんが、あたしのことを?
「そういう意味での好き……とかではないと思うけど」
あたしはポソッとつぶやいた。
確かに佐藤くんは、あたしにはいつも親切でやさしくしてくれる。
でも、はじめて会ったときは、あたしのことちっちゃい子だってかんちがいしてたくらいだし。
佐藤くんにとってあたしは、ただ、ちっちゃな妹みたいな感じにしか思われてないんじゃないかな?
「そーぉ? で、アリンコとしては、あいつともうバッサリ縁切りたいわけだ」
「そ、そういうわけじゃないけど……正直に話して相手をキズつけるのも、このままだまったまま友だちでいるのもよくないなって悩んでて――」
芙美ちゃんは頭の後ろで両手を組んで、イスに座ったまま宙を仰いでいたけど。
しばらくすると、パッとあたしのほうに向き直り、口を開いた。
「ひとつ、いい方法があるわ」
身を切るような寒さはしだいにやわらぎ、少しずつだけど、春の足音が近づいてきた三月のある日の朝。
あたしは、佐藤くんに
『今日会える?』
と、LINEを送った。
佐藤くんからはすぐに、
『もちろん! 久々にアリちゃんに会えるの楽しみにしてる』
と返事が。
胸のなかに、うれしさと同時に重苦しい雲が広がっていく。
今日で佐藤くんとは口も聞いてもらえなくなるかもしれない。
だけど、しかたないよね。
全部、自分がまいたタネなんだから。
「アリちゃーん!」
学校のゲタ箱。
久々に顔を合わせた佐藤くんは、いつもの金髪に、しっかりシルバーアクセサリーも身に着けていて。
「佐藤くん、そのカッコ……」
と、いうことは!
「今回のテスト、全教科平均点以上取れたんだ!」
ホッとしたようにほほえむ佐藤くん。
「ホント? よかったね!」
「これもアリちゃんのおかげだよ。どうもありがとな!」
「ううん、佐藤くんががんばったからだよ。あたしなんて、なにも……」
遠慮がちに首を横に振ると、佐藤くんは不思議そうに、
「アリちゃん? なんか元気なくね?」
と、あたしの顔をのぞきこんだ。
「えっ? そ……そう?」
ダメダメ! 伝える前からヘコんでちゃ。
「アリちゃんは? テスト、どうだった?」
「あたし? うん、まあまあって感じ」
佐藤くんといっしょに勉強したおかげで、あたしもテストの点数はいつもより上がってた。
でも、ふだんはミスしないようなところ、ちょこちょこまちがえてたんだ。
心の動揺は、いつまでたってもおさまらなくて。
だけど、いいかげんこの不安定な気持ちに区切りをつけなくちゃ。
「さっすがアリ先生! 余裕だなー」
あたしに明るくほほえみかける佐藤くん。
もうこの笑顔が見られなくなるかもしれないのは、とってもつらいことだけど――。
「あのねっ、佐藤くん。あたし……あたし、テストが終わったら、ずっと言わなくちゃって思ってたことがあって!」
思いきって佐藤くんにそう告げると。
「え? アリちゃんも?」
アリちゃんも……って?
「佐藤くん、あたしになにか言いたいことあるの?」
佐藤くんは、サッと顔を赤らめて。
「アリちゃんには、テスト勉強のこととかですげー世話になったじゃん。だから、そのお礼と言っちゃなんだけど、今度、いっしょにどっか行かねぇ? その……そろそろホワイトデーも近いし」
ええぇーっ!?
「いいよいいよお礼なんて! こないだ、メルルン取ってもらったばっかりだし。そんなの……そんなの佐藤くんに申し訳なさすぎるよ!」
けれども、佐藤くんは
「そんな恐縮すんなって。それに前はオレが行きてーところに連れてったじゃん。今度は、アリちゃんの行きてーところ自由に選んでくれよ。どこでもいいから」
と、かたくなに態度をくずさない。
困ったな、今日こそホントのこと言おうって心に誓ったのに。
このタイミングで伝えたら、きっと、佐藤くんのこと深くキズつけちゃう。
でも、誘いを受けたらまた佐藤くんにウソつくことになるし……。
いったいどう答えるのが正解なんだろう……?
「今は……ちょっと思い浮かばないから、後でLINEでもいいかな?」
「あぁ。それでもいいけど――」
「ゴメンね、佐藤くんっ!」
あたしは、佐藤くんから逃げるようにゲタ箱から離れ、バタバタと自分の教室に向かった。
「アリンコ!」
教室のドアの前であたしを呼ぶ声がした。きちんとまとめられたシニヨンの頭に、銀縁メガネの女の子。
「芙美ちゃん!」
芙美ちゃんは、心配そうにあたしにかけ寄ってきて。
「ねぇ、アリンコ。さっきゲタ箱の近く通ったときに、チラッと見かけたんだけど。さいきんあのヤンキー、ちょくちょくアリンコに絡んできてない? なんかあったの?」
「芙美ちゃーん、助けてーっ!」
あたしは思わず芙美ちゃんにしがみついた。
「その様子……さてはよっぽどあいつにいじめられてんのね!」
声を荒げる芙美ちゃんに、あたしは大きく首を横に振った。
「ちがうの、ちがうの! そうじゃなくてっ」
「え?」
「ショウくんにあげるはずのプレゼントを、まちがえてあいつのゲタ箱に入れちゃったーっ!?」
一年A組の教室。
あたしはこれまで起こったことをすべて芙美ちゃんに打ち明けた。
「しーっ! 芙美ちゃん、声が大きすぎるよ」
「ゴメン、ついビックリして。よりによって、あいつとはねー」
「苗字がおんなじだったから……あたし、まだホントのこと言えてなくて。でも、佐藤くんに今度いっしょにアリちゃんの行きたいとこ行こうって誘われて」
「うそ! あのヤンキー、ひょっとして相当アリンコのこと好きなんじゃないの?」
えっ?
佐藤くんが、あたしのことを?
「そういう意味での好き……とかではないと思うけど」
あたしはポソッとつぶやいた。
確かに佐藤くんは、あたしにはいつも親切でやさしくしてくれる。
でも、はじめて会ったときは、あたしのことちっちゃい子だってかんちがいしてたくらいだし。
佐藤くんにとってあたしは、ただ、ちっちゃな妹みたいな感じにしか思われてないんじゃないかな?
「そーぉ? で、アリンコとしては、あいつともうバッサリ縁切りたいわけだ」
「そ、そういうわけじゃないけど……正直に話して相手をキズつけるのも、このままだまったまま友だちでいるのもよくないなって悩んでて――」
芙美ちゃんは頭の後ろで両手を組んで、イスに座ったまま宙を仰いでいたけど。
しばらくすると、パッとあたしのほうに向き直り、口を開いた。
「ひとつ、いい方法があるわ」