アリンコと佐藤くん
3 佐藤くんの天敵
「さて、どこ行く? このまま、まっすぐデパート?」
「あ、あの。佐藤くん」
スタスタと進んでいく佐藤くんに、あたしは声をかけた。
「なに?」
「こういうフリルとか大きなリボンとかしてる女の子って、苦手じゃないの?」
あたしの質問に、佐藤くんは迷いなく答えた。
「え? 全然」
うそっ!
「ブリッコとか、子どもっぽいって思わない?」
「なんで? オレもフリルのついたブラウス持ってるし」
「そーなの!?」
佐藤くんもフリル着るんだ……着てるとこ、想像がつかないけど。
「うん。ゴシックとかヴィクトリアン・ファッションも好きだし。でも、あんまり奇抜なカッコすると、兄ちゃんに『その服着て外に出るな!』って、羽交いじめされんだよな」
あンのヤロー……! と、佐藤くんはブツクサ。
そういえば、前にも聞いたことあるけど、佐藤くんってお兄さんいるんだっけ。
「ねぇ、佐藤くん。佐藤くんのお兄さんってどんなひと?」
やっぱり、佐藤くんみたいに金髪でロックな感じなのかな?
すると、佐藤くんは突然ハチにでも刺されたみたいに顔をひきつらせた。
「どんなひと……って、どーもこーもねーよあんなヤツ! アリちゃんも」
「あたしも?」
なんだろう?
あたしと目が合った佐藤くんは、パッと視線をそらせて、
「――アリちゃんも、ヤベーなコイツって感じると思う。会ってみたら」
と、ボソッとつぶやいた。
ヤバい?
「お兄さんって、コワいひとなの?」
佐藤くんは大きくうなずいて、
「うん。少なくともオレにとってはめっちゃコワい。兄ちゃん小学生のころから剣道やってて、今、剣道部の副部長やってんだ。だからオレよりもだんぜん体力あるし、礼儀作法にも超キビシイから、オレしょっちゅうしかられてんだよ」
そうなんだ。佐藤くんがコワいっていうくらいだから、もしあたしがお兄さんに出会ったら、あまりの迫力に気絶しちゃうかも。
「それに――」
佐藤くんはキョロキョロとあたりを見まわした。
「どうしたの?」
「兄ちゃん、恐ろしいほどカンが鋭いんだ。今オレがこうやってあいつの文句言ってるのも、どこかで聞かれてるんじゃないかと思って」
「そんな、いくらなんでも考えすぎだよ!」
「けどなぁ……」
ほおに手をあて、深刻そうに思い悩む佐藤くん。
そうだ! この状況なら。作戦第二弾がいけるかも。
さっきは、思いがけず服装ほめられたから、つい気がゆるんじゃったけど。
ダメダメ! 今日は心を鬼にして。
佐藤くんがドン引きするほど、あたしのペースをつらぬかなくっちゃ。
「ねぇ、気分転換にお茶でも飲みに行かない? この近くに、一度行ってみたかったお店あるんだ」
佐藤くんをさそってやって来たのは、駅前のカップケーキ専門店。
うわぁ、お店に入る前から甘い香りがただよってる。
ショッキングピンクの外観に、虹とユニコーンのオブジェがお出迎え。
中に入ると、パステルカラーのテーブルとイス。
ショーケースには、色とりどりのカップケーキがたっくさん!
まさに女の子のための空間って感じ!
「すげぇ……オレこういう店来たのはじめて」
佐藤くんがポカン、と店内を見わたした。
「あたしはこういうショップ好きなんだけど、佐藤くんはどう?」
クールな佐藤くんとは真逆の、ゆめかわなフンイキだもんね。
お客さんも、女の子がほとんどだし。
これはさすがに苦手かな?
「アリちゃんとは趣味が合わねー!」
って、お店出て行っちゃうかも。
ドキドキしながら様子を見守っていると。
「とりあえず、なんか注文していい?」
佐藤くんはパステルピンクのテーブル席に座った。
「え? う、うん」
佐藤くんは頭をかきつつメニュー表を見ながら、
「いっぱいあるけど、アリちゃん、なんかおススメある?」
と、たずねてきた。
「えーと、あたしの好きなのはアップルシナモン&マカダミアかな。前に友だちが買ってきてくれたんだ。でも、ブルーベリー&クリームチーズや、バタースコッチクリームもおいしそうだね」
あたしがそう感想を述べると。
「じゃ、それ全部にするか」
「ぜ、全部!?」
ちょっと多くない? と、たじろぐあたしに、
「だっていろんなの食ってみたいから」
平然と答える佐藤くん。
「じゃ、じゃあ飲み物は? あたしは、焦がしキャラメルバニララテにしようかな?」
「それうまそう。オレも同じのたのんでいい?」
同じの?
「佐藤くん、ブラックじゃなくていいの?」
こないだカフェで勉強してたときは、苦~いマンデリンばっかりたのんでたのに。
「ああ。あれは眠気覚まし用だよ。あんなんばっかり飲んでたら胃が痛くなっちまうって」
眠気覚まし? 別に好きなわけじゃなかったの?
やがて、佐藤くんは運ばれてきたケーキの山と、焦がしキャラメルラテを手に取ると、すばやいペースで交互に口に運びはじめた。
あれ? あれ? あれ? あれ?
「うまっ! 久々のスイーツ、最高! やっぱ人間糖分取らねーと力出ねーよな!」
甘いものを次々摂取して上機嫌の佐藤くん。
そのスイーツみたいにとろける笑顔は、見ていてとってもホッコリするけど。
ウソでしょ、またあたしの予想外れちゃったの!?
佐藤くんが、まさかあたしと同じくらい甘いもの大好きなんて!
「あーうまかった。だけど、ちょっと物足りねー感じだな」
空になったお皿を前に、佐藤くんはそうつぶやいた。
「えええ? ケーキ、おかわり?」
あたしの言葉に、佐藤くんは首を横に振る。
「そういうことじゃなくって」
佐藤くんはニッとあたしに笑いかけて。
「ここのケーキもうまいけど、やっぱオレ、こないだアリちゃんが作ってくれたケーキがいちばん好き。あれ、また作ってくれよ」
チョコバナナパウンドケーキのこと?
佐藤くん、あのケーキそんなに喜んでくれてたなんて。
もともとまちがえてあげちゃったのに……。
「え……っと……」
うれしさと同時にとまどいや罪悪感、いろんな感情がグルグルと心のなかにうずまいている。
困ったな、困ったな。なんて答えるべき?
そのとき、あたしの背後から声がした。
「ケーキ作るのって、時間も手間もかかるのに、また作れとかあっさり言われても困るよねぇ?」
「そんなふうには思ってないけど――」
って、今の! いったい誰? パッ、と後ろをふり返ると。
サラッとした黒髪がよく似合う、べっ甲メガネをかけた男のひとが、紅茶のカップ片手に優美な笑みを浮かべてる。
軽く羽織っているグレーのチェスターコートが、その品の良いたたずまいを、いちだんと引き立たせている。
「やぁ、おふたりさん。偶然だね」
このひと……生徒会長!
佐藤くんがガタッ! と席から立ち上がる。
「オメー、ここでなにしてんだ!」
いらだつ佐藤くんとは反対に、生徒会長は静かに席に座ったまま、
「なんにも。買い物のついでにお茶飲みに来ただけ」
しれっとそう答えた。
「買い物だぁ?」
「うん。バレンタインデーのお返し買いに来たんだ」
生徒会長の席のとなりには小さなクッキーの箱がたくさん入った紙袋が置いてある。
「すごーい! こんなにお返し渡すんですか?」
生徒会長、やっぱり女の子たちからの人気、相当高いんだ。
そうだよね。イケメンだし、頭もよさそうだもん。
生徒会長はチラッ、と佐藤くんのほうにきれいな切れ長の瞳を向けながら。
「そう。わりとモテるほうなんだよ。誰かさんとちがって。けど――」
「けど?」
「ほんとうに好きなひとには全然。ふり向いてもらえる気配すらなくってね」
生徒会長は長いまつ毛をふせて、苦笑いを浮かべた。
えぇっ? こんなパーフェクトな生徒会長でも片想いしてるんだ。
その相手、どんなひとなんだろう?
佐藤くんは、ほおづえをつきながら、
「そりゃ、オメーの思いすごしだよ。いいかげん素直に告白すればいいのに」
と、つぶやいた。
すると、生徒会長はあたしのほうを向いて。
「だけど、気になってるひとに正直に自分の想いを伝えるって難しいよね。そう思わない?」
心臓がドキッと大きな音をたてる。
「は、はい……!」
あたしの返事に、ニコッと目を細める生徒会長。
「だよねー。どうしてもごまかしちゃうんだよね、自分の気持ち。相手との関係がこわれてしまうんじゃないかって、ホントのことが言えなかったり、わざと距離を取ろうとしてみたり。そんなことしたって、自分がつらくなるだけなのにね」
その口調はおだやかだけど、なんだかあたしの胸の内をのぞかれているみたいで、心が落ちつかない。
生徒会長も今、あたしと同じ気持ちを片想いの相手に対して抱えているのかな……?
「そこの野獣くんは、そういう複雑な感情が理解できないからやっかいだよね」
そう言いつつ、生徒会長がティーカップを端正な口元に近づけると、たちまち佐藤くんはムカッと怒りをつのらせて、
「おいコラ、誰が野獣だ」
大またで生徒会長のほうに向かっていく。
うわぁ、一触即発! ケンカ始まっちゃわないかな?
あたしは、かたずをのんでその様子を見守っていたけれど。
当の生徒会長は、まったく顔色を変えずに、
「ところで、キミたちは今日デート? いいね!」
と、明るくあたしたちに問いかけた。
「で、デートっていうか……!」
あたしと佐藤くん、ふたり同時に声をあげる。
「こないだ、アリちゃんにはテストのときに世話になったから、今日はそのお礼だよ」
「そうなんです! 佐藤くんが、あたしの行きたいところ連れてってくれるって言ってくれて」
あたしたちを見ながら、生徒会長はクスクス笑ってる。
「あはは、ふたりとも顔真っ赤。虎狼、あのときのオレの言葉がばっちり効いたみたいだな」
「あのときの、言葉?」
なんのことだろう?
「あいさつ運動のときに言ってやったんだよ。『この子にカッコ悪いところ見せたくないよな。見られたくないよなぁ?』って。そしたら、こいつ本気でがんばったんだ。キミがこいつの勉強見てくれたのも点数のアップにつながったけど、そもそもは、キミがそばにいてくれたのが、こいつにとっていちばんのはげみになったんだ」
えっ、そうなの……!?
さっき食べたケーキよりも甘い気持ちが、ふわっと胸に広がる。
佐藤くんはいっそう顔を赤くして、
「バ、バカ! よけいなこと言うんじゃねー!」
あわてて生徒会長をだまらせようとした。
ところが生徒会長はキョトン、と首をかしげて。
「でも、虎狼くん。さっきは素直になったほうがいいって」
「だからって、誰もひとの気持ちバラせなんて言ってねーじゃんかこのタコ! 自分の気持ちを素直に伝えろって言ってんだ。自分の気持ちを!」
そう佐藤くんが力強く訴えると、生徒会長は小さくうつむいた。
「――分かった」
佐藤くんは、少しホッとしたように表情をゆるめて、
「そーだよ、分かりゃいいんだ分かりゃ。あいつだって――」
と、話しかけた次の瞬間。
生徒会長は、じっと佐藤くんの目を見つめながら、
「虎狼。今のお前、くっそナマイキ。あんま調子に乗ってると、そのうち丸刈りにしてやるから覚悟しろ。オレが何事にも全力を尽くすタイプだってこと忘れんな」
と、真顔ではっきり口にした。
一瞬にして店内に重たい空気が流れる。
さっきまで強い口調でまくしたてていた佐藤くんが、カキンと石のように固まった。
いっぽう生徒会長は、ふーっと大きく深呼吸して、
「あースッキリした。やっぱり自分の気持ちに素直になるって大事だね。気づかせてくれてありがとう虎狼くん♪」
と、不気味なくらいニコニコ。
「で……出るぞ、アリちゃん」
佐藤くんはあたしの手をつかむと、足早にレジに向かった。
「あ、出ちゃうの? 虎狼くん、ついでにオレの分も払っといてよ♪」
背後から、のんびりとした生徒会長の声が聞こえてくる。
「知るかよっ!」
佐藤くんは財布からババッ! とお金を出すと、そのまま逃げるように店を飛び出した。
「ゴメンな、アリちゃん。せっかくアリちゃんが行ってみたい店だったのに、あのインテリ極道が変な横やり入れてきて」
「え? ううん、大丈夫。気にしてないから!」
あたしはハッキリと否定してみせた。
だけど……ホントはちょっと心に引っかかってる。
さっき、生徒会長が言ってた言葉。
「そもそもは、キミがそばにいてくれたのが、こいつにとっていちばんのはげみになったんだ」
あたしのこと、佐藤くんはちっちゃな妹みたいに思ってるんじゃないかって気がしてたけど。
佐藤くんは、こうやってあたしがとなりにいること、ちょっとでもうれしいと思ってくれてるのかな。
佐藤くんにとって、いったいあたしはどんな存在なんだろう?
チラッと佐藤くんのほうを見ると、佐藤くんはしっかりとあたしの手を握ったまま。
あたしの視線に気づいた佐藤くんは、少し申し訳なさそうに、
「悪い。オレ、どうしてもあいつ苦手で。ちょっと落ち着くまでこうしててくれる?」
「うん――」
あたしは、ついうなずいてしまった。
ダメだなぁ、あたし。
あんなにきらわれよう、きらわれようって考えてたのに。
こうして佐藤くんの手をつないでいると、ずっとこの時間が続いたらいいのにって、心の底では願ってる。
ズルいな。あたし、ホントにズルい……。
「ガッカリした?」
力なく佐藤くんがポツリ。
「え? なんのこと?」
佐藤くんは少し決まり悪そうに、
「さっきの……見たろ? オレ、生徒会長におどされたとき、ひとことも言い返せなかったじゃん。図体デカいだけのビビリだって、あきれられたかなって」
あたしは大きく首を横に振る。
「ううん! 確かに生徒会長、ちょっと雰囲気コワいもん。佐藤くんがおびえるのも分かる気がする」
すると、佐藤くんは顔を輝かせて、
「だろ? 頭も運動神経も良すぎると、性格がゆがんじまうのかもしれねーな。ま、顔はオレのほうが上だけど」
へへん! と元気よく笑ってみせた。
「佐藤くんも大変だね。生徒会長とお兄さん、まわりに二人も厳しいひとがいて」
そう言うと、なぜか佐藤くんは急にビクッ! と肩をふるわせ、
「ま、まあな」
と、宙を仰いだ。
ひとの心の奥底まで見逃さないような、あのきれいな切れ長の瞳を思い出すと、あたしもつい身の毛がよだっちゃう。
「相手との関係がこわれてしまうんじゃないかって、ホントのことが言えなかったり、わざと距離を取ろうとしてみたり。そんなことしたって、自分がつらくなるだけなのにね」
生徒会長の言葉が、さっきからしつこく耳にまとわりついて離れない。
あたしに対して投げかけられた言葉じゃないのに、どうしても胸が痛くなる。
「まったく、ヘタな小細工でごまかしてねーで早いこと正直に言っちまえばいいのに」
ぶっきらぼうな佐藤くんの言葉に、思わず身体がすくみあがった。
「だ……誰のこと?」
「だから、あいつ。生徒会長のことだよ。あいつとあいつの好きなヤツ、ぶっちゃけ両片想いなんだ」
両片想いってことは、おたがい好きなのに、そのことに気づいてないの?
「そうなんだ……! でも、どうして佐藤くんはそのこと知ってるの?」
佐藤くんは、それがさぁ、と小さくため息をついて。
「くわしく話すと、双方からボコられるからあんま言えねーんだけど、あいつの好きなヤツ、オレの知り合いで、オレふたりからしょっちゅう恋愛相談されてんだ。だけど、オレにぐだぐだ話してるヒマがあったら、早くふたり正直になって、くっついちまえよ! って、ついイラついてよ」
と、佐藤くんは不満をもらした。
でも、なかなか本音を言えない気持ちもよく分かる。
ちゃんと話すことで想いが通じればいいけど、生徒会長が話してたみたいに、かえって相手との関係がこわれたらイヤだもん。
目の前に咲いてる花をつもうと手を伸ばしたら、はかなく散ってしまうように。
気になるひとに近づけば近づくほど、自分のせいで相手をイヤな気持ちにさせたり、悲しませたりするんじゃないかって不安になるんだ。
相手につらい思いをさせるくらいなら、好きなものが合わなくて相手からきらわれるほうがまだ耐えられる。
乙女チックなファッションや、ゆめかわなスイーツショップでは意外な結果になっちゃったけど、まだ作戦は終わってないもん。
今日は一日あたしのペースを貫かなきゃ。
佐藤くんからなんて言われても、あたしの大好きなものにつき合ってもらうんだ!
「おっと、ボヤキばっかりで悪いな。アリちゃん、次はどこに行きたい?」
「あのね、佐藤くん! あたし、ずっと観たかった映画があるんだけど、いっしょに観に行かない?」
「あぁ、いいよ。行こっ」
「あ、あの。佐藤くん」
スタスタと進んでいく佐藤くんに、あたしは声をかけた。
「なに?」
「こういうフリルとか大きなリボンとかしてる女の子って、苦手じゃないの?」
あたしの質問に、佐藤くんは迷いなく答えた。
「え? 全然」
うそっ!
「ブリッコとか、子どもっぽいって思わない?」
「なんで? オレもフリルのついたブラウス持ってるし」
「そーなの!?」
佐藤くんもフリル着るんだ……着てるとこ、想像がつかないけど。
「うん。ゴシックとかヴィクトリアン・ファッションも好きだし。でも、あんまり奇抜なカッコすると、兄ちゃんに『その服着て外に出るな!』って、羽交いじめされんだよな」
あンのヤロー……! と、佐藤くんはブツクサ。
そういえば、前にも聞いたことあるけど、佐藤くんってお兄さんいるんだっけ。
「ねぇ、佐藤くん。佐藤くんのお兄さんってどんなひと?」
やっぱり、佐藤くんみたいに金髪でロックな感じなのかな?
すると、佐藤くんは突然ハチにでも刺されたみたいに顔をひきつらせた。
「どんなひと……って、どーもこーもねーよあんなヤツ! アリちゃんも」
「あたしも?」
なんだろう?
あたしと目が合った佐藤くんは、パッと視線をそらせて、
「――アリちゃんも、ヤベーなコイツって感じると思う。会ってみたら」
と、ボソッとつぶやいた。
ヤバい?
「お兄さんって、コワいひとなの?」
佐藤くんは大きくうなずいて、
「うん。少なくともオレにとってはめっちゃコワい。兄ちゃん小学生のころから剣道やってて、今、剣道部の副部長やってんだ。だからオレよりもだんぜん体力あるし、礼儀作法にも超キビシイから、オレしょっちゅうしかられてんだよ」
そうなんだ。佐藤くんがコワいっていうくらいだから、もしあたしがお兄さんに出会ったら、あまりの迫力に気絶しちゃうかも。
「それに――」
佐藤くんはキョロキョロとあたりを見まわした。
「どうしたの?」
「兄ちゃん、恐ろしいほどカンが鋭いんだ。今オレがこうやってあいつの文句言ってるのも、どこかで聞かれてるんじゃないかと思って」
「そんな、いくらなんでも考えすぎだよ!」
「けどなぁ……」
ほおに手をあて、深刻そうに思い悩む佐藤くん。
そうだ! この状況なら。作戦第二弾がいけるかも。
さっきは、思いがけず服装ほめられたから、つい気がゆるんじゃったけど。
ダメダメ! 今日は心を鬼にして。
佐藤くんがドン引きするほど、あたしのペースをつらぬかなくっちゃ。
「ねぇ、気分転換にお茶でも飲みに行かない? この近くに、一度行ってみたかったお店あるんだ」
佐藤くんをさそってやって来たのは、駅前のカップケーキ専門店。
うわぁ、お店に入る前から甘い香りがただよってる。
ショッキングピンクの外観に、虹とユニコーンのオブジェがお出迎え。
中に入ると、パステルカラーのテーブルとイス。
ショーケースには、色とりどりのカップケーキがたっくさん!
まさに女の子のための空間って感じ!
「すげぇ……オレこういう店来たのはじめて」
佐藤くんがポカン、と店内を見わたした。
「あたしはこういうショップ好きなんだけど、佐藤くんはどう?」
クールな佐藤くんとは真逆の、ゆめかわなフンイキだもんね。
お客さんも、女の子がほとんどだし。
これはさすがに苦手かな?
「アリちゃんとは趣味が合わねー!」
って、お店出て行っちゃうかも。
ドキドキしながら様子を見守っていると。
「とりあえず、なんか注文していい?」
佐藤くんはパステルピンクのテーブル席に座った。
「え? う、うん」
佐藤くんは頭をかきつつメニュー表を見ながら、
「いっぱいあるけど、アリちゃん、なんかおススメある?」
と、たずねてきた。
「えーと、あたしの好きなのはアップルシナモン&マカダミアかな。前に友だちが買ってきてくれたんだ。でも、ブルーベリー&クリームチーズや、バタースコッチクリームもおいしそうだね」
あたしがそう感想を述べると。
「じゃ、それ全部にするか」
「ぜ、全部!?」
ちょっと多くない? と、たじろぐあたしに、
「だっていろんなの食ってみたいから」
平然と答える佐藤くん。
「じゃ、じゃあ飲み物は? あたしは、焦がしキャラメルバニララテにしようかな?」
「それうまそう。オレも同じのたのんでいい?」
同じの?
「佐藤くん、ブラックじゃなくていいの?」
こないだカフェで勉強してたときは、苦~いマンデリンばっかりたのんでたのに。
「ああ。あれは眠気覚まし用だよ。あんなんばっかり飲んでたら胃が痛くなっちまうって」
眠気覚まし? 別に好きなわけじゃなかったの?
やがて、佐藤くんは運ばれてきたケーキの山と、焦がしキャラメルラテを手に取ると、すばやいペースで交互に口に運びはじめた。
あれ? あれ? あれ? あれ?
「うまっ! 久々のスイーツ、最高! やっぱ人間糖分取らねーと力出ねーよな!」
甘いものを次々摂取して上機嫌の佐藤くん。
そのスイーツみたいにとろける笑顔は、見ていてとってもホッコリするけど。
ウソでしょ、またあたしの予想外れちゃったの!?
佐藤くんが、まさかあたしと同じくらい甘いもの大好きなんて!
「あーうまかった。だけど、ちょっと物足りねー感じだな」
空になったお皿を前に、佐藤くんはそうつぶやいた。
「えええ? ケーキ、おかわり?」
あたしの言葉に、佐藤くんは首を横に振る。
「そういうことじゃなくって」
佐藤くんはニッとあたしに笑いかけて。
「ここのケーキもうまいけど、やっぱオレ、こないだアリちゃんが作ってくれたケーキがいちばん好き。あれ、また作ってくれよ」
チョコバナナパウンドケーキのこと?
佐藤くん、あのケーキそんなに喜んでくれてたなんて。
もともとまちがえてあげちゃったのに……。
「え……っと……」
うれしさと同時にとまどいや罪悪感、いろんな感情がグルグルと心のなかにうずまいている。
困ったな、困ったな。なんて答えるべき?
そのとき、あたしの背後から声がした。
「ケーキ作るのって、時間も手間もかかるのに、また作れとかあっさり言われても困るよねぇ?」
「そんなふうには思ってないけど――」
って、今の! いったい誰? パッ、と後ろをふり返ると。
サラッとした黒髪がよく似合う、べっ甲メガネをかけた男のひとが、紅茶のカップ片手に優美な笑みを浮かべてる。
軽く羽織っているグレーのチェスターコートが、その品の良いたたずまいを、いちだんと引き立たせている。
「やぁ、おふたりさん。偶然だね」
このひと……生徒会長!
佐藤くんがガタッ! と席から立ち上がる。
「オメー、ここでなにしてんだ!」
いらだつ佐藤くんとは反対に、生徒会長は静かに席に座ったまま、
「なんにも。買い物のついでにお茶飲みに来ただけ」
しれっとそう答えた。
「買い物だぁ?」
「うん。バレンタインデーのお返し買いに来たんだ」
生徒会長の席のとなりには小さなクッキーの箱がたくさん入った紙袋が置いてある。
「すごーい! こんなにお返し渡すんですか?」
生徒会長、やっぱり女の子たちからの人気、相当高いんだ。
そうだよね。イケメンだし、頭もよさそうだもん。
生徒会長はチラッ、と佐藤くんのほうにきれいな切れ長の瞳を向けながら。
「そう。わりとモテるほうなんだよ。誰かさんとちがって。けど――」
「けど?」
「ほんとうに好きなひとには全然。ふり向いてもらえる気配すらなくってね」
生徒会長は長いまつ毛をふせて、苦笑いを浮かべた。
えぇっ? こんなパーフェクトな生徒会長でも片想いしてるんだ。
その相手、どんなひとなんだろう?
佐藤くんは、ほおづえをつきながら、
「そりゃ、オメーの思いすごしだよ。いいかげん素直に告白すればいいのに」
と、つぶやいた。
すると、生徒会長はあたしのほうを向いて。
「だけど、気になってるひとに正直に自分の想いを伝えるって難しいよね。そう思わない?」
心臓がドキッと大きな音をたてる。
「は、はい……!」
あたしの返事に、ニコッと目を細める生徒会長。
「だよねー。どうしてもごまかしちゃうんだよね、自分の気持ち。相手との関係がこわれてしまうんじゃないかって、ホントのことが言えなかったり、わざと距離を取ろうとしてみたり。そんなことしたって、自分がつらくなるだけなのにね」
その口調はおだやかだけど、なんだかあたしの胸の内をのぞかれているみたいで、心が落ちつかない。
生徒会長も今、あたしと同じ気持ちを片想いの相手に対して抱えているのかな……?
「そこの野獣くんは、そういう複雑な感情が理解できないからやっかいだよね」
そう言いつつ、生徒会長がティーカップを端正な口元に近づけると、たちまち佐藤くんはムカッと怒りをつのらせて、
「おいコラ、誰が野獣だ」
大またで生徒会長のほうに向かっていく。
うわぁ、一触即発! ケンカ始まっちゃわないかな?
あたしは、かたずをのんでその様子を見守っていたけれど。
当の生徒会長は、まったく顔色を変えずに、
「ところで、キミたちは今日デート? いいね!」
と、明るくあたしたちに問いかけた。
「で、デートっていうか……!」
あたしと佐藤くん、ふたり同時に声をあげる。
「こないだ、アリちゃんにはテストのときに世話になったから、今日はそのお礼だよ」
「そうなんです! 佐藤くんが、あたしの行きたいところ連れてってくれるって言ってくれて」
あたしたちを見ながら、生徒会長はクスクス笑ってる。
「あはは、ふたりとも顔真っ赤。虎狼、あのときのオレの言葉がばっちり効いたみたいだな」
「あのときの、言葉?」
なんのことだろう?
「あいさつ運動のときに言ってやったんだよ。『この子にカッコ悪いところ見せたくないよな。見られたくないよなぁ?』って。そしたら、こいつ本気でがんばったんだ。キミがこいつの勉強見てくれたのも点数のアップにつながったけど、そもそもは、キミがそばにいてくれたのが、こいつにとっていちばんのはげみになったんだ」
えっ、そうなの……!?
さっき食べたケーキよりも甘い気持ちが、ふわっと胸に広がる。
佐藤くんはいっそう顔を赤くして、
「バ、バカ! よけいなこと言うんじゃねー!」
あわてて生徒会長をだまらせようとした。
ところが生徒会長はキョトン、と首をかしげて。
「でも、虎狼くん。さっきは素直になったほうがいいって」
「だからって、誰もひとの気持ちバラせなんて言ってねーじゃんかこのタコ! 自分の気持ちを素直に伝えろって言ってんだ。自分の気持ちを!」
そう佐藤くんが力強く訴えると、生徒会長は小さくうつむいた。
「――分かった」
佐藤くんは、少しホッとしたように表情をゆるめて、
「そーだよ、分かりゃいいんだ分かりゃ。あいつだって――」
と、話しかけた次の瞬間。
生徒会長は、じっと佐藤くんの目を見つめながら、
「虎狼。今のお前、くっそナマイキ。あんま調子に乗ってると、そのうち丸刈りにしてやるから覚悟しろ。オレが何事にも全力を尽くすタイプだってこと忘れんな」
と、真顔ではっきり口にした。
一瞬にして店内に重たい空気が流れる。
さっきまで強い口調でまくしたてていた佐藤くんが、カキンと石のように固まった。
いっぽう生徒会長は、ふーっと大きく深呼吸して、
「あースッキリした。やっぱり自分の気持ちに素直になるって大事だね。気づかせてくれてありがとう虎狼くん♪」
と、不気味なくらいニコニコ。
「で……出るぞ、アリちゃん」
佐藤くんはあたしの手をつかむと、足早にレジに向かった。
「あ、出ちゃうの? 虎狼くん、ついでにオレの分も払っといてよ♪」
背後から、のんびりとした生徒会長の声が聞こえてくる。
「知るかよっ!」
佐藤くんは財布からババッ! とお金を出すと、そのまま逃げるように店を飛び出した。
「ゴメンな、アリちゃん。せっかくアリちゃんが行ってみたい店だったのに、あのインテリ極道が変な横やり入れてきて」
「え? ううん、大丈夫。気にしてないから!」
あたしはハッキリと否定してみせた。
だけど……ホントはちょっと心に引っかかってる。
さっき、生徒会長が言ってた言葉。
「そもそもは、キミがそばにいてくれたのが、こいつにとっていちばんのはげみになったんだ」
あたしのこと、佐藤くんはちっちゃな妹みたいに思ってるんじゃないかって気がしてたけど。
佐藤くんは、こうやってあたしがとなりにいること、ちょっとでもうれしいと思ってくれてるのかな。
佐藤くんにとって、いったいあたしはどんな存在なんだろう?
チラッと佐藤くんのほうを見ると、佐藤くんはしっかりとあたしの手を握ったまま。
あたしの視線に気づいた佐藤くんは、少し申し訳なさそうに、
「悪い。オレ、どうしてもあいつ苦手で。ちょっと落ち着くまでこうしててくれる?」
「うん――」
あたしは、ついうなずいてしまった。
ダメだなぁ、あたし。
あんなにきらわれよう、きらわれようって考えてたのに。
こうして佐藤くんの手をつないでいると、ずっとこの時間が続いたらいいのにって、心の底では願ってる。
ズルいな。あたし、ホントにズルい……。
「ガッカリした?」
力なく佐藤くんがポツリ。
「え? なんのこと?」
佐藤くんは少し決まり悪そうに、
「さっきの……見たろ? オレ、生徒会長におどされたとき、ひとことも言い返せなかったじゃん。図体デカいだけのビビリだって、あきれられたかなって」
あたしは大きく首を横に振る。
「ううん! 確かに生徒会長、ちょっと雰囲気コワいもん。佐藤くんがおびえるのも分かる気がする」
すると、佐藤くんは顔を輝かせて、
「だろ? 頭も運動神経も良すぎると、性格がゆがんじまうのかもしれねーな。ま、顔はオレのほうが上だけど」
へへん! と元気よく笑ってみせた。
「佐藤くんも大変だね。生徒会長とお兄さん、まわりに二人も厳しいひとがいて」
そう言うと、なぜか佐藤くんは急にビクッ! と肩をふるわせ、
「ま、まあな」
と、宙を仰いだ。
ひとの心の奥底まで見逃さないような、あのきれいな切れ長の瞳を思い出すと、あたしもつい身の毛がよだっちゃう。
「相手との関係がこわれてしまうんじゃないかって、ホントのことが言えなかったり、わざと距離を取ろうとしてみたり。そんなことしたって、自分がつらくなるだけなのにね」
生徒会長の言葉が、さっきからしつこく耳にまとわりついて離れない。
あたしに対して投げかけられた言葉じゃないのに、どうしても胸が痛くなる。
「まったく、ヘタな小細工でごまかしてねーで早いこと正直に言っちまえばいいのに」
ぶっきらぼうな佐藤くんの言葉に、思わず身体がすくみあがった。
「だ……誰のこと?」
「だから、あいつ。生徒会長のことだよ。あいつとあいつの好きなヤツ、ぶっちゃけ両片想いなんだ」
両片想いってことは、おたがい好きなのに、そのことに気づいてないの?
「そうなんだ……! でも、どうして佐藤くんはそのこと知ってるの?」
佐藤くんは、それがさぁ、と小さくため息をついて。
「くわしく話すと、双方からボコられるからあんま言えねーんだけど、あいつの好きなヤツ、オレの知り合いで、オレふたりからしょっちゅう恋愛相談されてんだ。だけど、オレにぐだぐだ話してるヒマがあったら、早くふたり正直になって、くっついちまえよ! って、ついイラついてよ」
と、佐藤くんは不満をもらした。
でも、なかなか本音を言えない気持ちもよく分かる。
ちゃんと話すことで想いが通じればいいけど、生徒会長が話してたみたいに、かえって相手との関係がこわれたらイヤだもん。
目の前に咲いてる花をつもうと手を伸ばしたら、はかなく散ってしまうように。
気になるひとに近づけば近づくほど、自分のせいで相手をイヤな気持ちにさせたり、悲しませたりするんじゃないかって不安になるんだ。
相手につらい思いをさせるくらいなら、好きなものが合わなくて相手からきらわれるほうがまだ耐えられる。
乙女チックなファッションや、ゆめかわなスイーツショップでは意外な結果になっちゃったけど、まだ作戦は終わってないもん。
今日は一日あたしのペースを貫かなきゃ。
佐藤くんからなんて言われても、あたしの大好きなものにつき合ってもらうんだ!
「おっと、ボヤキばっかりで悪いな。アリちゃん、次はどこに行きたい?」
「あのね、佐藤くん! あたし、ずっと観たかった映画があるんだけど、いっしょに観に行かない?」
「あぁ、いいよ。行こっ」