アリンコと佐藤くん
7 サイテーの女の子
次の日。
昨日はあんなに天気がよかったのに、今日は朝からしとしと雨が降り続いてる。
まるで冬に逆戻りしたみたいに凍てつく寒さが体にしみる。
教室に向かおうと、ろう下を歩いていたら、同じく登校してきた芙美ちゃんに出会った。
「おはよー、アリンコ! ねぇねぇ、昨日はどうだった? あたしの作戦、うまくいった?」
「そ、それが――」
思わず言葉につまるあたしに、
「なんか元気ないわね。さては、あいつアリンコとは趣味が合わないってことが分かって、逆ギレしてきたとか?」
「そういうわけじゃない……けど」
芙美ちゃんはムリしなくていい! と、あたしの肩をたたいて、
「その様子じゃ、よっぽどひどいこと言われたんだね。でも、気にしなくていいよ、そんなの。もともと好きでもなんでもなかったんだし。むしろ、あんなおっかないヤンキーの言いなりになる必要がなくなってよかったじゃない。アリンコも、来年こそはまちがえずに好きなひとにバレンタインデーのプレゼント送れるように――」
そのとき、カツッ、と靴音が響いて。
「今の話、なんなの?」
氷のように冷たい声が、芙美ちゃんの言葉をさえぎった。
あたしたちの後ろに、スラッと背が高くて、長い黒髪の美少女が冷酷な女王のようにたたずんでいる。
宝さん……!
「だ、誰?」
困惑している芙美ちゃんには目もくれずに、宝さんは、つかつかとあたしのほうに歩み寄ると、いかにも憎々しげにあたしをにらみつけて。
「どおりでおかしいと思った。あんた、虎狼のことだましてたのね」
思いっきりひっぱたかれたような衝撃があたしを襲う。
「ち……ちがいます! そんなんじゃ――」
けれども、宝さんは、
「なにがちがうのよ。さっき、あんたの友だちが全部しゃべってたじゃない。あんた、虎狼のこと好きでもなんでもなかったって。まちがえて虎狼にプレゼント渡したから、わざときらわれる作戦までたててもらったんでしょ?」
と、ますます軽べつしたようにあたしを問いつめた。
「それは……」
確かにそのことはウソじゃない。
はじめは宝さんの言うとおりだった。
だけど、今は、今は……!
ちゃんと説明したいのに、いろんな感情が押しよせてきてうまく頭がはたらかない。
なにも答えられず、うつむくあたしに、
「どうやら図星のようね。あきれた。あんた、虎狼のこと好きでもないくせに、あいつが優しくしてくれるから調子にのって、あいつのことからかってたんだ?」
と、宝さんはさらに責めたてる。
ちがう。
全然そんなふうに思ってない。
ひとつひとつに反論したいのに、なんで言葉がつむげないんだろう。
いらだったように、宝さんは片足をダンッ! と踏みならして。
「なんとか言ったらどうなの? 今まで虎狼の気持ちさんざんもてあそんだくせに、そうやってダンマリ決めこんでたら、許してもらえると思ってるわけ?」
ちがうよ。
「虎狼にもそんなふうに接してたの? あたしはおとなしくてかわいい子です♪ って、ネコかぶってみせてたのね!」
ちがうったら!
「やめてーっ!」
ようやく発することができた涙まじりのさけび声が、ろう下に響きわたった。
宝さんも驚いたように、思わず二、三歩後ずさる。
お願い、宝さん。これ以上、勝手なこと言わないで。
今までのあたしの気持ち、あたしの悩み、なんにも知らないくせに。
「あたしは……あたしはっ!」
こみあげてくる思いを、なんとかして口に出そうとしたそのとき。
「アリちゃん?」
聞き覚えのある声があたしの耳に届いた。
佐藤くん……!
「どうした? 今の声、なにがあったんだ?」
あたしに近づこうとした佐藤くんを、宝さんが制する。
「ちょうどよかった、虎狼。たった今、こいつの化けの皮がはがれたところなのよ」
ニッ、とほほえみを浮かべる宝さん。
「化けの皮だと?」
眉をひそめる佐藤くんに、宝さんはうなずく。
「そうよ。こいつ、あんたのこと好きでもなんでもなかったの。別のひとにあげるバレンタインプレゼント、まちがえてあんたにあげちゃって、そのことずーっとあんたにだまってたのよ? あんたのことがウザいから、わざときらわれる作戦まで友だちに考えてもらったんだって。ほんっと、サイテーだよね!」
宝さんの言葉が、あたしの心を鋭いナイフのように切り刻む。
知られちゃった。
あたしがいつまでも正直に伝えないから。
最悪の形で佐藤くんに知られちゃった。
佐藤くんは、しばらくのあいだその場に立ちつくしていたけど、やがて、あたしのほうを向いて、かすかな声でたずねた。
「ウソだよな……そんなの?」
あれだけキズつけたくなかったのに。
そんな顔させたくなかったのに。
目の前がどんどん真っ暗になる。
「ゴメンね、佐藤くん……」
伝えられたのは、ただそれだけだった。
思いのすべてを口にしたところで、今はなにもかも言いわけにしか聞こえない。
佐藤くんは、あたしのことを怒りも責めもせず、
「そっか」
とだけつぶやくと、
「いろいろつき合わせてゴメンな。アリちゃんといっしょにいてすごく楽しかった。今までありがとう」
さびしそうにほほえんで、宝さんといっしょに自分の教室に入って行った。
その姿を見送ったとたん、まるで氷が溶けたみたいにあたしの目から涙がとめどなくあふれ出す。
ゴメン。ほんとうにゴメンね佐藤くん。
すごく楽しかったのはあたしもいっしょだよ。
ありがとうって伝えたかったのはあたしのほうなのに。
あたしのせいで、みんなあたしのせいで。
すべてが台なしになっちゃった。
あたし、ほんっとにサイテーの女の子だな……。
昨日はあんなに天気がよかったのに、今日は朝からしとしと雨が降り続いてる。
まるで冬に逆戻りしたみたいに凍てつく寒さが体にしみる。
教室に向かおうと、ろう下を歩いていたら、同じく登校してきた芙美ちゃんに出会った。
「おはよー、アリンコ! ねぇねぇ、昨日はどうだった? あたしの作戦、うまくいった?」
「そ、それが――」
思わず言葉につまるあたしに、
「なんか元気ないわね。さては、あいつアリンコとは趣味が合わないってことが分かって、逆ギレしてきたとか?」
「そういうわけじゃない……けど」
芙美ちゃんはムリしなくていい! と、あたしの肩をたたいて、
「その様子じゃ、よっぽどひどいこと言われたんだね。でも、気にしなくていいよ、そんなの。もともと好きでもなんでもなかったんだし。むしろ、あんなおっかないヤンキーの言いなりになる必要がなくなってよかったじゃない。アリンコも、来年こそはまちがえずに好きなひとにバレンタインデーのプレゼント送れるように――」
そのとき、カツッ、と靴音が響いて。
「今の話、なんなの?」
氷のように冷たい声が、芙美ちゃんの言葉をさえぎった。
あたしたちの後ろに、スラッと背が高くて、長い黒髪の美少女が冷酷な女王のようにたたずんでいる。
宝さん……!
「だ、誰?」
困惑している芙美ちゃんには目もくれずに、宝さんは、つかつかとあたしのほうに歩み寄ると、いかにも憎々しげにあたしをにらみつけて。
「どおりでおかしいと思った。あんた、虎狼のことだましてたのね」
思いっきりひっぱたかれたような衝撃があたしを襲う。
「ち……ちがいます! そんなんじゃ――」
けれども、宝さんは、
「なにがちがうのよ。さっき、あんたの友だちが全部しゃべってたじゃない。あんた、虎狼のこと好きでもなんでもなかったって。まちがえて虎狼にプレゼント渡したから、わざときらわれる作戦までたててもらったんでしょ?」
と、ますます軽べつしたようにあたしを問いつめた。
「それは……」
確かにそのことはウソじゃない。
はじめは宝さんの言うとおりだった。
だけど、今は、今は……!
ちゃんと説明したいのに、いろんな感情が押しよせてきてうまく頭がはたらかない。
なにも答えられず、うつむくあたしに、
「どうやら図星のようね。あきれた。あんた、虎狼のこと好きでもないくせに、あいつが優しくしてくれるから調子にのって、あいつのことからかってたんだ?」
と、宝さんはさらに責めたてる。
ちがう。
全然そんなふうに思ってない。
ひとつひとつに反論したいのに、なんで言葉がつむげないんだろう。
いらだったように、宝さんは片足をダンッ! と踏みならして。
「なんとか言ったらどうなの? 今まで虎狼の気持ちさんざんもてあそんだくせに、そうやってダンマリ決めこんでたら、許してもらえると思ってるわけ?」
ちがうよ。
「虎狼にもそんなふうに接してたの? あたしはおとなしくてかわいい子です♪ って、ネコかぶってみせてたのね!」
ちがうったら!
「やめてーっ!」
ようやく発することができた涙まじりのさけび声が、ろう下に響きわたった。
宝さんも驚いたように、思わず二、三歩後ずさる。
お願い、宝さん。これ以上、勝手なこと言わないで。
今までのあたしの気持ち、あたしの悩み、なんにも知らないくせに。
「あたしは……あたしはっ!」
こみあげてくる思いを、なんとかして口に出そうとしたそのとき。
「アリちゃん?」
聞き覚えのある声があたしの耳に届いた。
佐藤くん……!
「どうした? 今の声、なにがあったんだ?」
あたしに近づこうとした佐藤くんを、宝さんが制する。
「ちょうどよかった、虎狼。たった今、こいつの化けの皮がはがれたところなのよ」
ニッ、とほほえみを浮かべる宝さん。
「化けの皮だと?」
眉をひそめる佐藤くんに、宝さんはうなずく。
「そうよ。こいつ、あんたのこと好きでもなんでもなかったの。別のひとにあげるバレンタインプレゼント、まちがえてあんたにあげちゃって、そのことずーっとあんたにだまってたのよ? あんたのことがウザいから、わざときらわれる作戦まで友だちに考えてもらったんだって。ほんっと、サイテーだよね!」
宝さんの言葉が、あたしの心を鋭いナイフのように切り刻む。
知られちゃった。
あたしがいつまでも正直に伝えないから。
最悪の形で佐藤くんに知られちゃった。
佐藤くんは、しばらくのあいだその場に立ちつくしていたけど、やがて、あたしのほうを向いて、かすかな声でたずねた。
「ウソだよな……そんなの?」
あれだけキズつけたくなかったのに。
そんな顔させたくなかったのに。
目の前がどんどん真っ暗になる。
「ゴメンね、佐藤くん……」
伝えられたのは、ただそれだけだった。
思いのすべてを口にしたところで、今はなにもかも言いわけにしか聞こえない。
佐藤くんは、あたしのことを怒りも責めもせず、
「そっか」
とだけつぶやくと、
「いろいろつき合わせてゴメンな。アリちゃんといっしょにいてすごく楽しかった。今までありがとう」
さびしそうにほほえんで、宝さんといっしょに自分の教室に入って行った。
その姿を見送ったとたん、まるで氷が溶けたみたいにあたしの目から涙がとめどなくあふれ出す。
ゴメン。ほんとうにゴメンね佐藤くん。
すごく楽しかったのはあたしもいっしょだよ。
ありがとうって伝えたかったのはあたしのほうなのに。
あたしのせいで、みんなあたしのせいで。
すべてが台なしになっちゃった。
あたし、ほんっとにサイテーの女の子だな……。