アリンコと佐藤くん
第五章 届いて! ほんとうの気持ち

1 はじめての恋の苦み

 バチが当たったんだ。
 あたしが、いつまでもモタモタしてたから。
 佐藤くんをキズつけたくないなんて言って。
 ただ、ホントのことを伝える勇気がなかっただけのくせに。
 すごく自分がイヤになる……。
 あれから、あたしは泣いてばかり。
 すべて自業自得なのに。ワガママだよね、あたし。
 あのろう下でのやりとりのあと、芙美ちゃんにいろいろ聞かれたけど。
 あたしは泣きじゃくってばかりで、なにも答えられなかった。
 それでも、なにかを察した芙美ちゃんは、
「アリンコが話せるようになったら、また教えて。いつでもいいから」
 って言ってくれて。
 芙美ちゃんにも、いろいろ迷惑かけちゃったのに。
 いつまでもメソメソしてないで、いつもの自分にもどらなきゃって思ってるのに。
 水道の蛇口がこわれたみたいに涙があふれて、止まらなくて。
 授業中はなんとかガマンしてるけど、ゲタ箱で靴をはきかえているとき、ろう下を歩いているとき、下校中に自転車二人乗りをしているカップルを見かけたとき。
 なにげない瞬間に、佐藤くんのことが呼び起されて、つーっと涙がこぼれてくる。
 それでもなんとかこらえて、自分の部屋にもどったとたん。
 ベッドに寝転んで花びんの水がひっくり返ったみたいに大号泣。
 そんなことのくり返し。
 バカだな、あたし。いったいなにやってるんだろう。
 こんなに毎日泣いてたら、そのうち、身体じゅうの水分が出つくしてカラカラの干物になっちゃうよ。
 失恋すると、みんなこんなに心と身体が引き裂かれるくらい、つらくて悲しい思いをするのかな。
 それなら、もうあたしは二度と恋なんて――。
「凛子、凛子? 起きてる?」
 コン、コンとドアをノックする音が聞こえた。
 お母さんの声だ。
 あたしはベッドから飛び起きて、ゴシゴシと涙をふくと、泣いてたのをさとられないよう、
「はーいっ!」
 と、わざと元気よく返事をしてドアを開けた。
 あたしを見たお母さんは、
「あぁ、凛子。やっぱり寝てた? 声がかれてる」
 ま……まだ、元気さが足りなかったかな?
「ううん、起きてたよ。大丈夫!」
「ほんとう? このごろ、ずっと学校から帰ってきたら自分の部屋にこもりきりじゃない。具合でも悪いの?」
「大丈夫だってば。なんの用?」
 すると、お母さんはあたしにラッピングに包まれた小箱を手渡した。
「凛子、お父さんからのプレゼントまだ開けてないでしょ」
「プレゼント?」
「そうよ、ホワイトデーの。テーブルの上に置いてあったのに、凛子ってば、そのままにしてるんだから」
 あたしのお父さんは、保険会社で所長をしている。
 いつも忙しいんだけど、一年のうちでも二月と三月はとくに忙しくて、朝早くに家を出ては夜遅くに帰ってくる毎日なんだ。
 土日も関係なく仕事してるから、さいきんはお父さんと顔を合わせる機会がほとんどなかったんだけど、お父さん、ホワイトデーのことはちゃんと覚えてたんだね。
 ラッピングを外すと、色とりどりの丸いキャンデーが入った小箱と、あたしあてのメッセージカードが入ってた。
『凛子へ おいしいパウンドケーキをどうもありがとう。凛子はお菓子作るのとっても上手だよね。こんなにおいしいケーキをバレンタインデーにもらったら、誰もが凛子のことを好きになっちゃうんじゃないかとお父さんは今からとても心配です(笑)。
 だけど、凛子と凛子の作ったお菓子を心から愛するひとに、凛子がめぐり会える日が来ればいいな、と心から願っています。いざそんな日が来たら、お父さんはちょっとさびしいけど(笑笑)!』
 お父さん……。
「ここのケーキもうまいけど、やっぱオレ、こないだアリちゃんが作ってくれたケーキがいちばん好き。あれ、また作ってくれよ」
 いけない、つい佐藤くんのこと思い出して、また泣きそうになっちゃう。
「凛子、どうしたの? 目が赤いけど」
「そ、そう? それより、これ見てよ。お父さんてば、おっかしいよね。こんなこと書いて」
 あたしは笑いながらお母さんにカードを見せて、プレゼントのキャンデーをひとつ食べてみた。
 そのとたん、口に広がったのはさわやかな甘さと、かすかな苦み。
 にわかに思い出がよみがえってきて、どうしようもなく胸が苦しくなる。
「凛子? やだ、大丈夫?」
 お母さんがオロオロした様子であたしを見つめる。
 ダメだ。もうガマンできない。
 また涙があふれてきちゃった。
 お父さんのバカ。お父さんのせいじゃないけどバカバカ。
 なんでグレープフルーツのキャンデーなんて入ってるの……?
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