アリンコと佐藤くん

5 涙の告白

 放課後のチャイムが鳴ると、あたしは教室を飛び出して、校庭の隅にあるクスノキに向かった。
 佐藤くん来てくれるかな、それとも――。
 息を切らせて、クスノキのもとに向かうと。
 誰もいない。
 ただ、ザワザワと葉を鳴らす風の音だけが響いてる。
 スマホの画面を見ても、佐藤くんからの連絡はない。
 つい孤独感にのまれそうになるけれど、ガッカリするのはまだ早い。
 ホームルームが終わってないクラスもあったし。
 あわてずに、しんぼう強く待とう。
 それから十分たった。
 風の音に不安をあおられるけど、あきらめちゃダメだよね。
 気長に、気長に。
 と、待ち続けたんだけど――。
 二十分が経過したあたりで。
 胸に言いようのない不安がじわじわと忍び寄ってきた。
 落ち着いて、あたし! あせらない、あせらない。
 今まであせっていいことなんて、なかったじゃない!
 そう一生けん命自分に言い聞かせてガマンし続けた。
 ところが――。
「もうこんな時間……」
 三十分を過ぎ、そして四十分たった今も、佐藤くんはやって来ない。
 やっぱり、あたしのことなんてキライになっちゃったのかな?
 もう二度と仲直りなんてできないのかな……?
 カバンにつけていたボアボアのマスコットを、そっと手に取ったとき。
 ガサッ、と物音が聞こえた。
「アリちゃん……?」
 目の前にあらわれたのは、相変わらず派手なキラキラの金髪。
 制服を着くずし、シルバーアクセサリーをつけた背の高い男の子。
 ひと目見たら、忘れられないその姿。
 佐藤くんだ。
 来てくれたんだ……!
「わああああああん!」
 今までこらえていたものがいっせいにあふれ出した。
「アリちゃん!? どうしたんだよ」
 泣いちゃダメ、泣いちゃダメ。
 今度こそちゃんと伝えなくちゃ。
「佐藤くん、あたし、佐藤くんにどうしても言わなくちゃいけないことがあって……!」
 あたしは、涙をふくのも忘れてそうさけんだ。
「えっ……?」
 佐藤くんが目を見開く。
「宝さんが言ってたことはホントなの。あたし、別のひとにあげるはずだったバレンタインデーのプレゼント、まちがえて佐藤くんに渡しちゃったの。あのときはホントにゴメン!」
 あたしは、しゃくりあげながら続ける。
「はじめは、佐藤くんのことがコワかったの。体格もおっきいし、ヤンキーっぽい服装だから、ホントのこと言ったら怒られるんじゃないかってビクビクしてたの」
「そうだったのか……」
 少し落ちこんだ様子の佐藤くんに、あたしはブンブンと大きく首を横に振った。
「だけど! だけど、あたし、佐藤くんといっしょにいるうちに、佐藤くんのいいところ、やさしいところ。いっぱい、いーっぱい発見して、全然コワいひとじゃないって分かって。気がついたら、ずっといっしょにいたくなったの! だけど、ホントのこと言えないまま、つき合うなんて、ズルいなって。そんな自分が許せなくって――」
 ゴシゴシと涙をふき、しっかり顔を上げる。
「だから、あたしのほうからきちんと告白させてほしいの。佐藤くん、あたし、あなたのことが大好きです。仲直りのしるしに、これを受け取ってくださいっ!」
 あたしは、佐藤くんに小さな箱を手渡した。
 箱を開けたとたん、サッと佐藤くんの顔色が変わる。
「ウ……ウソだろ!」
 箱を持つ佐藤くんの両手が、ワナワナとふるえてる。
「なんだよ、これっ――」
 この反応……。
 佐藤くん、あたしのプレゼント、気に入らなかったんだ。
「め、迷惑だったら、すぐに捨てちゃっていいから!」
 悲しいけど、今度はちゃんと好きなひとに告白できたんだから。
 これで、もう後悔なんて――。
「……そうじゃねぇ、そうじゃねぇよ!」
 えっ?
「こんなん、こんなん……オレにもったいなさすぎるだろーが!」
 そう答えた佐藤くんの顔は真っ赤に染まってる。
「ひょっとして、喜んでくれてるの?」
 佐藤くんは、もちろんだ! とうなずく。
「このマカロン、メルルンとボアボアだろ? すっげぇよくできてる……! これ、SNSにのせたら秒で万バズるんじゃね!?」
 そう。あたしが佐藤くんに送ったのは『もこフレ』のキャラマカロン。
 このあいだ観た『もこフレ』の映画のラストシーンをイメージして、ピンクのマカロンでメルルン、黄色のマカロンでボアボア。ふたりの仲直りのしるし、虹色の花をマジパンで作ってちりばめてみたんだ。
「秒で万バズる」
 っていうのは、どういうイミなのかよく分からないけど……。
「あたし、どうしても佐藤くんと仲直りしたいから。あのシーンを再現したお菓子を作ったら、少しは佐藤くんにあたしの気持ちが伝わるんじゃないかってそう思ったの」
 すると、佐藤くんはモジモジと自分の髪をいじくって。
「あのなぁ、アリちゃん。仲直りもなにも、オレ、アリちゃんのこと一度もキライになんてなってねーから」
「えええっ?」
「むしろ、オレのほうがアリちゃんにきらわれたと思ってた。今までさんざんアリちゃんのこと好き勝手ふり回してたから、もう口も聞いてもらえねーかなって」
「でも、それならどうしてLINEに返事くれなかったの?」
 佐藤くんは、ますます困ったように、
「アリちゃん、あのLINE何時に送ってきたか覚えてるか?」
 と、あたしにたずねた。
「何時に?」
 そういえば、いつ送ったっけ? と考えていると。
「夜の一時前!」
 と、佐藤くんがキッパリ。
 そうだった!
 あたし、苦労してたマカロンがやっとうまくできたから、その勢いで夜中にLINE送ったんだった。
 ちょ、ちょっと非常識だったかも……。
 やれやれ、とため息をつく佐藤くん。
「そんな真夜中に突然連絡してくるなんて、オレ、アリちゃんなんか深刻な悩みでも抱えてんじゃねーかって心配になってさ。LINEなんかよりも直接会って聞いたほうがいいなって思ったんだよ」
 そっか。あたしにLINE返すの、ためらってたわけじゃなかったんだ。
 でも、それなら……。
「なんでもっと早く来てくれなかったの? あたし、きらわれちゃったかなって思ってずっとずっと不安だったのに!」
 クスンとしょげているあたしに、佐藤くんはばつが悪そうに、
「それが……終業式のあと、服装指導の先生にとっつかまってさ。さっきまでずっと居残りで反省文書かされてたんだ。まぁ、中二になってもこのカッコつらぬくって書いて出したんだけど」
 なにそれ! まったく、佐藤くんたら……。
「ふふふ、相変わらず自由だね!」
 思わずふき出したあたしを見て、佐藤くんもほほえむ。
「やっと笑ったところみせてくれたな。やっぱ、アリちゃんは笑顔がいちばんかわいいよ。アリちゃんが悲しんでたら、ホントこっちまでつらくなるから」
 よしよし、とやさしくあたしの頭をなでる佐藤くんの手はとってもあたたかくて。
 大好きなぬくもりを、ふたたび感じることができて、思わずほおに涙がつたう。
「ほらほら、もう泣くなよアリちゃん」
 佐藤くんが、長い指先であたしの涙をぬぐう。
「ゴメン……」
 笑顔がいちばんかわいいって言われたのに。
 胸がいっぱいになって、次から次へと涙があふれてくる。
 そんなあたしの様子を見て、佐藤くんは
「ったく、しょうがねーな。それなら、とっておきの方法使うか」
 と言い出した。
「とっておきの、方法?」
 なんだろう?
 まったくわけが分かってないあたしに、
「ああ。一瞬にして涙が引っこむ、とっておきの方法」
 と、佐藤くんはあたしのほおを両手で包むと、ゆっくりと顔を近づけて、端正な口元で、そっとあたしのくちびるにふれた。
 え? え? え……!?
 これって、まさか――。
 なんともいえない甘い体温が伝わった瞬間。
 佐藤くんはじっとあたしの顔を見つめて、
「やっぱり。効果バツグン」
 と笑いかけると、ぎゅっとあたしのことを抱きしめた。
「大好きだよ、アリちゃん。これからもずっといっしょにいてくれ」
 心のなかで、パチパチッと鮮やかな火花がはじけたみたい。
 さっきまで不安で肌寒くって薄暗かったはずの世界が、重たい雲の切れ目から差しこんできたあたたかくてやさしい光によって、キラキラとまぶしく心地よい世界にどんどん塗りかえられていく。
 好きなひとと両想いになったときって、ケーキも、マカロンも、世界じゅうのどんなお菓子もかなわないほど甘い気持ちに包まれるんだ。
 なんて幸せなんだろう。
「あたしも、大好き……」
 そう口にしたとたん、フッと全身の力が抜けた。
「アリちゃん? おい、しっかりしろアリちゃん!」
 そう佐藤くんに呼びかけられたところまでは覚えてる。
 だけど、はじめての告白にすべてのエネルギーを使い果たしたあたしは、両想いになった安堵感でいっぱいになって。
 気がついたら佐藤くんの腕のなかで、すっかり眠ってしまったんだ。
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