アリンコと佐藤くん
2 宝さんの本心
「えーっ、本格的につき合うことになったぁ?」
驚きのあまり、芙美ちゃんはかじりかけのラズベリーとチョコチップのカップケーキを手からポトンと落とした。
「うん。いつの間にか……そうなっちゃったの」
春休み。駅前のカップケーキ店にて。
あたしは芙美ちゃんに、佐藤くんとカレカノになったことを報告した。
「だって、はじめはタイプじゃなかったんでしょ? ショウくんとは全然フンイキちがうし」
「それが――芙美ちゃんの作戦試してみたら、あたしと正反対のタイプどころか、相性ピッタリだってことが分かったの。佐藤くん、見ためはちょっとコワそうだけど、とってもやさしいし、ちょっとかわいいところもあるし、それにこの店のケーキも好きなんだよ」
また会うときに、おみやげに買って行ってあげたら喜んでくれるかな?
芙美ちゃんは、信じらんない……と腕組みして。
「まさかアリンコとあのヤンキーがねぇ。どういう運命のめぐりあわせかしら。それにしても、あたしの考えた相手と距離を置くための作戦が逆に縁結びに役立つなんて。自分の恋愛は全然うまくいってないのに~」
なんかくやしい! と芙美ちゃんは、少しヤケ気味にカップケーキをほおばった。
ふふふ。いつもはクールな芙美ちゃんだけど、こういうところ、ちょっとほほえましいな。
「でも、ちょっと待って!」
芙美ちゃんが、なにか思い出したようにパッと顔をあげた。
「それなら彼女は!? ほら、いたじゃない。アリンコにつっかかってきた、背が高くて髪の長い女の子。彼女もあのヤンキーのこと好きだったんじゃないの?」
「宝さん? それが、宝さんのことは、あたしもいろいろと誤解してて……」
芙美ちゃんと会う数日前のこと。
あたしは佐藤くんにLINEで呼び出された。
『えっ、佐藤くんの家に?』
『そそそ。一階のスタジオに来てくんねぇ? どうしてもアリちゃんに会いたいってヤツがいてさ。少しの間でいいから』
あたしに会いたいひと? いったい誰だろう。
それに、佐藤くんの家なんて。な、なんか緊張しちゃうな。
確か、家族で音楽教室やってるんだっけ?
ドキドキしながら行ってみると、家の前で佐藤くんが待っていた。
目の覚めるようなターコイズブルーのジャージ姿。部屋着までハデだなぁ。
「アリちゃん、こっちー」
一階のボイストレーニングスタジオに案内されて。
きれいに磨かれたフローリングと、白い壁が張りめぐらされたスタジオ。
そして、そこで待っていたのは。
ダメージジーンズに紫のプルオーバーを合わせたカジュアルなコーデ。
いつもとはちょっと雰囲気が異なるけれど。
遠目からでもよく分かる、その流れるようなストレートロングの髪は……。
宝さん!?
あたしに会いたかったひとって、宝さんなの?
あたしが佐藤くんとつき合うことになったのが気に入らないとか???
恐怖心でビクビクしているあたしに、宝さんは深く頭を下げた。
「このあいだはゴメン! ひどいこと言っちゃって」
えっ???
思いがけない言葉に目が点になっているあたしに、宝さんは続ける。
「あたし、まさかあんたがホントに虎狼のこと好きだなんて思ってなくって。だけど、虎狼からあんたにもらったマカロン見せられて……あれ、全部手作りなんでしょ?」
「は、はいっ!」
緊張しつつ、あたしが返事をすると。
宝さんは、
「あのマカロン、すごくよくできてた。あんなにていねいなお菓子、ほんとうに相手のことを好きじゃなきゃ作れないよね。今まで虎狼への気持ち、うたがっててホントにゴメン!」
と、心からあやまってきた。
その反省ぶりは、こっちのほうが申し訳なくなってきちゃったほど。
そのとき、コン、コンとスタジオのドアをノックする音がして。
「どう? 宝、ちゃんとあやまれた? またイジワルなこと言ってないだろうな」
「そんなこと言ってないわよ、竜聖(ルビ・りゅうせい)!」
宝さんがキッ、と声の主をにらみつける。
「なら、よかった。これで万事解決だね♪」
と、品のあるほほえみを浮かべて入ってきたのは。
黒のタートルネックとグレーのスラックスを着こなし、つやのあるキレイな黒髪が目をひく、切れ長の目にべっ甲メガネがよく似合う男のひと。
あれ? このひと……生徒会長?
どうして生徒会長がここにいるの!?
生徒会長はあたしのほうを向くと、ペコッとおじぎをして。
「どうも有川さん。このたびは、うちのバカ弟と幼なじみが、いろいろご迷惑をおかけしたみたいですみませんでした」
「へっ?」
弟……って???
意味が分からずポケッとしていると。
スタジオのすみっこにいた佐藤くんが、おずおずと手を挙げた。
んんん?
ということは、佐藤くんと生徒会長って――。
「兄弟だったのーっ!?」
タイプちがいすぎじゃない???
佐藤くんは、ションボリしたように背中を丸めて。
「やっぱ驚かれた……だから知られたくなかったんだよ」
いっぽう生徒会長あらため佐藤くんのお兄さん、竜聖さんは
「別に秘密にしておくことでもないだろ? お前、ヘンなとこでナイーブなんだから」
あっけらかんと言い放った。
外見のフンイキだけじゃなく、性格も正反対なんだなぁ……。
竜聖さんは、
「こいつのために、あんな立派なマカロン作ってくれてありがとね。オレも少しもらったけど、とってもおいしかったよ」
と、あたしにほほえんだ。
「いえっ! もともとはあたしが、佐藤くんになかなかホントのことを伝えられなくて、迷惑かけちゃったから――」
すると、竜聖さんは、ううんと首を横に振って。
「キミが気に病む必要はないよ。キミがほんとうに虎狼のこと好きだってこと、オレにはちゃんと分かってたし♪」
分かってた!?
「ど……どうして?」
竜聖さんは、ビシッ! と親指で自分の顔を指さして。
「だって、なにもかもがパーフェクトなこのオレならともかく、ウソついてまで虎狼とつき合うメリットなんて、なーんにもないじゃん! 見た目はコワいし、校則は破りまくるし、頭弱いくせして態度だけはデカい、最低最悪のヤンキーだよ? ふつうは、だーれも近寄りたいとすら思わないって!」
おだやかで端正な外見とは真逆の毒舌が、ズバズバと矢のように放たれていく。
「……竜聖、もうやめてあげてよ。虎狼泣いてるじゃない」
宝さんが、うなだれてる佐藤くんの背中を気の毒そうにさすってる。
「ま、ジョーダンはこのへんにして」
竜聖さんは、てへっ、とはにかんだあと、
「虎狼といっしょにいるときのキミ、すごく幸せそうだった。あんな表情は心から相手のことを想ってないとできないよ」
と、やさしいまなざしをあたしに向けた。
「竜聖さん……」
やっぱりこのひと、ホントに鋭いなぁ。
はじめは、その洞察力がコワいくらいだったけど。
竜聖さん、あたしと佐藤くんのこと、ちゃんと見守ってくれてたんだね。
「有川さん、ふつつかすぎる弟ですが、どうかこれからもよろしくお願いします」
「そんなっ! あたしのほうこそよろしくお願いします!」
ペコペコッとおたがいにおじぎをし合っていると。
「これで、『モントレ』も解散かぁ……。残念だけど、受け入れなくちゃね」
宝さんが小さくため息をついた。
『モントレ』って、宝さんたちのバンド……だよね?
「ちょっと待て。なんでそーゆー話になるんだよ」
佐藤くんが、すっくと顔を上げる。
「だって、竜聖は生徒会はじめ勉強や部活で忙しいし、あんたには彼女ができたし、もうみんなバンド活動にさく時間の余裕なんてないでしょ?」
うつむく宝さん。
その顔は長い髪に隠れてよく見えないけれど、声はどこかかすれているように聞こえる。
「あいつがいちばん大切に思ってるのは、オレじゃなくて、このバンドなんだよ」
って、前に佐藤くんが話してたっけ……。
「いや、『モントレ』は、これからも続ける。オレ、中三になったら生徒会と部活は引退するから」
はっきりとした竜聖さんの言葉に、その場にいた全員が、
「えぇっ?」
と、声をあげた。
「どうして? 受験をひかえてるから?」
予想外の発言にうろたえている宝さんに、竜聖さんは
「それもあるけど、いちばんは宝の夢をもっと真剣に応援したくなったからだよ。部活の後輩への指導や、来期の生徒会の引継ぎやらで、しばらくバンド活動には参加できなかったけど、春からは宝のこと、またそばで支えていくから」
と告げた。
「竜聖……」
雪のように白くて、透明感のある宝さんのほおに、サッと鮮やかな赤みがさす。
「今までさびしい思いさせてゴメンな。心配しなくても、宝の大事な『モントレ』を絶対解散させたりなんかしないよ。宝がのびのびと楽しそうに歌ってる姿が、オレはなによりも大好きだから」
竜聖さんは、そう言ってやさしく宝さんの肩に手を置いた。
あれあれ?
このフンイキって――。
「あーぁ、オレらすっかりおジャマ虫だな」
佐藤くんが、ボリボリと頭をかいた。
「あのふたり……」
確かめるように、チラッと佐藤くんに視線を向けると。
「だから前に言ったろ? オレは、宝にとってただの弟みたいなモンだって。『モントレ』――mon trésor(ルビ・モン・トレジール)って、小難しいバンド名つけたのも兄ちゃん。小さなころからずーっとあいつのこと大切に想ってたんだよ。あいつも兄ちゃんも努力家だから、おたがいひかれ合うところがあったんだろうな。なのに、ふたりともなかなか自分の気持ち相手に伝えようとしねーんだから」
ようやく素直になったか、と、佐藤くんはつぶやいた。
そういえば、mon trésor(ルビ・モン・トレジール)って、『私の宝物』って意味だったよね。
竜聖さん、バンド名に自分の想いをこめてたんだ。
ずいぶんロマンチックなことするなぁ。
なんだかあたしまで、ポーッと赤くなってきちゃった。
「ふたりで盛り上がってるとこ、申し訳ねーけどよ。オレも『モントレ』辞めるつもりねーし。練習にもライブにも今までどおり参加するから」
と、佐藤くんはキッパリ。
「あたしも、佐藤くんにこれからもバンド活動続けてもらいたいです! 佐藤くんに『モントレ』の動画ちょっぴり見せてもらったけど、ふたりともすっごくカッコよかったし、竜聖さんも含めた三人でのライブ、実際にこの目で観てみたいから!」
「みんな――」
氷の女王のようにクールな宝さんの顔に、ぽろぽろっと真珠のような涙がこぼれた。
「ゴメン……あたし、そんなふうに思われてたなんて全然気づかなくて。『モントレ』がなくなっちゃうんじゃないかって不安で、ついとげとげしい態度取っちゃって――」
細い肩をふるわせて、さめざめと泣いている宝さんに、
「もう泣くなよ。いつも強気なお前が泣くなんて、大災害の前ぶれみたいじゃねーか」
冗談ぽく、イジワルな言葉をぶつける佐藤くん。
「うっさい虎狼! もうあんたは『モントレ』クビよ。せいぜい彼女となかよくね!」
ゴシゴシと袖口で涙をぬぐった宝さんは、もういつもの調子にもどってる。
「クビだぁ? こないだまでは、オレにバンドやめるなってしつこかったくせに」
宝さんはフンッ! と佐藤くんに顔をそむけて、
「これからは竜聖がいてくれるから安心だもん! あー、新生『モントレ』でライブできるの楽しみだなぁ♪」
と声をたてて笑った。
言葉はちょっぴりキツめだけど、こんなに楽しそうに笑ってる宝さん、あたし、はじめて見た。
ふだんキリッとしていたまなざしがふんわりとゆるんで、とってもやさしそうな顔つきになってる。
なんか今の宝さん、すっごくかわいいな。
宝さんのとなりには、同じく笑顔を浮かべた竜聖さんの姿が。
そっか。きっと宝さん、ホッとしたんだね。
大切なひとのそばで、これからも大好きな歌を歌い続けることができるから。
あたしも宝さんや竜聖さんみたいに、ずっと佐藤くんと強いきずなで結ばれていたいな――。
驚きのあまり、芙美ちゃんはかじりかけのラズベリーとチョコチップのカップケーキを手からポトンと落とした。
「うん。いつの間にか……そうなっちゃったの」
春休み。駅前のカップケーキ店にて。
あたしは芙美ちゃんに、佐藤くんとカレカノになったことを報告した。
「だって、はじめはタイプじゃなかったんでしょ? ショウくんとは全然フンイキちがうし」
「それが――芙美ちゃんの作戦試してみたら、あたしと正反対のタイプどころか、相性ピッタリだってことが分かったの。佐藤くん、見ためはちょっとコワそうだけど、とってもやさしいし、ちょっとかわいいところもあるし、それにこの店のケーキも好きなんだよ」
また会うときに、おみやげに買って行ってあげたら喜んでくれるかな?
芙美ちゃんは、信じらんない……と腕組みして。
「まさかアリンコとあのヤンキーがねぇ。どういう運命のめぐりあわせかしら。それにしても、あたしの考えた相手と距離を置くための作戦が逆に縁結びに役立つなんて。自分の恋愛は全然うまくいってないのに~」
なんかくやしい! と芙美ちゃんは、少しヤケ気味にカップケーキをほおばった。
ふふふ。いつもはクールな芙美ちゃんだけど、こういうところ、ちょっとほほえましいな。
「でも、ちょっと待って!」
芙美ちゃんが、なにか思い出したようにパッと顔をあげた。
「それなら彼女は!? ほら、いたじゃない。アリンコにつっかかってきた、背が高くて髪の長い女の子。彼女もあのヤンキーのこと好きだったんじゃないの?」
「宝さん? それが、宝さんのことは、あたしもいろいろと誤解してて……」
芙美ちゃんと会う数日前のこと。
あたしは佐藤くんにLINEで呼び出された。
『えっ、佐藤くんの家に?』
『そそそ。一階のスタジオに来てくんねぇ? どうしてもアリちゃんに会いたいってヤツがいてさ。少しの間でいいから』
あたしに会いたいひと? いったい誰だろう。
それに、佐藤くんの家なんて。な、なんか緊張しちゃうな。
確か、家族で音楽教室やってるんだっけ?
ドキドキしながら行ってみると、家の前で佐藤くんが待っていた。
目の覚めるようなターコイズブルーのジャージ姿。部屋着までハデだなぁ。
「アリちゃん、こっちー」
一階のボイストレーニングスタジオに案内されて。
きれいに磨かれたフローリングと、白い壁が張りめぐらされたスタジオ。
そして、そこで待っていたのは。
ダメージジーンズに紫のプルオーバーを合わせたカジュアルなコーデ。
いつもとはちょっと雰囲気が異なるけれど。
遠目からでもよく分かる、その流れるようなストレートロングの髪は……。
宝さん!?
あたしに会いたかったひとって、宝さんなの?
あたしが佐藤くんとつき合うことになったのが気に入らないとか???
恐怖心でビクビクしているあたしに、宝さんは深く頭を下げた。
「このあいだはゴメン! ひどいこと言っちゃって」
えっ???
思いがけない言葉に目が点になっているあたしに、宝さんは続ける。
「あたし、まさかあんたがホントに虎狼のこと好きだなんて思ってなくって。だけど、虎狼からあんたにもらったマカロン見せられて……あれ、全部手作りなんでしょ?」
「は、はいっ!」
緊張しつつ、あたしが返事をすると。
宝さんは、
「あのマカロン、すごくよくできてた。あんなにていねいなお菓子、ほんとうに相手のことを好きじゃなきゃ作れないよね。今まで虎狼への気持ち、うたがっててホントにゴメン!」
と、心からあやまってきた。
その反省ぶりは、こっちのほうが申し訳なくなってきちゃったほど。
そのとき、コン、コンとスタジオのドアをノックする音がして。
「どう? 宝、ちゃんとあやまれた? またイジワルなこと言ってないだろうな」
「そんなこと言ってないわよ、竜聖(ルビ・りゅうせい)!」
宝さんがキッ、と声の主をにらみつける。
「なら、よかった。これで万事解決だね♪」
と、品のあるほほえみを浮かべて入ってきたのは。
黒のタートルネックとグレーのスラックスを着こなし、つやのあるキレイな黒髪が目をひく、切れ長の目にべっ甲メガネがよく似合う男のひと。
あれ? このひと……生徒会長?
どうして生徒会長がここにいるの!?
生徒会長はあたしのほうを向くと、ペコッとおじぎをして。
「どうも有川さん。このたびは、うちのバカ弟と幼なじみが、いろいろご迷惑をおかけしたみたいですみませんでした」
「へっ?」
弟……って???
意味が分からずポケッとしていると。
スタジオのすみっこにいた佐藤くんが、おずおずと手を挙げた。
んんん?
ということは、佐藤くんと生徒会長って――。
「兄弟だったのーっ!?」
タイプちがいすぎじゃない???
佐藤くんは、ションボリしたように背中を丸めて。
「やっぱ驚かれた……だから知られたくなかったんだよ」
いっぽう生徒会長あらため佐藤くんのお兄さん、竜聖さんは
「別に秘密にしておくことでもないだろ? お前、ヘンなとこでナイーブなんだから」
あっけらかんと言い放った。
外見のフンイキだけじゃなく、性格も正反対なんだなぁ……。
竜聖さんは、
「こいつのために、あんな立派なマカロン作ってくれてありがとね。オレも少しもらったけど、とってもおいしかったよ」
と、あたしにほほえんだ。
「いえっ! もともとはあたしが、佐藤くんになかなかホントのことを伝えられなくて、迷惑かけちゃったから――」
すると、竜聖さんは、ううんと首を横に振って。
「キミが気に病む必要はないよ。キミがほんとうに虎狼のこと好きだってこと、オレにはちゃんと分かってたし♪」
分かってた!?
「ど……どうして?」
竜聖さんは、ビシッ! と親指で自分の顔を指さして。
「だって、なにもかもがパーフェクトなこのオレならともかく、ウソついてまで虎狼とつき合うメリットなんて、なーんにもないじゃん! 見た目はコワいし、校則は破りまくるし、頭弱いくせして態度だけはデカい、最低最悪のヤンキーだよ? ふつうは、だーれも近寄りたいとすら思わないって!」
おだやかで端正な外見とは真逆の毒舌が、ズバズバと矢のように放たれていく。
「……竜聖、もうやめてあげてよ。虎狼泣いてるじゃない」
宝さんが、うなだれてる佐藤くんの背中を気の毒そうにさすってる。
「ま、ジョーダンはこのへんにして」
竜聖さんは、てへっ、とはにかんだあと、
「虎狼といっしょにいるときのキミ、すごく幸せそうだった。あんな表情は心から相手のことを想ってないとできないよ」
と、やさしいまなざしをあたしに向けた。
「竜聖さん……」
やっぱりこのひと、ホントに鋭いなぁ。
はじめは、その洞察力がコワいくらいだったけど。
竜聖さん、あたしと佐藤くんのこと、ちゃんと見守ってくれてたんだね。
「有川さん、ふつつかすぎる弟ですが、どうかこれからもよろしくお願いします」
「そんなっ! あたしのほうこそよろしくお願いします!」
ペコペコッとおたがいにおじぎをし合っていると。
「これで、『モントレ』も解散かぁ……。残念だけど、受け入れなくちゃね」
宝さんが小さくため息をついた。
『モントレ』って、宝さんたちのバンド……だよね?
「ちょっと待て。なんでそーゆー話になるんだよ」
佐藤くんが、すっくと顔を上げる。
「だって、竜聖は生徒会はじめ勉強や部活で忙しいし、あんたには彼女ができたし、もうみんなバンド活動にさく時間の余裕なんてないでしょ?」
うつむく宝さん。
その顔は長い髪に隠れてよく見えないけれど、声はどこかかすれているように聞こえる。
「あいつがいちばん大切に思ってるのは、オレじゃなくて、このバンドなんだよ」
って、前に佐藤くんが話してたっけ……。
「いや、『モントレ』は、これからも続ける。オレ、中三になったら生徒会と部活は引退するから」
はっきりとした竜聖さんの言葉に、その場にいた全員が、
「えぇっ?」
と、声をあげた。
「どうして? 受験をひかえてるから?」
予想外の発言にうろたえている宝さんに、竜聖さんは
「それもあるけど、いちばんは宝の夢をもっと真剣に応援したくなったからだよ。部活の後輩への指導や、来期の生徒会の引継ぎやらで、しばらくバンド活動には参加できなかったけど、春からは宝のこと、またそばで支えていくから」
と告げた。
「竜聖……」
雪のように白くて、透明感のある宝さんのほおに、サッと鮮やかな赤みがさす。
「今までさびしい思いさせてゴメンな。心配しなくても、宝の大事な『モントレ』を絶対解散させたりなんかしないよ。宝がのびのびと楽しそうに歌ってる姿が、オレはなによりも大好きだから」
竜聖さんは、そう言ってやさしく宝さんの肩に手を置いた。
あれあれ?
このフンイキって――。
「あーぁ、オレらすっかりおジャマ虫だな」
佐藤くんが、ボリボリと頭をかいた。
「あのふたり……」
確かめるように、チラッと佐藤くんに視線を向けると。
「だから前に言ったろ? オレは、宝にとってただの弟みたいなモンだって。『モントレ』――mon trésor(ルビ・モン・トレジール)って、小難しいバンド名つけたのも兄ちゃん。小さなころからずーっとあいつのこと大切に想ってたんだよ。あいつも兄ちゃんも努力家だから、おたがいひかれ合うところがあったんだろうな。なのに、ふたりともなかなか自分の気持ち相手に伝えようとしねーんだから」
ようやく素直になったか、と、佐藤くんはつぶやいた。
そういえば、mon trésor(ルビ・モン・トレジール)って、『私の宝物』って意味だったよね。
竜聖さん、バンド名に自分の想いをこめてたんだ。
ずいぶんロマンチックなことするなぁ。
なんだかあたしまで、ポーッと赤くなってきちゃった。
「ふたりで盛り上がってるとこ、申し訳ねーけどよ。オレも『モントレ』辞めるつもりねーし。練習にもライブにも今までどおり参加するから」
と、佐藤くんはキッパリ。
「あたしも、佐藤くんにこれからもバンド活動続けてもらいたいです! 佐藤くんに『モントレ』の動画ちょっぴり見せてもらったけど、ふたりともすっごくカッコよかったし、竜聖さんも含めた三人でのライブ、実際にこの目で観てみたいから!」
「みんな――」
氷の女王のようにクールな宝さんの顔に、ぽろぽろっと真珠のような涙がこぼれた。
「ゴメン……あたし、そんなふうに思われてたなんて全然気づかなくて。『モントレ』がなくなっちゃうんじゃないかって不安で、ついとげとげしい態度取っちゃって――」
細い肩をふるわせて、さめざめと泣いている宝さんに、
「もう泣くなよ。いつも強気なお前が泣くなんて、大災害の前ぶれみたいじゃねーか」
冗談ぽく、イジワルな言葉をぶつける佐藤くん。
「うっさい虎狼! もうあんたは『モントレ』クビよ。せいぜい彼女となかよくね!」
ゴシゴシと袖口で涙をぬぐった宝さんは、もういつもの調子にもどってる。
「クビだぁ? こないだまでは、オレにバンドやめるなってしつこかったくせに」
宝さんはフンッ! と佐藤くんに顔をそむけて、
「これからは竜聖がいてくれるから安心だもん! あー、新生『モントレ』でライブできるの楽しみだなぁ♪」
と声をたてて笑った。
言葉はちょっぴりキツめだけど、こんなに楽しそうに笑ってる宝さん、あたし、はじめて見た。
ふだんキリッとしていたまなざしがふんわりとゆるんで、とってもやさしそうな顔つきになってる。
なんか今の宝さん、すっごくかわいいな。
宝さんのとなりには、同じく笑顔を浮かべた竜聖さんの姿が。
そっか。きっと宝さん、ホッとしたんだね。
大切なひとのそばで、これからも大好きな歌を歌い続けることができるから。
あたしも宝さんや竜聖さんみたいに、ずっと佐藤くんと強いきずなで結ばれていたいな――。