アリンコと佐藤くん
3 成功なるか!? どきどきバレンタインデー
専用のキットを使うので作りかたはとってもカンタン。
ボウルにパウンドケーキのミックスと卵2個。それに無塩バター30グラム、牛乳を少々入れて、ゴムベラでサクサクッと混ぜてオーブンで焼けばできあがり。
このまま作ってもおいしいけど、フライパンにバターをひいて少し色がつくまで焼いた輪切りのバナナと、手で細かく割った板チョコを生地に混ぜこむと、おいしいチョコバナナパウンドケーキができるんだ。
買ってきた紙型に生地を流しこんで、佐藤くんとお父さんや芙美ちゃんにあげる分の二台を、170度に温めたオーブンに入れて。
これであとは焼き上がりを待つだけ!
キレイにラッピングして、明日佐藤くんに渡そう♪
胸をなでおろしかけたそのとき、あたしはふと気づいた。
そういえば……佐藤くんにどうやって渡したらいいんだろう?
あたしには、直接声をかける勇気なんかないし――。
芙美ちゃんはどうするつもりなのかな?
あたしは、芙美ちゃんにLINEを送ってみた。
『芙美ちゃん、遅くにゴメンね。明日、芙美ちゃんはどうやって佐藤くんにチョコ渡す?』
すると、すぐに返事が来て。
『あたしは本人に直接渡すよ♪ 朝練の時間にサッと渡しちゃおうと思うんだ』
『えぇ~、すごい! あたしにはとてもムリだよ……』
と、泣き顔の女の子のスタンプをあわせて送ると、
『だったら、佐藤くんのロッカーかゲタ箱に入れておけば? ちょっとしたメッセージもつけて』
なるほど、そういう方法もあるよね!
朝早く登校してこっそり入れておけば大丈夫かな?
『ありがとう、芙美ちゃん。あたしがんばってみる!』
『うん! バレンタインデーをめいっぱい楽しんじゃおう!』
芙美ちゃんから送られてきたのは、ファイト! と、さけんでバンザイしているネコのスタンプ。
さすが親友、心強いなぁ。さっきまでの不安があっという間にやわらいじゃった。
よしっ。パウンドケーキが焼けるあいだ、佐藤くんへのメッセージ書こうっと。
バナナとチョコレートの、ほっこりと甘~い香りがただようなか、あたしは、ダイニングテーブルで佐藤くんへのメッセージを考えていた。
「えーっと、まずは佐藤くんへ、っと」
ホントは芙美ちゃんみたいに「ショウくんへ」って書きたい。
だけど、ほとんどしゃべったことないのにそう呼ぶのはなれなれしい気もするし。
さて、このあとはなんて書こうかな?
あたしは、うーんと頭を悩ませながら、メッセージカードにペンをはしらせた。
『佐藤くんこんにちは。佐藤くんは、私のことほとんど知らないと思うけど、私は前からあなたのことが気になっていました。よかったら、友だちになってくれませんか? もしOKだったら、お返事ください! よろしくお願いします。有川 凛子より』
そこまで書き上げると、チーン、とオーブンの音が鳴った。
ふうっ、くたびれたー。
これだけ書くのに一時間近くかかっちゃった。
たった数行書くだけでもけっこうエネルギー使うなぁ。
パウンドケーキを包んで、青と白のボーダー柄のラッピングバッグに入れる。
サッカー部の佐藤くんらしい、さわやかな色合いを選んでみたんだ。
台所の後片づけやお風呂などをすませたら、時間はもう夜の十二時をまわってる。
えー、もうこんな時間? 早く寝ないと。
目覚まし時計をいつもより一時間早くセットして……これで大丈夫。
あたしは、安心してベッドの上に寝っ転がった。
明日は朝一番に登校して佐藤くんのロッカーにプレゼント入れておかなくっちゃ!
って、あれだけ強く思ってたのに――。
「凛子、凛子ってばー。いいかげんに起きなさーい」
お母さんの声がする。もう朝になったのかな?
眠い目をこすって目覚まし時計を見たあたしは、ベッドから飛び起きた。
「ウソでしょーっ?」
ちゃんとアラームセットしてたのに、いつもより三十分も遅く目が覚めちゃった!
「確かに今日はずいぶん早くにめざましの音が聞こえたけど、すぐに鳴らなくなったから、凛子が寝ぼけて消しちゃったんでしょ。昨日夜遅くまで起きてるから~」
と、肩をすくめるお母さん。
そんな……あたしのバカ!
なんで、こんな大事な日にかぎって二度寝しちゃうの?
ふだんはめんどくさい学校も、今日は一秒でも早く行かなくちゃいけないのに。
あたしは、朝ごはんも身じたくもそこそこに家を飛び出そうとした。
けれども、そこでお母さんがピシャリと一声。
「待ちなさい、凛子。そんなにあわてて、忘れ物でもしたらどうするの?」
忘れ物?
学校のカバン、お弁当、それに、大事な大事なバレンタインデーのプレゼント。
大丈夫、みんな持ってる。
「いってきまーす!」
あたしは大急ぎで家を飛び出した。
えーん、昨日の雪が溶けてないから、今日はバスで学校に行かなくっちゃ。
中学校行きのバスの停留所までブーツでバタバタ雪道をかき分けてく。
やっとのことで停留所にたどり着いたまではよかったんだけど。
「バスが来ない……!」
雪の影響か、バスが時間どおりにやってこない。
ちゃんと間に合うように家を出たのに。
「第二中学校、第二中学校行きです」
十五分遅れでようやくバスがやって来た。
大丈夫かな、大丈夫かな? 学校チコクしないかな?
ううん、それより佐藤くんのロッカーにちゃんとバレンタインデーのプレゼント入れておけるかな?
今ごろは、ほかの子のプレゼントでいっぱいになってたりして……。
心配が積もり積もって胸がいっぱいになったころ、バスが学校に到着。
腕時計を見ると、わあっ、もう朝のホームルーム五分前!
どうしよう、どうしよう。ロッカーまで行く余裕ないよー。
すぐ教室に入らなきゃ。
でも、昨日あれだけがんばったのに、今さらあげるのあきらめたくないし――。
そうだ、ロッカーがダメならゲタ箱!
あたしは、佐藤くんのゲタ箱を探した。
えーと、えーと……あった!
よかったー、まだ誰のチョコも入ってない。
うまくいくかどうかなんて分からないけど。
あたしの気持ちが少しでも佐藤くんに伝わりますように。
コトッ。
あたしは、確かに佐藤くんのゲタ箱にプレゼントを入れた。
後からトイレで鏡を見たら、あたしってば二月だというのに額にはうっすら汗がにじんで、顔は赤~くほてってる。
朝からすっかりヘトヘトだけど、いいんだ。
あたし、中学生になってはじめてのバレンタインデー、ちゃんとやり切ったよー!
それからの一日はドキドキしっぱなしで、とても授業なんて手につかなかった。
チラッ、と佐藤くんの席に目をやると。
佐藤くんは、あたしのドキドキなんてまるで気がつかないで授業受けてる。
なにげない横顔もキリッとしていてカッコいいな。
いつあたしからのプレゼントに気づいてくれるかな?
すぐにゲタ箱見てくれるかな? それとも――。
「有川。おい、有川。この計算いくつになるか答えてみろ」
「うーん、やっぱりしばらくしないとムリかなぁ……」
とたんに教室の空気が凍りついた。
「はあ?」
黒板の前に立っている先生の目が点になってる。
え? え? あたし……?
てゆーか、今なんの時間だっけ?
次の瞬間、ドッとクラスに笑い声が巻き起こった。
「有川さん、ナイスボケ!」
「おっかしー、アリンコってば!」
なになに? なんでみんなそんなに笑ってるの?
「アリンコ、しっかりして! 今数学の時間だよ!」
芙美ちゃんにそう声をかけられ、あたしはようやくハッとした。
しまった! つい心の声がもれちゃってた。
佐藤くんも、あたしを見てクスクス笑ってる。
やだなぁ、ハズカシイ……。
あたしはまるでホントのアリみたいに机でシュン、と小さくなった。
今日はもう早く帰りたい。
バレンタインデーって、ホント心が落ち着かないんだもん。
こんなにドキドキしてるのはあたしだけ?
みんな顔には出さないだけで、あたしと同じようにドキドキしてるのかな?
なんてことを考えていたら、あっという間にお昼休みの時間。
トイレに行こうと、ろう下を歩いていると。
あっ、佐藤くん!
向こう側から佐藤くんが、あたしのほうにやって来る。
スラッとした背たけに、りりしい目鼻立ち、おだやかに笑みを浮かべる口元はほんとうにイケメンで見とれちゃうほど。
佐藤くん、そろそろあたしのプレゼント見てくれたかな?
自分じゃどうしようもないほど胸が高鳴る。ドキドキしすぎて苦しくなるくらい。
けれども。
佐藤くんは、そ知らぬ顔であたしとすれちがった。
あれ……? なんにも言われなかった。
まだ気づいてないのかな――?
ボウルにパウンドケーキのミックスと卵2個。それに無塩バター30グラム、牛乳を少々入れて、ゴムベラでサクサクッと混ぜてオーブンで焼けばできあがり。
このまま作ってもおいしいけど、フライパンにバターをひいて少し色がつくまで焼いた輪切りのバナナと、手で細かく割った板チョコを生地に混ぜこむと、おいしいチョコバナナパウンドケーキができるんだ。
買ってきた紙型に生地を流しこんで、佐藤くんとお父さんや芙美ちゃんにあげる分の二台を、170度に温めたオーブンに入れて。
これであとは焼き上がりを待つだけ!
キレイにラッピングして、明日佐藤くんに渡そう♪
胸をなでおろしかけたそのとき、あたしはふと気づいた。
そういえば……佐藤くんにどうやって渡したらいいんだろう?
あたしには、直接声をかける勇気なんかないし――。
芙美ちゃんはどうするつもりなのかな?
あたしは、芙美ちゃんにLINEを送ってみた。
『芙美ちゃん、遅くにゴメンね。明日、芙美ちゃんはどうやって佐藤くんにチョコ渡す?』
すると、すぐに返事が来て。
『あたしは本人に直接渡すよ♪ 朝練の時間にサッと渡しちゃおうと思うんだ』
『えぇ~、すごい! あたしにはとてもムリだよ……』
と、泣き顔の女の子のスタンプをあわせて送ると、
『だったら、佐藤くんのロッカーかゲタ箱に入れておけば? ちょっとしたメッセージもつけて』
なるほど、そういう方法もあるよね!
朝早く登校してこっそり入れておけば大丈夫かな?
『ありがとう、芙美ちゃん。あたしがんばってみる!』
『うん! バレンタインデーをめいっぱい楽しんじゃおう!』
芙美ちゃんから送られてきたのは、ファイト! と、さけんでバンザイしているネコのスタンプ。
さすが親友、心強いなぁ。さっきまでの不安があっという間にやわらいじゃった。
よしっ。パウンドケーキが焼けるあいだ、佐藤くんへのメッセージ書こうっと。
バナナとチョコレートの、ほっこりと甘~い香りがただようなか、あたしは、ダイニングテーブルで佐藤くんへのメッセージを考えていた。
「えーっと、まずは佐藤くんへ、っと」
ホントは芙美ちゃんみたいに「ショウくんへ」って書きたい。
だけど、ほとんどしゃべったことないのにそう呼ぶのはなれなれしい気もするし。
さて、このあとはなんて書こうかな?
あたしは、うーんと頭を悩ませながら、メッセージカードにペンをはしらせた。
『佐藤くんこんにちは。佐藤くんは、私のことほとんど知らないと思うけど、私は前からあなたのことが気になっていました。よかったら、友だちになってくれませんか? もしOKだったら、お返事ください! よろしくお願いします。有川 凛子より』
そこまで書き上げると、チーン、とオーブンの音が鳴った。
ふうっ、くたびれたー。
これだけ書くのに一時間近くかかっちゃった。
たった数行書くだけでもけっこうエネルギー使うなぁ。
パウンドケーキを包んで、青と白のボーダー柄のラッピングバッグに入れる。
サッカー部の佐藤くんらしい、さわやかな色合いを選んでみたんだ。
台所の後片づけやお風呂などをすませたら、時間はもう夜の十二時をまわってる。
えー、もうこんな時間? 早く寝ないと。
目覚まし時計をいつもより一時間早くセットして……これで大丈夫。
あたしは、安心してベッドの上に寝っ転がった。
明日は朝一番に登校して佐藤くんのロッカーにプレゼント入れておかなくっちゃ!
って、あれだけ強く思ってたのに――。
「凛子、凛子ってばー。いいかげんに起きなさーい」
お母さんの声がする。もう朝になったのかな?
眠い目をこすって目覚まし時計を見たあたしは、ベッドから飛び起きた。
「ウソでしょーっ?」
ちゃんとアラームセットしてたのに、いつもより三十分も遅く目が覚めちゃった!
「確かに今日はずいぶん早くにめざましの音が聞こえたけど、すぐに鳴らなくなったから、凛子が寝ぼけて消しちゃったんでしょ。昨日夜遅くまで起きてるから~」
と、肩をすくめるお母さん。
そんな……あたしのバカ!
なんで、こんな大事な日にかぎって二度寝しちゃうの?
ふだんはめんどくさい学校も、今日は一秒でも早く行かなくちゃいけないのに。
あたしは、朝ごはんも身じたくもそこそこに家を飛び出そうとした。
けれども、そこでお母さんがピシャリと一声。
「待ちなさい、凛子。そんなにあわてて、忘れ物でもしたらどうするの?」
忘れ物?
学校のカバン、お弁当、それに、大事な大事なバレンタインデーのプレゼント。
大丈夫、みんな持ってる。
「いってきまーす!」
あたしは大急ぎで家を飛び出した。
えーん、昨日の雪が溶けてないから、今日はバスで学校に行かなくっちゃ。
中学校行きのバスの停留所までブーツでバタバタ雪道をかき分けてく。
やっとのことで停留所にたどり着いたまではよかったんだけど。
「バスが来ない……!」
雪の影響か、バスが時間どおりにやってこない。
ちゃんと間に合うように家を出たのに。
「第二中学校、第二中学校行きです」
十五分遅れでようやくバスがやって来た。
大丈夫かな、大丈夫かな? 学校チコクしないかな?
ううん、それより佐藤くんのロッカーにちゃんとバレンタインデーのプレゼント入れておけるかな?
今ごろは、ほかの子のプレゼントでいっぱいになってたりして……。
心配が積もり積もって胸がいっぱいになったころ、バスが学校に到着。
腕時計を見ると、わあっ、もう朝のホームルーム五分前!
どうしよう、どうしよう。ロッカーまで行く余裕ないよー。
すぐ教室に入らなきゃ。
でも、昨日あれだけがんばったのに、今さらあげるのあきらめたくないし――。
そうだ、ロッカーがダメならゲタ箱!
あたしは、佐藤くんのゲタ箱を探した。
えーと、えーと……あった!
よかったー、まだ誰のチョコも入ってない。
うまくいくかどうかなんて分からないけど。
あたしの気持ちが少しでも佐藤くんに伝わりますように。
コトッ。
あたしは、確かに佐藤くんのゲタ箱にプレゼントを入れた。
後からトイレで鏡を見たら、あたしってば二月だというのに額にはうっすら汗がにじんで、顔は赤~くほてってる。
朝からすっかりヘトヘトだけど、いいんだ。
あたし、中学生になってはじめてのバレンタインデー、ちゃんとやり切ったよー!
それからの一日はドキドキしっぱなしで、とても授業なんて手につかなかった。
チラッ、と佐藤くんの席に目をやると。
佐藤くんは、あたしのドキドキなんてまるで気がつかないで授業受けてる。
なにげない横顔もキリッとしていてカッコいいな。
いつあたしからのプレゼントに気づいてくれるかな?
すぐにゲタ箱見てくれるかな? それとも――。
「有川。おい、有川。この計算いくつになるか答えてみろ」
「うーん、やっぱりしばらくしないとムリかなぁ……」
とたんに教室の空気が凍りついた。
「はあ?」
黒板の前に立っている先生の目が点になってる。
え? え? あたし……?
てゆーか、今なんの時間だっけ?
次の瞬間、ドッとクラスに笑い声が巻き起こった。
「有川さん、ナイスボケ!」
「おっかしー、アリンコってば!」
なになに? なんでみんなそんなに笑ってるの?
「アリンコ、しっかりして! 今数学の時間だよ!」
芙美ちゃんにそう声をかけられ、あたしはようやくハッとした。
しまった! つい心の声がもれちゃってた。
佐藤くんも、あたしを見てクスクス笑ってる。
やだなぁ、ハズカシイ……。
あたしはまるでホントのアリみたいに机でシュン、と小さくなった。
今日はもう早く帰りたい。
バレンタインデーって、ホント心が落ち着かないんだもん。
こんなにドキドキしてるのはあたしだけ?
みんな顔には出さないだけで、あたしと同じようにドキドキしてるのかな?
なんてことを考えていたら、あっという間にお昼休みの時間。
トイレに行こうと、ろう下を歩いていると。
あっ、佐藤くん!
向こう側から佐藤くんが、あたしのほうにやって来る。
スラッとした背たけに、りりしい目鼻立ち、おだやかに笑みを浮かべる口元はほんとうにイケメンで見とれちゃうほど。
佐藤くん、そろそろあたしのプレゼント見てくれたかな?
自分じゃどうしようもないほど胸が高鳴る。ドキドキしすぎて苦しくなるくらい。
けれども。
佐藤くんは、そ知らぬ顔であたしとすれちがった。
あれ……? なんにも言われなかった。
まだ気づいてないのかな――?