アリンコと佐藤くん

4 最高のふたり

 桜がすっかり散り、つやつやとした緑の葉がまぶしい初夏の放課後。
「佐藤くん、今日はアップルパイ作ったんだよ!」
「おぉ、いつもサンキュ」
 佐藤くんはあたしのアップルパイを受け取ると、ぱくっと口に放りこんだ。
「いつもあっという間に食べちゃうんだから」
 佐藤くんは、アップルパイをゴクンと飲みこんで。
「しゃーねーだろ、ハラへってんだから。ほら、乗りな」
 と、いつものように自転車の後ろに乗るよううながした。
「うん!」
 佐藤くんと自転車ふたり乗りする帰り道。
 これが今あたしがいちばんお気に入りのデート。
 今やすっかり、こうやっていっしょに帰るのが習慣になっちゃった。
「だいぶあったかくなってきたな。もう五月だもんな」
 太陽の日ざしがふりそそぐ通学路を走りながら、佐藤くんがつぶやく。
「うん――」
 と答えかけて、あたしはあわててその言葉を飲みこみ、ギュッと佐藤くんの背中にしがみつく。
「まだ、ちょっと肌寒い……かな?」
「そう?」
 ゴメンね、佐藤くん。
 暑苦しいかもしれないけど、あともう少しだけこうやって佐藤くんのあたたかさを感じていたいんだ。
 背中から感じる熱、高鳴っていく心臓の鼓動。
 風にのって運ばれてくるほのかに甘くて苦いグレープフルーツの香り。
 それらのひとつひとつが、あたしにはなによりも愛おしくて大切な宝物だから。
「なぁ、アリちゃん」
 佐藤くんが口を開いた。
「なに?」
 佐藤くんはちょっぴり顔を赤くして、
「オレらがつき合ってること、うちのクラスのほぼ全員が知ってるって気づいてた?」
「え? そ、そーなの!?」
 そんなに広まってたんだ!
 教室であからさまにイチャイチャしたりとか、別にそんなことしてないのに!
「どーしよう……なんかヘンなウワサとかたてられてないかな」
 たまにいるもんね。茶化したり、バカにしてきたりするひと。
「まーた、アリちゃんはひとの目気にしてんのか。別にいーじゃねーか。ウワサなんて好きに流させとけば」
 そんなヤツらのことなんて知らねぇよ、と佐藤くんは自転車をゆうゆうと走らせる。
「でも……あたしたち、背たけもフンイキもまったくちがうから、正反対のカップルだって思われてるかなって」
 似合わないとか笑われたりしたらどうしよう……。
 すると、佐藤くんはあたしの心配を鼻で笑い飛ばして、
「なーに言ってんだ。オレたちほどピッタリのカップルなんていねーよ」
 と、言い切った。
「どうして?」
 佐藤くんはキキッと自転車をとめて、あたしにふり返ると、
「だって、『アリンコと佐藤』だぞ。「アリ」と「さとう」! こんな最高の組み合わせってあるかよ」
 と、満面の笑みを浮かべてみせた。
「あ!」
 そうだ。言われてみれば……!
 アリは砂糖が大好物だもんね。
 あたしに佐藤くんは必要不可欠な存在なんだ。
「そんなわけでアリちゃん、これからもよろしく!」
 佐藤くんの手があたしの髪にふれ、そのあとほおをやさしく包む。
 明るめの金髪が、ふわっとあたしの顔をかすめたあと、くちびるとくちびるがやさしくふれ合った。
 ほんの一瞬だけど、あたしにとっては、かけがえのない甘いひととき。
 目を開けて佐藤くんの顔を見たとたん、幸せな気持ちが胸いっぱいにあふれ出した。
「うん! どうぞよろしくね!」
 あたしも心からの笑顔を佐藤くんに向けた。
 ようやく分かった、やっと見つけた。あたしにふさわしいひと。
 そのひとは背が高くて目つきが鋭くて、なにもかもあたしとは正反対だけど。
 どんなスイーツよりもとびきり甘くて、やさしくて。
 少しほろ苦い香りをまとった、あたしの幸せの源。
 いつまでもそばにいて、何度だってさけびたい。
 これからも、大好きだよ。佐藤くん!

                                  おわり
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