アリンコと佐藤くん
4 コワかったはずなのに……。
ゲーセンから出ると、外はすっかり日が沈んで一番星が輝き出していた。
ちょっとの時間だけなら、って約束だったのに、あたし、ずいぶん長く佐藤くんといっしょにいたんだなぁ。
帰りはバスに乗ると伝えたけれど、佐藤くんはあたしのことどうしても家まで送る! ってきかなくて。
「オレがここまで連れて来たんだから、ちゃんと家まで送り届けるって。まかせとけ、まかせとけ!」
「でも、悪いよ……」
ってあたしは何度も断ったけど、
「アリちゃんこのへんそんな詳しくねーんだろ? ひとりで帰すなんて心配でできねーよ。今度はおんぶじゃねーから、別に恥ずかしくねーだろ?」
だからー、そういうことじゃなくて!
「ほら、冷えこんできたからこれ巻いときな」
佐藤くんは自分のマフラーを外すと、あたしの首にかけた。
「いいよ! あたしは。佐藤くんがカゼひくよ」
あたしのことは、決してお気づかいなくっ!
「平気平気。オレ、身体だけは丈夫だし。兄ちゃんによく言われてんだ。バカはカゼひかないってホントだなって」
佐藤くんは、へへっとあたしに笑いかける。
屈託のない、ふわっとした笑顔。
ぬいぐるみを渡されたときも思ったけど、佐藤くんって、こんなやさしい顔も見せるんだ。
佐藤くんの白黒ボーダーのマフラーからは、最初に自転車の後ろに乗ったときにただよってきた、さわやかな柑橘系の香りがする。
この香り、ほんとうに心がホッとするな……。
「あのね、佐藤くん」
行きよりも少しゆったりした速度の自転車にゆられながら、あたしは佐藤くんに話しかけた。
「なに?」
「あたし……実はその――」
このままだまってちゃダメだよね。
ホントのこと言わなくちゃ。
別の佐藤くんとまちがえてゲタ箱にバレンタインプレゼント入れちゃったこと。
きちんと正直に伝えなきゃ。
だけど――。
「気になってたんだけど、佐藤くんって、いつもコロンかヘアスプレー使ってるの?」
ダメだー! まだその勇気がわいてこない。
つい適当にごまかしちゃった……。
すると佐藤くんは一瞬ビクッ! と肩をふるわせ、そのあと耳まで真っ赤になった。
「だれにも言わねぇ……?」
「え? う、うん」
あれっ、聞いちゃマズイことだったのかな?
佐藤くんは、まわりに聞こえないくらいのとても小さな声で、
「オレ、昔から肌が乾燥しやすくって、ほっとくとかきむしったりするから、母ちゃんのグレープフルーツのボディークリーム借りて塗ってんだ」
「お母さんの?」
すっごい意外! 佐藤くん、お母さんと仲いいのかな?
なんか、ちょっぴりほほえましい。
「アリちゃん今、お母さんの借りてるなんてダッセーなコイツ、って思っただろ」
佐藤くんは、恥ずかしそうにジロッとあたしの顔をぬすみ見た。
「ちがうの、ちがうの! あたし、ただ、好きだなって思ったから」
「好き!?」
キキーッ、と佐藤くんが自転車のブレーキをかけた。
「な……なにが?」
佐藤くんが大きな目をさらに見開いて、あたしのほうをふり向いた。
「そのボディークリームの香り。かいでると、おだやかな気持ちになれるから」
「香りが――そっか」
佐藤くんはプイッと前を向くと、ふたたび自転車を走らせた。
どうしたんだろう、佐藤くん。急に驚いたりなんかして。
しばらく沈黙が続いたあと、佐藤くんがポソッとつぶやいた。
「オレも好き」
「えっ?」
「その……香り! 香りのこと! いいよな、グレープフルーツって。スッキリしてて、甘すぎなくて、ちょっとほろ苦さもあって」
佐藤くんは少し早口でそう答えた。
そうだね、佐藤くんの言うとおり。
グレープフルーツの香りって、スーッとした甘さのなかに、少しキリッとした苦みがあって。
なんか、佐藤くんによく似合ってると思う。
雪はおさまったけど、相変わらずこごえるような北風が吹きつける二月の夕暮れ。
さわやかなグレープフルーツの香りと、佐藤くんから借りたマフラー。
そして佐藤くんの背中から感じるぬくもりが、自転車に乗せてもらってるあいだじゅうずっと、あたしの心を包みこんでいた。
行きは強引に自転車に乗せられた動揺ととまどいで、ハラハラドキドキしてたけど、今はまた、それとはちがう意味でドキドキが止まらなくなってる。
佐藤くんが、見ためどおりのコワそうなひとだったらよかったのに。
ほのかに甘く、あたたかいやさしさにふれて、あたしも佐藤くんのこと、少しずつ知りたくなってきちゃった――。
ちょっとの時間だけなら、って約束だったのに、あたし、ずいぶん長く佐藤くんといっしょにいたんだなぁ。
帰りはバスに乗ると伝えたけれど、佐藤くんはあたしのことどうしても家まで送る! ってきかなくて。
「オレがここまで連れて来たんだから、ちゃんと家まで送り届けるって。まかせとけ、まかせとけ!」
「でも、悪いよ……」
ってあたしは何度も断ったけど、
「アリちゃんこのへんそんな詳しくねーんだろ? ひとりで帰すなんて心配でできねーよ。今度はおんぶじゃねーから、別に恥ずかしくねーだろ?」
だからー、そういうことじゃなくて!
「ほら、冷えこんできたからこれ巻いときな」
佐藤くんは自分のマフラーを外すと、あたしの首にかけた。
「いいよ! あたしは。佐藤くんがカゼひくよ」
あたしのことは、決してお気づかいなくっ!
「平気平気。オレ、身体だけは丈夫だし。兄ちゃんによく言われてんだ。バカはカゼひかないってホントだなって」
佐藤くんは、へへっとあたしに笑いかける。
屈託のない、ふわっとした笑顔。
ぬいぐるみを渡されたときも思ったけど、佐藤くんって、こんなやさしい顔も見せるんだ。
佐藤くんの白黒ボーダーのマフラーからは、最初に自転車の後ろに乗ったときにただよってきた、さわやかな柑橘系の香りがする。
この香り、ほんとうに心がホッとするな……。
「あのね、佐藤くん」
行きよりも少しゆったりした速度の自転車にゆられながら、あたしは佐藤くんに話しかけた。
「なに?」
「あたし……実はその――」
このままだまってちゃダメだよね。
ホントのこと言わなくちゃ。
別の佐藤くんとまちがえてゲタ箱にバレンタインプレゼント入れちゃったこと。
きちんと正直に伝えなきゃ。
だけど――。
「気になってたんだけど、佐藤くんって、いつもコロンかヘアスプレー使ってるの?」
ダメだー! まだその勇気がわいてこない。
つい適当にごまかしちゃった……。
すると佐藤くんは一瞬ビクッ! と肩をふるわせ、そのあと耳まで真っ赤になった。
「だれにも言わねぇ……?」
「え? う、うん」
あれっ、聞いちゃマズイことだったのかな?
佐藤くんは、まわりに聞こえないくらいのとても小さな声で、
「オレ、昔から肌が乾燥しやすくって、ほっとくとかきむしったりするから、母ちゃんのグレープフルーツのボディークリーム借りて塗ってんだ」
「お母さんの?」
すっごい意外! 佐藤くん、お母さんと仲いいのかな?
なんか、ちょっぴりほほえましい。
「アリちゃん今、お母さんの借りてるなんてダッセーなコイツ、って思っただろ」
佐藤くんは、恥ずかしそうにジロッとあたしの顔をぬすみ見た。
「ちがうの、ちがうの! あたし、ただ、好きだなって思ったから」
「好き!?」
キキーッ、と佐藤くんが自転車のブレーキをかけた。
「な……なにが?」
佐藤くんが大きな目をさらに見開いて、あたしのほうをふり向いた。
「そのボディークリームの香り。かいでると、おだやかな気持ちになれるから」
「香りが――そっか」
佐藤くんはプイッと前を向くと、ふたたび自転車を走らせた。
どうしたんだろう、佐藤くん。急に驚いたりなんかして。
しばらく沈黙が続いたあと、佐藤くんがポソッとつぶやいた。
「オレも好き」
「えっ?」
「その……香り! 香りのこと! いいよな、グレープフルーツって。スッキリしてて、甘すぎなくて、ちょっとほろ苦さもあって」
佐藤くんは少し早口でそう答えた。
そうだね、佐藤くんの言うとおり。
グレープフルーツの香りって、スーッとした甘さのなかに、少しキリッとした苦みがあって。
なんか、佐藤くんによく似合ってると思う。
雪はおさまったけど、相変わらずこごえるような北風が吹きつける二月の夕暮れ。
さわやかなグレープフルーツの香りと、佐藤くんから借りたマフラー。
そして佐藤くんの背中から感じるぬくもりが、自転車に乗せてもらってるあいだじゅうずっと、あたしの心を包みこんでいた。
行きは強引に自転車に乗せられた動揺ととまどいで、ハラハラドキドキしてたけど、今はまた、それとはちがう意味でドキドキが止まらなくなってる。
佐藤くんが、見ためどおりのコワそうなひとだったらよかったのに。
ほのかに甘く、あたたかいやさしさにふれて、あたしも佐藤くんのこと、少しずつ知りたくなってきちゃった――。