前世ハムスターのハム子は藪をつついて蛇を出す
(……これ、慣れるの?)

 苦笑いを浮かべる公花だったが、当の剣はどこ吹く風で、ちろりと舌を出している。

 仕方なく始まった共同生活だが、あまり深く悩まないのがこの家の家訓。あれよあれよという間に、白蛇は日暮家に馴染んでいった。

 剣は、あくまでも「頭のいい蛇」として振る舞っていて、家族の前では寝床にしている籠に入り、大人しく過ごした。

 籠の置き場は、飼い主である公花の部屋の勉強机の上が定位置となったのだが……。


 ──最初の晩、公花はプライバシーを守るため、夜眠るときくらいは籠を廊下か別の部屋に移そうと考えていた。だが、
「あんたが飼いたいって言ったんでしょ。ちゃんと面倒見なさい」
 と反対され、手元に戻されてしまったのだ。指摘したのは変なところで厳しい母、桃子である。
 飼うことを許可したとはいえ、夜中にトイレに起きたときに、廊下にそれがあったら驚くでしょ!  という理由だ。

「思春期なのに……」
 言い負かされた公花がそう呟くと、手に抱えた籠から、『ふっ』と渇いた笑いが聞こえてきた。

「あ、今、笑ったでしょ!」

 睨みつけると、蛇はふるふると首を振る。

 仕方なく自室へ連れて戻り、結局は机の上に籠を置くことに決めたのだが、就寝するまでに何度も念を押し、確認してしまう。
「ベッドのほうには来ないでね」
『わかった』
「寝顔も、見ないでよね」
『わかったわかった』

 目隠しも兼ねてブランケットをかけてあげてから、自分は慣れたマイベッドへともぐりこむ。

 プライベートな空間に他人の気配があることにちょっぴり緊張しながらも、
「じゃあ、おやすみー」
『おやすみ』
 なんて挨拶を交わして、電気を消せば、寝つきのよい公花は三秒で夢の中──。

 元来、適応力の高い公花のことだ。一晩越せば、こんなもんかと案外、慣れてしまうもので……。
 「思春期」な悩みとやらも、すぐに気にならなくなった。

「おはよー」
『おはよう』
 朝の挨拶なんかも、昔から兄弟姉妹が欲しいと思っていた公花には新鮮で、なんだかこそばゆい。

『寝ぐせすごいぞ』
「うるさいなぁ」

 気にしない、気にしない。だって相手は蛇だもの。

 そんな風に、なにごともなく平和な時間が過ぎてゆき、公花もすっかり安心して、「蛇のいる毎日」が日常として定着した頃――。

 ある朝――ぬろんと妙な感触がして、公花は目を見開いた。
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