没落寸前の伯爵令嬢ですが王太子を助けてから雲行きがあやしくなってきました
「あの。すみません。ここで大丈夫です」

街中に差し掛かったところで、降りると言い出す。

「屋敷まで送るぞ」

「いいえ。お手を煩わせるわけにはまいりません。もうここからは近いですし、それに目立ちますので」

それもそうだなと思った。
自分の立場を考えたら、目立つべきではない。

「そうか。ならば気を付けて帰れよ」

「はい。今日は楽しかったです。ごきげんよう」

そして、きっちりと淑女の礼をとった彼女はやはり完璧な貴族令嬢だった。

彼女はすぐにくるりと踵を返し歩いていく。
これで本当に最後だった。

「っつ…」

遠ざかる彼女の後ろ姿に、彼は何か言おうと手を伸ばし、そのまま前に向いて歩いて行く毅然とした彼女を見送りながら、無様にその手を下におろした。

「また会いたい」

その言葉を飲み込みぐっと唇をかみしめると、手綱を引き馬を返すと後ろを振り返りはしなかった。

けれどもそのあと、この出会いが彼の脳裏から離れなくなることはもうわかっていた。

絶対…会う。
必ず。

自分の力をフルに使ってでも。


生まれて初めて、彼が自分の意志で何かをしたいと思った瞬間だった。
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