初恋カレイドスコープ
「どうなさったのですか、社長代理! まさか私とは対等な話などできないと!?」
玲一さんの握ったこぶしが堪えるように震えている。
彼はきつく唇を噛みしめ、私の方を見つめると、
「……今、行くから」
と、消え入りそうな声で言った。
ちいさく開いた唇から、か細い深呼吸の音。
伏せ気味の瞳がゆっくり開かれ、玲一さんは唾を飲み込む。
震える足先がタイルをこする。半歩、すり足で前へ進み、視線が何かに怯えるように水面を行ったり来たりする。
額に玉のような汗が滲む。
歪んだ瞳が涙に潤む。
酸素をうまく取り込めなくて、浅い呼吸が絶えず漏れ続ける。
「玲一さん」
ごめんなさい。ごめんなさい。あなたの苦しみは私のせいだ。
私のことなんて助けに来ないで、知らない顔をしていればいいのに。あなたに許されたいがために、ひとり勝手な行動をとって、何も得られず失敗して、今またこうして迷惑をかけて……。
「玲一さんっ……」
「高階君! ちょっと静かにしていてくれないか!」
青木副社長に髪を掴まれ、ぐっと喉がのけぞった。「やめろ!」と叫んだ玲一さんの、怒りに震えた声が聞こえる。
「私は部下を教育中なのです! 部外者は黙っていていただきたい!」
「ふざけんな! だいたいお前の狙いなんて、最初から俺だけのはずだろうが!」
赤く血走った玲一さんの両目が、一旦きつく閉じられた後、空気の抜けた風船のようにじわじわと勢いを失っていく。
それから彼は苦しげに眉を寄せると、
「話し合いの場が欲しいならちゃんとした席を用意してやる。損害賠償請求だって、もっと額を減らしてもいい。だから」
握ったこぶしを膝に押し当て、ゆっくりとその場で頭を垂れた。
「凛ちゃんを、早く解放してあげてくれ。……頼む」
沈黙の中で鈴虫の声がほんのかすかに聞こえてくる。
玲一さんのつむじを無言で見つめていた副社長は、
「損害賠償請求?」
と、純粋無垢に目を丸くした。