初恋カレイドスコープ
駐車場には見慣れた車が朝日を浴びて待っている。以前はぴかぴかに磨き上げられていた傷ひとつない赤いボディも、今ではところどころに擦り傷や、木の枝でひっかいたらしい跡だらけ。
副社長の家のすぐ側で、植木に頭から突っ込んでいたこの車の姿を思い出す。車を大事にしていた玲一さんには悪いけど、この傷のひとつひとつが私にとっては想いの証だ。
運転席に乗り込んだ波留さんが、ルームミラーを調整している。
玲一さんは私と一緒に後部座席に腰かけると、
「自分の車の後部座席ってなかなか乗る機会ないよね」
と、少し物珍しそうにぺたぺた座席に触っている。
「意外に広いんだな、俺の車」
「乗ると見た目より広いですよね」
「さっき助手席に座ったときも、見え方がいつもと全然違って結構面白かったんだよ。でも波留の運転が危なっかしくて、あちこちこすりそうで怖くてさ」
波留さんは振り返りもせず「もう傷だらけだろ」と嫌味でもなく言う。「うるせー」と、また玲一さん。この二人のやりとりにも、なんだか少し慣れてきた。
シートベルトを締めたのを確認して、車がゆっくり動き出す。何気なく窓の外を眺めていると、プランターに植えられたりんどうが爽やかな秋風とともにちいさく揺れているのが見えた。
ふいに隣から視線を感じ、目線を窓から内側へ移す。ドアに頬杖をつきながら、かすかに微笑む玲一さん。
慈しむような、見守るような……それでいてどこか甘く艶めいた、いかにも玲一さんらしい馴れきった猫の眼差しが、ほのかにゆるむ口元を添えて私を静かに見つめている。
私もまた、彼を見つめ返す。すぐ隣で視線が絡む。ただそれだけで心がじんわりと、内側から熱を帯びていくのがわかる。
ふ、と笑い声が聞こえて見上げると、ルームミラー越しに波留さんが微笑んでいた。わあ、この人笑うんだ。端正な顔をほんの少し和ませて、彼は軽くハンドルを握ったまま玲一さんを見つめている。
「何笑ってんの?」
「いや」
訝しげに首を傾げた玲一さんに、波留さんは柔らかく目を細めると、
「幸せそうで何よりだ」
と言って、軽くアクセルを踏み込んだ。