初恋カレイドスコープ
テーブルに手をついた社長さんが、うきうき顔で上からメニューに手を突っ込んでくる。ううん、テンションの高いオジサマだ。悪気がないのはよくわかるのだけど、とにかく人にお酒を勧めるのが好きで好きでたまらないらしい。
止めようとする社長代理を遮り、私は社長さんの顔を見上げて大袈裟なくらいの笑みを見せた。
「美味しそうですね! 私、是非その梅酒をいただきたいです」
「うんうん、そうしたまえ。君みたいな若い女の子には飲みやすくて良いと思うよ。……ええと、高階さんだっけ? 君は本当に美人だねえ」
「ありがとうございます。でも、先輩方に比べればまだまだ何もできなくて」
「いやあ、そんなことはないよ。実はウチの社員から君の話は聞いていてね。とても優秀で話が早くて、仕事のできる女の子だと。今日、玲一くんが連れてくると聞いて、ひそかに楽しみにしていたんだよ」
オーバーな褒め言葉になんだか恥ずかしくなってくる。もちろん社交辞令だとは思うけど、認めてもらえるのは嬉しいものだ。
「玲一くんもそう思ったから、彼女を秘書に抜擢したんだろう?」
――仲良くやろうよ。あの時のことは、お互いさっぱり忘れてさ。
社長室で再会したあの日の言葉が蘇る。違う。実力で選ばれたわけじゃない。私の異動はただ単純に、口止め料なだけだから。
頂いた杯を笑顔で空けながら、もしかしたら私の頬は少し引きつっていたかもしれない。隣の社長代理の方を見られなくて、お酒に口をつけるふりをして視線を左右へ泳がせる。
「そうですね」
社長代理は静かに言った。
「この上ないタイミングで、この上ない部下に出会えたと思います」
よかったねえ高階くん、と社長さんが哄笑する。
恥ずかしがってうつむくふりをして、私は奥歯を噛みしめる。本当にそう思われていたなら、どんなに嬉しいことだろう。でも。
「……もう、お二人とも、あんまりからかわないでください」
顔を手で扇ぐ真似をしながら、私は梅酒を一気にあおった。社長代理が目を見張っているけど、気づかないふりをして次のお酒を注文する。
「お、高階さん、いける口だね? 強い女性は格好いいねえ」
すっかり上機嫌な社長さんに乗せられ、私は笑顔を浮かべたまま次々にお酒を空にした。こんなことしかできない私だけど、少しでも役に立てるなら。自分のできるすべてを持って、私の有用さを認めさせて、ああやっぱり高階を秘書にしたのは正解だと思わせて……。
……それで、ええと……なんだっけ……?