初恋カレイドスコープ
HMCの社長さんが乗ったタクシーをお見送りする。ご機嫌な社長さんがにこにこで手を振る姿が、夜の都会の喧騒の中に風のように消えていく。
「では私もこれで失礼します今夜はありがとうございました」
「待て高階待て待て待て」
大股で立ち去ろうとした私の襟首を社長代理の手が引っ掴んだ。その場で足を止めた私は、唇をぎゅっと固く結んだままロボットみたいに振り返る。
「なんですか社長代理」
「お前コンビニで吐くつもりだろ、迷惑になるから絶対やめろ」
「コンビニでは吐きませんこのまま鼻呼吸で家に帰ります」
「いや絶対無理だって、顔真っ青だしほっぺたぱんぱんじゃん。吐く寸前で堪えてるんだろ、家に着く前に暴発するぞ」
「平気です慣れてますそれでは急ぐので失礼します」
「質問の答えになってねえよ! ああもう、やっぱり途中で止めておくんだった……!」
ぐい、と社長代理に腕をひかれた瞬間、喉から溢れる寸前まで来ていたモノが、何か道を間違えたみたいにゴクンと胃袋へ逆戻りした。むわっとした臭気が喉から鼻へ、身体の内側でにおいたつ。うげえ、最悪! 気持ち悪い!
受け止めきれず押し戻したはずのモノを再びお腹の中に落とされて、パニックに陥った内臓が全身に悲鳴を伝播させる。胃のむかむかが脳を支配して、正常な思考が遠のいていく。社長代理の不安そうな顔が、二重三重にぶれて見える。ああ、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い……。
「う、う゛ぅっ……」
「うわ、おい、どうしたの? 大丈夫?」
頭が痛い。
めまいがする。
気持ちが悪くて仕方ない。
そのままふらりと倒れる刹那、真っ白に包まれる私の視界を不思議な既視感が駆け抜けた。頬にぴったりとくっつく胸はあの日と同じくあたたかで、私は安心感に身を任せそのまま意識を手放した。