初恋カレイドスコープ
「吐き慣れてるね」
小さな声に、喉を刺激していた指の動きが止まる。
「おかしいとは思ったんだよ。シンガポール・スリング半分であんなにべろべろだった女が、日本に戻ったら『酒に強い宴会上手』なんて呼ばれてる。外国の酒が口に合わなかっただけかと思ったから、今回は連れてきたけどさ」
ふーっ、と細いため息をついて、社長代理が私を見下ろす。
「今までずっと飲み会の度に、こうしてこそこそ吐いてたんだろ?」
その瞬間、時が止まった。
お腹を殴られたような衝撃に言葉を失う私を見据え、社長代理は淡々と続ける。
「飲み会は営業の大事な仕事だから、たくさん飲んで楽しませなきゃ……なんて、他の社員に言われたの?」
「そんな、ことはっ……」
「仕事なら無理しても頑張らないとって、弱いくせに人一倍飲んでさ。家に帰ってから喉に指突っ込んで全部吐き出してたんでしょ。まじめだねえ、惨めなくらい」
「っ……」
私の隣に屈んだ社長代理が、震える背中にそっと触れる。
「俺さ、そんなに頼りないように見える? 高階がここまで頑張らないと接待の一つもできないような、役に立たない飾り物の上司みたいに見えました?」
そんなことない。急いで否定しようとしたけど、喉からせり上がってくるものが邪魔をして、私は再びトイレにかぶりつきめいっぱいに口を開く。
社長代理は悔しいくらいに優しく私の背を撫でながら、えずく私のみっともない姿を軽く微笑んで眺めている。
「あのね高階。営業の頃は一人で頑張ってたのかもしれないけど、今後は遠慮なんてしないで、俺に頼ってもいいんだからね。こんなふうに隠れて無理される方が、俺としてはよっぽど嫌だよ」
なんで。
なんでそんなに優しいの。
無理して飲んで、惨めに吐いて、こんなに迷惑をかけている私。
優しくしてもらう筋合いなんてない。その価値もない。いっそ呆れてくれればいいのに。
(あの時のことは忘れて、なんて……全部なかったことにしたくせに)
中途半端な優しさに揺られて、隠した感情が目を覚ます。
「……れい、いち、さん……」
伝った涙は生理的なものだ。きっと、そうに決まってる。
口の周りを唾液でべとべとにして、小さく振り返った私に、彼は少しだけ表情を変えるとくしゃと私の髪を撫でた。