初恋カレイドスコープ
*
夜、静まり返った秘書室の片隅で、私はひとり書類の山と格闘していた。
手際の悪い私と違い、先輩方は大量の仕事をさくっと片づけてお帰りになった。手伝おうかと声をかけてくださる方も何人かいたけど、プライベートが忙しい皆さんに遅くまで頼るのも気が引ける。
どうせ残った仕事は雑務ばかり。お腹が空いて栄養不足の脳みそでも、やれないことはない程度のものだ。
(これが終わったら美味しいラーメン食べに行こう……)
こってりとした豚骨の香りを思い浮かべながら、私は黙々と手を動かす。そのとき、ふいに廊下の薄暗い中をさっと人影が横切った。
思わず顔を上げた私は、秘書室の扉を押し開いて入ってきたその姿に目を丸くする。――社長代理が、どうして?
「まだいたんだ」
帰社されたときのスーツ姿のまま現れた社長代理は、なんてことないような顔で私の前を通り過ぎる。唖然とする私に「忘れ物を取りに来ただけだよ」とばつが悪そうに微笑むと、彼はそのまま社長室へ入り、荷物を取ってすぐ戻ってきた。
もうお帰りになるのだろうと「お疲れ様です」と会釈する私を、社長代理は頷きもせずじいっと見つめてくる。それから彼は私の隣に唐突に腰を下ろすと、ずっと置きっぱなしにされていた例の週刊誌を手に取った。
(な、なんで座った? 帰らないの……?)
大混乱の私をよそに、社長代理は週刊誌をぱらぱらとめくりながら小難しい顔で首をかしげている。どうしよう。なにか声をかけた方がいいのかな。
社長代理はそのまま雑誌を冷めた眼差しで眺めていたけど、やがてゆっくりと顔を上げると、
「高階さぁ」
と、仕事中とはまったく違うどこか間延びした声で言った。
「な、なんでしょうか」
「これさ、どう思う? なんで俺が七位なのかなぁ」
社長代理が指さすページを覗き込んでみる。そういえばこの記事、イケメン高収入ハイスペ男子の人気ランキングなんだっけ。
ずらりと並んだ顔写真の中で、社長代理は確かに七位。日本中の男性の中で七位というのはすごいことだけど、この記事の中だけで見れば確かに半分より下位ではある。
「もうちょっと上でもいいと思うんだよなぁ。俺、この中なら一番若いし、顔だって負けてないと思うんだけど。……やっぱ身長? 男はどうしてもでかいほうが有利だもんな」
……意外だ。社長代理って、結構こういうの気にする方なんだ。
またひとつ素の姿を見せてもらえた気がして、私はつい顔をほころばせてしまう。社長代理みたいに何もかもを兼ね揃えているような人でも、こんな雑誌の適当な記事のランキングが気になるだなんて。
夜、静まり返った秘書室の片隅で、私はひとり書類の山と格闘していた。
手際の悪い私と違い、先輩方は大量の仕事をさくっと片づけてお帰りになった。手伝おうかと声をかけてくださる方も何人かいたけど、プライベートが忙しい皆さんに遅くまで頼るのも気が引ける。
どうせ残った仕事は雑務ばかり。お腹が空いて栄養不足の脳みそでも、やれないことはない程度のものだ。
(これが終わったら美味しいラーメン食べに行こう……)
こってりとした豚骨の香りを思い浮かべながら、私は黙々と手を動かす。そのとき、ふいに廊下の薄暗い中をさっと人影が横切った。
思わず顔を上げた私は、秘書室の扉を押し開いて入ってきたその姿に目を丸くする。――社長代理が、どうして?
「まだいたんだ」
帰社されたときのスーツ姿のまま現れた社長代理は、なんてことないような顔で私の前を通り過ぎる。唖然とする私に「忘れ物を取りに来ただけだよ」とばつが悪そうに微笑むと、彼はそのまま社長室へ入り、荷物を取ってすぐ戻ってきた。
もうお帰りになるのだろうと「お疲れ様です」と会釈する私を、社長代理は頷きもせずじいっと見つめてくる。それから彼は私の隣に唐突に腰を下ろすと、ずっと置きっぱなしにされていた例の週刊誌を手に取った。
(な、なんで座った? 帰らないの……?)
大混乱の私をよそに、社長代理は週刊誌をぱらぱらとめくりながら小難しい顔で首をかしげている。どうしよう。なにか声をかけた方がいいのかな。
社長代理はそのまま雑誌を冷めた眼差しで眺めていたけど、やがてゆっくりと顔を上げると、
「高階さぁ」
と、仕事中とはまったく違うどこか間延びした声で言った。
「な、なんでしょうか」
「これさ、どう思う? なんで俺が七位なのかなぁ」
社長代理が指さすページを覗き込んでみる。そういえばこの記事、イケメン高収入ハイスペ男子の人気ランキングなんだっけ。
ずらりと並んだ顔写真の中で、社長代理は確かに七位。日本中の男性の中で七位というのはすごいことだけど、この記事の中だけで見れば確かに半分より下位ではある。
「もうちょっと上でもいいと思うんだよなぁ。俺、この中なら一番若いし、顔だって負けてないと思うんだけど。……やっぱ身長? 男はどうしてもでかいほうが有利だもんな」
……意外だ。社長代理って、結構こういうの気にする方なんだ。
またひとつ素の姿を見せてもらえた気がして、私はつい顔をほころばせてしまう。社長代理みたいに何もかもを兼ね揃えているような人でも、こんな雑誌の適当な記事のランキングが気になるだなんて。