初恋カレイドスコープ

「私、社長代理を背が低い方だと思ったことはありませんよ」

「そう?」

「はい。私はヒールを履いても、いつも社長代理を見上げる形になりますし」

「まあ、高階は小柄だからね」

 私と社長代理の身長差は、だいたい16、7cmくらいかな? 少し背伸びをしても重ならない程度の目線の違いが好きだから、最近はあまり高いヒールを履かないようにしているのは内緒だ。

「私がこの記事の記者だったら、絶対に社長代理を一位にします」

 並んで記事を覗き込みながら、私はくすくす笑う。

 そのとき、隣の社長代理がわずかに唇を開いてこちらを見つめていることに気がついた。ほんの少し目線を横へずらすだけで、間近で合ってしまう瞳と瞳。心臓が跳ねたのを悟られないように、私はぎゅっと唇を丸め込む。

 社長代理は私を見つめたまま、ふっとわずかに目を細めると、

「……なあに? 俺のこと口説こうとしてる?」

 と、いたずらっぽく微笑んだ。

 どくん。心臓が派手に高鳴って、体温が一気に上がっていく。口説くって。口説くって! 確かに今の私の言葉は直球のアプローチに聞こえたかもしれないけど、そういうつもりは……ええと、ない、とは、言い切れない。

 だって今のは私の本音だ。あのランキングには起業家とか御曹司とか、色々なイケメンが並べられていたけど、私は本当に社長代理が一番素敵だと思ったんだ。どこに出しても恥ずかしくない。あちこちに自慢して回りたい。それがうちの会社の社長代理で――私の好きな人だから。

「いや、それは、そのっ」

「あっははは、冗談だよ! そんな真っ赤になるなって、ガチっぽいじゃん」

 いったい何がおかしいのか、社長代理は子どもみたいに無邪気な声で笑っている。仕事中とはまったく違う、ラフで明るい軽やかな笑顔。秘書課の先輩方が見たらきっと驚くに違いない。

 ガチっぽいも何もガチなんです、なんて当然言えるはずもなくて、私は顔を真っ赤にしたままもじもじと黙り込む。ああでもこんなリアクション、それこそガチっぽくて引かれるかな。気の利いた冗談のひとつも言いたいけど、全然頭が回らない……!

「でもまあ、高階はいつも頑張ってるし、今夜は口説かれてやろうかな」

 混乱の合間を縫って聞こえた耳を疑うその言葉に、私は驚きを隠すこともできずハッと瞠目して顔を上げる。

 社長代理はあっさりとした、良い上司の顔で微笑むと、

「この後ヒマ? 用事がないなら、どこか良い店奢ってあげるよ」

 と言って、車のキーを指にかけて見せた。
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