初恋カレイドスコープ

 デートだ!

 いや、デートではない……。

 でもデートみたい!!

 いや違う、みたいってだけで別にデートでは……。



 頭の中でくだらない妄想が行ったり来たりを繰り返す。私の大きな失敗は二つ。ひとつは最初から残業のつもりで、着慣れた形崩れのパンツスーツを履いてきてしまったこと。そしてもうひとつは「何の店がいい?」と訊かれたとき、反射で「ラーメン」と答えてしまったことだ。

 前者はまだいい。だってスーツはスーツだもの。でも後者はまずい。最悪だ。好きな人からの夕飯の誘いにラーメンはないでしょ、ラーメンは。

 実際、私の返答を聞いた社長代理はまた弾けるような声で笑ってから、持っていたスマホでわざわざラーメン屋さんを検索してくれた。あああ最悪、恥ずかしい。どうしてこういうときお洒落な答えがパッと浮かばないんだろう。

 羞恥心で半ばパニックになりながら大急ぎで仕事を終わらせて、私は社長代理の隣に並んで夜の会社を後にした。こんな形で隣に並ぶ日が、こうもすぐにやって来るなんて思いもしていなかったけど、当然嬉しい。そりゃあ嬉しい。嬉しいに決まっている。

「社用車だ。営業が帰ってきたのかな」

 上向きのライトを付けて入ってきた白い車。走る姿を目で追ってしまったのは、運転席に山田先輩、そして助手席に愛菜が見えたからだ。

 二人とも営業ではあるから、特におかしいところはないのだけど、二人の仲を知っている私としては変な勘繰りをしてしまう。もちろん社長代理はあの姿を見ても「仕事頑張ってるな」くらいにしか思わないのだろうけど……。

(あっ)

 一瞬、息が止まった。

 ふいにこちらを向いた愛菜が、私と社長代理の姿を見つけて顔色を変える姿が、夜の駐車場のさらに奥へと徐行で通り過ぎていく。

 あの目は単なる驚きじゃない。戸惑いと困惑と、抑えきれない焦燥感。格下だと思っていた相手に追い付かれそうな衝撃といえば、一応説明はつくだろうか。

 あるいは、単純な嫉妬かもしれない。山田先輩より社長代理の方が数百倍はかっこいいし……と、そこまで考え、自分の性格の悪さにちょっと辟易した気持ちになる。

 いずれにしろ、今の私では想像もつかないどす黒いどろどろとしたものが、愛菜の中にはタールみたいに淀んでいるのかもしれない。もっとも私の側だって、彼女の顔を見てほんの少しでもせいせいした気持ちになったのだから、似たようなものかもしれないけど。

「何かあった?」

「いえ」

 軽くかぶりを振る私と、遠ざかる社用車の後ろ姿を見、社長代理は少し眉を寄せたけど特段何も言わなかった。
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