初恋カレイドスコープ
「口止め料?」
社長代理は少し怪訝な顔をして、私の顔を覗き込んだ。
「なんの話?」
「え……違うんですか?」
「だからなんの……ああ、まさかアレ? シンガポールの時の話?」
ふっと社長代理が笑ったところへ、狙ったように二人分の豚骨ラーメンが運ばれてくる。一旦話を中断して、ラーメンをひとくちすすってから、
「誤解だよ」
と、社長代理は呆れ顔で言った。
「あのね、俺そんなことのために人事異動に首突っ込んだりしないよ。だいたい異動を決めたのは高階に会う前の話で、それも一華ちゃんとリモートで相談しながら全部決めたんだから」
「そうだったんですか?」
「そうだよ。高階が人事課に異動になったのは、紛れもなく仕事が評価された結果。まさか今まで、ずっと口止め料で異動になったと思ってたの?」
ラーメンを咀嚼しながら私がおずおずと頷くと、社長代理はこれ見よがしにはーっと大きなため息を吐いた。
胃もたれするような豚骨の香りがあっちこっちに充満している。ずるずる麺をすすりながら、鼓動が少しずつ加速していくのがわかる。
「もうちょっと自分に自信持ちなよ。高階が仕事頑張ってるのはちゃんと俺が保証するからさ。……意外にネガティブなんだよな、もっと堂々としていればいいのに」
独り言みたいなそのぼやき声がどれほど私の胸を打ったのか、きっと彼には言葉を尽くしたって伝えられっこないだろう。
意図的でも無意識でも、彼はいつだって私に溢れんばかりの優しさを注いでくれる。ひだまりみたいに温かなそれに私がどれほど救われているか……どれほど心奪われているか、きっと彼にはわからない。
「食べれそう? ……ちょっと濃すぎた?」
俺はこの味好きなんだけどな、と困った顔をする彼に、私は首をぶんぶん横に振って思い切りラーメンをすすりあげる。
私も好きです。大好き。味なんてわからないくらい好き。
シンガポールで出会ったあの日から、溜めに溜めこんだ熱い想いが、もう、溢れて止まらない。
涙目になりながら黙々とラーメンを食べ続ける私を見て、社長代理は少し安心したみたいにほのかな笑みを浮かべている。私はそれに気づかないふりをして、自分の熱を飲み下すようにラーメンのスープを飲み込んだ。