初恋カレイドスコープ
ラーメンを美味しく奢っていただき、私は社長代理とお店を出た。夜風が冷たく心地よい。あっという間に、もう秋だ。
「じゃ、帰ろうか。家どのあたり? 近くまで送るよ」
歩道へ出た社長代理が、車の鍵を片手に振り返る。
そして、ふと表情を変えた。お店の前で立ちすくむ私が、いつかみたいに唇を噛み、アスファルトを睨みつけていることに気がついたからだ。
「高階?」
お腹の中の炎が熱い。
吐く息が頬を赤く染めていく。
あの夜あなたが灯した熱が、今でも疼きを訴えるように、私の中でくすぶっている。
「玲一さん」
周囲に漂う豚骨のにおい。繁華街特有の小汚い雰囲気。
ムードは最悪。でも、この勢いを止められないのは、今この瞬間が最初で最後のチャンスだと知っているから。
何も言わないまま別れてしまえば、また私たちは白紙に戻る。経営者と平社員。社長代理と新米秘書。前と後ろに並んで歩く、ビジネスのみの関係に戻ってしまう。
「帰りたく……ないです」
「…………」
「帰りたく、なくなっちゃったんです」
うつむく私の真正面へ、彼はゆっくりと向き直る。
私は意を決して顔を上げると、挑むような、なじるような瞳でまっすぐに彼を見つめた。
「あなたが好きです」
品のない客引きの声も、豪快な酔っ払いの声も、何もかもが彼方へと消えてあたりが沈黙に包まれる。
彼はその大きな瞳でまばたきもせず私を見つめる。私の言葉を一文字ずつ、着実に咀嚼するように。
そうしてやがて、彼はふいと逃げるように目を逸らした。何か言おうと開いた唇が、結局吐息だけを漏らして、きゅっと下唇を噛んだ後やや乱暴に頭を掻く。
私は黙って、待っている。どんな返事でも受け止める覚悟を、確かに持った――
「ごめん」
――つもりだった。
「悪いけどそれ、勘違いだと思うよ。うちの会社は男少ないし、俺たちは一緒にいる時間が長いから、なんかそんな気持ちになっちゃったってだけで」
「…………」
「誤解しないでほしいんだけど、高階のことはいい子だと思ってるよ。真面目で、仕事ができて、顔だって可愛いし。でも、だからこそ、変に俺に囚われないで、もうちょっと視野を広く持てないかな。別に」
そこで、ふっと小さく笑った彼は、
「俺がはじめての男だからって、無理に好きになる必要はないんだから」
自分自身を嘲笑うような、遠くを見るような眼差しで、そう言った。