初恋カレイドスコープ
第五章 本当の恋の予行練習
新しい朝が来た。
希望の朝だ。
見慣れた狭い自分の部屋で、私はスマホをたぐり寄せる。目覚ましが鳴るまであと五分。珍しく先に目が覚めた。
いつものルーティーンでメッセージアプリを起動してから、ふと、友達リストの中に新しい名前があることに気づく。
『社長代理』の上に――『椎名玲一』。
(ああ、そうだ)
一瞬で何もかもを思い出すのと同時に、私はなんだか自分がとんでもない不良にでもなった心地がした。誰に叱られたわけでもないけれど、頭を抱えて必死に謝る。ご先祖様ごめんなさい。お父さんお母さんごめんなさい。それから弟、ごめんなさい。
私は片想い相手と――爛れた関係になってしまいました。
*
「……は?」
思わず素で聞き返した私を見て、社長代理は力なく笑った。「こんな俺でごめんねえ」と乾いた言葉が車内に響く。
今の、私の聞き間違いじゃないよね? 私の耳にはその、せ、セフレ……って聞こえたんだけど。
「だから、付き合うことはできないけど、それに近い関係にはなれるよっていうこと。嫌ならそれでいいんだよ。ひどいこと言ってる自覚はあるから」
座席に寄りかかりながら、社長代理は落ち着きを取り戻したみたいに穏やかに微笑んで見せる。私はまだ混乱の中。ずっ、と鼻水をすすろうとして、差し出されたティッシュボックスを受け取る。
「さ、さっきのって、具体的にはその、どんな」
「どんなって……たまに一緒に飯食い行ったり、買い物行ったり、家でゴロゴロしたり、セックスしたり。普通よりちょっと仲のいい友達同士って感じかな」
私の知っている『ちょっと仲のいい友達』と一部定義が違うようだ。
なんともいえない顔をする私に、社長代理は商談のときみたいに落ち着いた顔で説明を続ける。セフレと恋人はまったく別物。拘束力は全然ないし、仕事中は上司と部下に戻る。お互い都合のいいときに会って、やめたくなったら簡単に解消。友達以上恋人未満。羽よりも軽い間柄ということ。
(もしかして、私から嫌われるためにわざとこんなことを言ってるの?)
でも、社長代理の表情を見るに、どうやら冗談というわけではないらしい。少し緩んだ彼の口元は、明らかに私の返事を待っている。どちらへ転ぶも私次第だと、迷路を走る実験動物のネズミを見る目で眺めている。
その目がふいに、やわく歪んだ。私の言葉では形容できない微妙な感情を目の奥に隠し、社長代理は静かに言う。
「高階は俺を何も知らない」
うっすらと浮かぶ微笑みに比べ、ひどく冷たい、突き放すような声。
「だからそんな純粋な顔で、好きですなんて言えるんだ。でも、本当の俺を知っていくうちに、きっとだんだん後悔する。自分はこの男にずっと騙されていたんだ、ってね」
「……そんな」
「だから本当に付き合うんじゃなくて、セフレ程度にしておくのがいい。本当の恋をするまでの予行練習。お互いを都合よく利用しあう、相互利益の間柄だね」