初恋カレイドスコープ
本気の告白の返事だとすれば、あまりにも最低で低俗な誘い。
それでも怒る気になれないのは、微笑む社長代理の横顔があまりにも寂しそうだからかもしれない。
(私は彼を何も知らない)
もしこの提案を吞んだなら? 私と彼の間柄には新しい色が刻み込まれる。彼に触れられる。一緒に過ごせる。でも、恋人では……ない。
(本当にそれでいいの?)
私は自分に問いかける。確かにこの人が言うように、私の想いは全部勘違いで、ただ『はじめての人』だから無条件に好意を抱いているだけだとしたら?
本当の恋までの予行練習といって、セフレという立ち位置に収まること。それは本当に私の幸せに繋がることなのだろうか?
「仮に私とそうなったとして……社長代理に益はあるんですか?」
社長代理は軽く目を細めると、
「寂しいときは頼らせてもらうよ」
と、低い声で笑った。
ただそれだけのことなのに、身体の芯がぎゅんと熱くなる。彼の声音に抗いきれず、眠った本能が呼び起こされる。
それは純粋な好意とは違う――本当に彼が指摘したように――私たちの最初の出会いが、ひどく不純だったからかもしれない。彼に教えられ、導かれ、刻み込まれた新しい自分が、もっともっと先を知りたいと駄々をこねているせいかもしれない。
(それでも、彼を知ることができるなら)
高階は俺を何も知らない。そんな言葉で適当にあしらわれるくらいなら、彼の全部を知り尽くした上で、自分の気持ちの答えを出したい。
「わかりました」
静かに告げた私の顔を、彼が黙って見つめる。
「それで、お願いします。……社長代理の、セフレになります」
*
教えてもらった携帯番号は彼のプライベートのものだという。
私は社長代理の車で家の前まで送ってもらい、結局いつもの秘書の顔で「ごちそうさまでした」と頭を下げた。セフレといっても別にいきなりするわけじゃないのかと、少し気が抜けたのは内緒だ。
彼は少し微笑むと、車の窓を全開にして、白い手首をすっと伸ばして私の顔を引き寄せた。ちゅっ、と可愛いリップ音なんて立てて彼の唇が離れていって、呆然とする私の目を見つめて綺麗な顔がニッと微笑む。
――また明日ね、《《凛ちゃん》》。
(うわ、わ、うわあああ!!)
思い出すだけで真っ赤になって、ベッドでのたうち回ってしまう。ああそうだ、忘れてた。シンガポールぶりにそう呼ばれて、私はもう耳まで真っ赤になってまた泣きそうになってしまったんだ。
告白は失敗だった。私は恋人になれなかった。
でも、私は社長代理の、ちょっとだけ特別な存在になれた。
(どうしよう、今日普通に仕事あるのに)
今までみたいな冷静な目で、彼の顔を見られるだろうか。
ベッドでひとり悶々としていると、ようやくアラームが鳴り始めた。私は仕方なく身体を起こすと、火照った頬を鎮めるように冷たい水で顔を洗った。