初恋カレイドスコープ
*
さて。
セフレという非常に不誠実な関係を手に入れて早数週間。社長代理と私の日々はあまりにも単調に過ぎていった。
いつもどおりに出勤をして、いつもどおりに仕事をこなす。「変にドキドキしないかな」とか「気持ちが顔に出ちゃわないかな」とか、はじめは色々不安だったけど、意外になんとでもなるものだ。
電車を降りて駅に立つと同時に、私は仕事中の仮面を被る。仕事に真摯な秘書として与えられた業務を淡々とこなし、社長代理と話をする時も顔色を変えることはない。
ある意味、こういう関係になる以前の方が浮き足立っていたかもしれない。
(でも、あの日のやり取りは何だったんだ)
社長代理も社長代理で、何かが変わった様子はない。あるいは私、やっぱり彼にからかわれただけだったのだろうか。
いつものように一人でランチを食べていると、デスク脇に置いておいたスマホがぶるっと振動した。薄暗いディスプレイの真ん中にメッセージアプリの通知が浮かび上がる――『椎名玲一』!?
思わずとっさに社長室の方を振り返ってしまい、隣のデスクの先輩に「何かあった?」と訊かれてしまった。私は慌てて首を振りながら、できるだけ平静を装ってそっとスマホを引き寄せる。
『今夜ひま? 夕飯いこう』
あまりにも短い誘い文句だけど、仮面に隠れた私のテンションは踊りまくりの有頂天だ。
からかわれたわけじゃなかった、というちょっと情けない安心感。そして一緒に過ごせる無邪気な喜びに、顔が火照って心が熱くてご飯が喉を通らない。
(……ん? でも、お夕飯だけ?)
セフレ……なんていうくらいだから、お夕飯を食べて、それからなんか、そういう雰囲気になるのだろうか。
ブラウスの胸元を引っ掴んで今日の下着を確認しかけ、さすがにそれはマズイだろうとすぐ一瞬で思いなおした。ここは秘書室だ、落ち着け凛。どうせ最後には全部脱ぐじゃないか。
『行きたいです、お願いします』
こちらも短い言葉を返し、既読がつくまでじっと待つ。すぐついた。うう、にやけてしまいそう。
ほんとうの彼を知る貴重な機会だ。一分たりとも無駄にしないためにも、私は心のほっぺを叩くと午後の仕事へと気合を入れた。
そう何度も二人で会社を出るわけにいかないから、最寄り駅で待ち合わせになった。
なんとなくスマホをいじる気にもなれず、駅の片隅でもじもじと待つ。やがて白黒な人ごみの中から、カラフルな彼が近づいてきた。
「お待たせ」
「はい! あ、いえ、全然待ってないです!」
完全に頭が真っ白な私に、社長代理は肩をすくめると、
「なに、そんな緊張しちゃって」
と私の背中をぽんと叩いた。
彼の隣に並んで歩き出す。隣だ。後ろじゃなくて、隣。
さっきから胸がどきどきしっぱなしで、このまま不整脈で倒れてしまいそう。
「店はもう予約してあるから」
相変わらずスマートにエスコートされて、さっきからもうされるがまま、私は彼についていくばかり。
さて。
セフレという非常に不誠実な関係を手に入れて早数週間。社長代理と私の日々はあまりにも単調に過ぎていった。
いつもどおりに出勤をして、いつもどおりに仕事をこなす。「変にドキドキしないかな」とか「気持ちが顔に出ちゃわないかな」とか、はじめは色々不安だったけど、意外になんとでもなるものだ。
電車を降りて駅に立つと同時に、私は仕事中の仮面を被る。仕事に真摯な秘書として与えられた業務を淡々とこなし、社長代理と話をする時も顔色を変えることはない。
ある意味、こういう関係になる以前の方が浮き足立っていたかもしれない。
(でも、あの日のやり取りは何だったんだ)
社長代理も社長代理で、何かが変わった様子はない。あるいは私、やっぱり彼にからかわれただけだったのだろうか。
いつものように一人でランチを食べていると、デスク脇に置いておいたスマホがぶるっと振動した。薄暗いディスプレイの真ん中にメッセージアプリの通知が浮かび上がる――『椎名玲一』!?
思わずとっさに社長室の方を振り返ってしまい、隣のデスクの先輩に「何かあった?」と訊かれてしまった。私は慌てて首を振りながら、できるだけ平静を装ってそっとスマホを引き寄せる。
『今夜ひま? 夕飯いこう』
あまりにも短い誘い文句だけど、仮面に隠れた私のテンションは踊りまくりの有頂天だ。
からかわれたわけじゃなかった、というちょっと情けない安心感。そして一緒に過ごせる無邪気な喜びに、顔が火照って心が熱くてご飯が喉を通らない。
(……ん? でも、お夕飯だけ?)
セフレ……なんていうくらいだから、お夕飯を食べて、それからなんか、そういう雰囲気になるのだろうか。
ブラウスの胸元を引っ掴んで今日の下着を確認しかけ、さすがにそれはマズイだろうとすぐ一瞬で思いなおした。ここは秘書室だ、落ち着け凛。どうせ最後には全部脱ぐじゃないか。
『行きたいです、お願いします』
こちらも短い言葉を返し、既読がつくまでじっと待つ。すぐついた。うう、にやけてしまいそう。
ほんとうの彼を知る貴重な機会だ。一分たりとも無駄にしないためにも、私は心のほっぺを叩くと午後の仕事へと気合を入れた。
そう何度も二人で会社を出るわけにいかないから、最寄り駅で待ち合わせになった。
なんとなくスマホをいじる気にもなれず、駅の片隅でもじもじと待つ。やがて白黒な人ごみの中から、カラフルな彼が近づいてきた。
「お待たせ」
「はい! あ、いえ、全然待ってないです!」
完全に頭が真っ白な私に、社長代理は肩をすくめると、
「なに、そんな緊張しちゃって」
と私の背中をぽんと叩いた。
彼の隣に並んで歩き出す。隣だ。後ろじゃなくて、隣。
さっきから胸がどきどきしっぱなしで、このまま不整脈で倒れてしまいそう。
「店はもう予約してあるから」
相変わらずスマートにエスコートされて、さっきからもうされるがまま、私は彼についていくばかり。