初恋カレイドスコープ
私の手を握ったまま、玲一さんは仰向けに横になった。私の薬指の関節を指先でいじりながら、彼は思いを馳せるみたいにどこか遠くへ目を向ける。
「例えばシンガポールの時だって、助けに来た俺のことを凛ちゃんはすぐに信用したけど、もし俺があの誘拐犯と裏で繋がっていたとしたら? 凛ちゃんを騙すつもりで、最初から役割分担をして近づいてきたかもしれないよね」
「……その可能性はゼロじゃないですけど、でも結果として、玲一さんは信用できる人だったじゃないですか」
「結果だけ見ればね。でも、いつもいつも良い方向に進むとは限らないでしょ。今回はたまたま良い偶然が積み重なってこうなってるけど、本当なら凛ちゃんみたいな素直な子こそ、俺のことなんて信じるべきじゃないんだよ」
――高階は俺を何も知らない。
あの夜の言葉が蘇る。形容しがたい微笑とともに。
信じるなとか、好きになるなとか。この人は私を突き放すような言葉ばかりを並べ立てるけど、そこに隠された真意については決まって教えてくれないんだ。
「……なら、どうして玲一さんは、あのとき私を助けてくれたんですか?」
嫌味ではない単純な質問に、玲一さんは遠くを見たまま、
「凛ちゃんを抱きたかったから」
と、なんてことないように言ってのけた。
「あそこでいい感じに助けてやって、上手に信頼を手に入れられたなら、今夜は一人で過ごさずに済むかなって考えたの。日本に帰ったら仕事が始まって、色々と動きづらくなるし……まあ、放っておくのは寝覚めが悪いとも思ったし」
なんてね、と私をからかうように、玲一さんは皮肉っぽく笑う。でも私はホテルの枕に顔をすっぽりとうずめたまま、彼の言葉なんて聞こえてないみたいにじっと黙り込む。
「……なんでこれで照れるのかねえ? 身体目当てだって公言されただけじゃん」
あ、照れてるのバレてたのか。
玲一さんは頬杖を突き、もぞもぞとうごめく私を心の底から呆れたような目で見下ろしている。
「俺が言うのもなんだけど、もうちょっと自分を大事にした方がいいよ。凛ちゃんという人間の価値は、自分が思うより遥かに大きいものなんだから」
「…………」
「世間っていうのは凛ちゃんが思うより悪い奴がいっぱいいる。見た目や印象に惑わされずに、相手が本当に自分にとって有益な人間なのかを見極めないと……ほら。俺なんか好きになってる場合じゃないって、わかるでしょ?」
世に言う賢者モードの玲一さんは、いつもの三倍は皮肉屋でダウナーだ。
でも、やっぱり嫌じゃない。言い方はともかくその内容は、やっぱり私の無知な部分を教え諭してくれるもので……そういう面に優しさを感じてしまうのは変なのだろうか。
「どんな形であっても、好きな人から求めてもらえるのは、嬉しいなって思っちゃうんです。……これ、おかしいことですか?」
たとえそれが、身体だけであっても。
まっすぐに訊ねた私を、玲一さんは大きな瞳で見つめ返した。そして、
「おかしいね」
と短く言ってから、
「でも、わかるよ」
と、どこか寂しそうに付け足した。