初恋カレイドスコープ
だって、今まで肌を重ねるときはだいたい照明を常夜灯まで落として、ぼんやりとした灯りの中で輪郭を頼りに抱き合っていた。
だから裸同士でもかろうじて平気だったけど、こんな明るいお風呂の中なんて、いくらなんでも丸見えすぎる!
「なーにを今更」
ドアの影に身体を隠してもじもじする私を引っ張り出し、玲一さんはとうとう私を湯船へと放り込んでしまった。
自宅のそれよりずっと大きい真っ白な湯船の中には、薄桃色に濁ったお湯がゆらゆらと揺れている。続いて玲一さんは私の後ろへ入り、そのまま彼が腰を下ろすと、お湯はどんどん湯船から溢れてざばーっと派手な水音が流れた。
「ははっ、トトロの風呂みたい」
子どもみたいな玲一さんの笑い声が、私の真後ろ、すぐ耳元からくすぐるように聞こえてくる。
いくら広い湯船といっても、大人が二人で入ろうとすれば、自然と縦に並ぶ形で密着せざるを得ないわけで。
羞恥と緊張で縮こまる私に反し、玲一さんは上機嫌で私のお腹へ腕を回す。ぎゅっと優しくあたたかなハグが、身体の奥でわだかまる欲を少しずつお湯に溶かしていく。
(……なんか、気持ちいいな)
考えてみれば、こんなふうに湯船につかるのは久しぶりだ。一人暮らしで仕事も忙しく、家に帰ると疲れがひどくて、お風呂にお湯を溜めるという行為がひどく億劫になっていた。
毎日適当にシャワーを浴びて、濡れた髪のまま死んだように眠って……そうして朝がまた来るたびに、会社へ向かって仕事をこなし、へとへとになりながら家へ帰って、シャワーだけ浴びてまた眠る。
そういう毎日の繰り返しが、いつの間にか当然になっていた。社会人なんて皆こんなもんだと、自分で自分に言い聞かせていた。
「ほら。やっぱり肩がガチガチだ」
玲一さんのてのひらが、私の肩を撫でるように揉む。
「痛むのは頭でしょ。首と肩の凝りが原因だよ」
「……どうして、それを」
「見てればわかる。今日一日、なんか無理してるなって思ってたんだ。凛ちゃんはデスクワークが多いし、たまにパソコンにのめり込み過ぎて姿勢も悪くなってたから」
そうだったの? 全然自覚なかったな。でも確かに、家にいるときは自分のひどい猫背っぷりに軽く引いたこともある。
「たまにはちゃんと風呂入った方がいいよ。シャワーだけじゃ身体がきちんと温まらないからね」
「……はい」
「あと、寝る前のスマホは控えること。眼精疲労が取れなくなるし、睡眠の質も落ちるからね。目の下の隈が目立つからってめちゃくちゃに厚化粧するのもやめろよ、目に余計な負担がかかるから」
「……なんでそんなことまでわかるんですか。隠しカメラとか付けてます?」
「俺にそういう趣味はないね。見られたいなら付けてあげるけど?」
ニッと意地悪そうに言われて、私は笑ってかぶりを振る。
なんだか本当に心地よい。あったかくて気持ちよくて、ふかふかの雲に包まれているみたい。自然と全身の力が抜けて、私は玲一さんに寄りかかり彼の首筋へ頬を寄せる。
頭の中で鳴り響いていた騒音にも似た激しい頭痛も、いつの間にか徐々に薄れて気にならない程度になってきた。
「ちょっと……楽になってきました」
ほかほかした吐息とともに小さな声でそう言うと、玲一さんは少し笑って、
「よかった」
と私の額に張り付いた前髪の一筋を指で除けた。