初恋カレイドスコープ
*
人事課から借りた鍵を使い、埃っぽい倉庫を進んでいく。
玲一さんに頼まれた資料は、奥のキャビネットの上だと聞いた。上の段なら背伸びをすれば届くかな、と甘い見立てで来てみたはいいが、いざ到着したら資料の場所は文字通りキャビネットの『真上』。
(これは無理)
人事課のずさんな文書管理に若干苛立ちを覚えながら、私は仕方なくうんと背伸びをして資料の山に手を伸ばす。届かないのはわかりきったことだけど、周りに脚立らしきものは見当たらない。面倒だけど別の倉庫から踏み台になるものを持ってこないと――。
「はいっ」
唐突に背後から伸びた太い腕。
キャビネットの上に積まれた書類をひょいと簡単に持ち上げて、これが欲しかったんでしょと言うように私の目の前へ降ろしてくれる。私をまるまる覆い隠すほどの高身長と、勢いよくぶつかっても微動だにしないだろう体躯。もしかして、と思いながら、私は顔を真上へ向ける。
「……松岡くん?」
「お久しぶりです、高階先輩」
営業課時代の後輩であるふたつ年下の松岡颯太くんは、明るい笑みを満面に浮かべて私の顔を見下ろした。
「ありがとう、助かったよ。でもこんなところで会うなんて珍しいね」
「高階先輩の姿が見えたから、つい追っかけてきちゃったんです。最近全然会えなかったんで、後姿を見かけたときになんかもう嬉しくなっちゃって」
「そういえば会う機会なかったよね。仕事の方はどう? 一人でやれてる?」
「はい! ……でも、高階先輩がいないと、正直やっぱり寂しいです。俺、今までなんでもかんでも高階先輩頼りだったんで」
へへへと照れ笑いを浮かべる松岡くんを見ていると、両手で彼の短い髪をわしゃわしゃかき回したい衝動に駆られてしまう。彼が新卒で営業課へ来たとき、私は彼の教育係として、二人一組で色々な取引先を渡り歩いたものだ。
まあ、彼はとっても背が高いから、私と並ぶと凸凹コンビで笑われてしまうことも多かったのだけど。……あの頃もあの頃で結構楽しかったなと、少しだけ胸が熱くなる。
「あの、先輩。よかったら今度また、夕飯とか一緒に行きませんか?」
夕飯、と私は繰り返す。教育係だった頃は、営業の帰りによく二人でご飯を食べに行ったっけ。
もしかしたら彼も何か、私に聞かせたい話や愚痴を溜め込んでいるのかもしれない。まあ私は基本用事もないし、久しぶりに彼の爽やかな顔を見たら先輩風を吹かせたくなってきた。
「いいよ、じゃあ久々だし奢ってあげる。どこがいい?」
「え!? あ、いや、そういうあれではないんですけど……」
「違うの? じゃああれか、男の子ひとりで入りづらいお店があるとか?」
「そういうわけでも……うーんと……」
歯切れ悪く口をもごもごさせながら、松岡くんはちょっと困った顔をしていたけど、やがて意を決したように真面目な顔で向き直ると、
「とにかく、約束ですからね。また連絡しますから」
と、どこか挑戦的に微笑んで見せた。
人事課から借りた鍵を使い、埃っぽい倉庫を進んでいく。
玲一さんに頼まれた資料は、奥のキャビネットの上だと聞いた。上の段なら背伸びをすれば届くかな、と甘い見立てで来てみたはいいが、いざ到着したら資料の場所は文字通りキャビネットの『真上』。
(これは無理)
人事課のずさんな文書管理に若干苛立ちを覚えながら、私は仕方なくうんと背伸びをして資料の山に手を伸ばす。届かないのはわかりきったことだけど、周りに脚立らしきものは見当たらない。面倒だけど別の倉庫から踏み台になるものを持ってこないと――。
「はいっ」
唐突に背後から伸びた太い腕。
キャビネットの上に積まれた書類をひょいと簡単に持ち上げて、これが欲しかったんでしょと言うように私の目の前へ降ろしてくれる。私をまるまる覆い隠すほどの高身長と、勢いよくぶつかっても微動だにしないだろう体躯。もしかして、と思いながら、私は顔を真上へ向ける。
「……松岡くん?」
「お久しぶりです、高階先輩」
営業課時代の後輩であるふたつ年下の松岡颯太くんは、明るい笑みを満面に浮かべて私の顔を見下ろした。
「ありがとう、助かったよ。でもこんなところで会うなんて珍しいね」
「高階先輩の姿が見えたから、つい追っかけてきちゃったんです。最近全然会えなかったんで、後姿を見かけたときになんかもう嬉しくなっちゃって」
「そういえば会う機会なかったよね。仕事の方はどう? 一人でやれてる?」
「はい! ……でも、高階先輩がいないと、正直やっぱり寂しいです。俺、今までなんでもかんでも高階先輩頼りだったんで」
へへへと照れ笑いを浮かべる松岡くんを見ていると、両手で彼の短い髪をわしゃわしゃかき回したい衝動に駆られてしまう。彼が新卒で営業課へ来たとき、私は彼の教育係として、二人一組で色々な取引先を渡り歩いたものだ。
まあ、彼はとっても背が高いから、私と並ぶと凸凹コンビで笑われてしまうことも多かったのだけど。……あの頃もあの頃で結構楽しかったなと、少しだけ胸が熱くなる。
「あの、先輩。よかったら今度また、夕飯とか一緒に行きませんか?」
夕飯、と私は繰り返す。教育係だった頃は、営業の帰りによく二人でご飯を食べに行ったっけ。
もしかしたら彼も何か、私に聞かせたい話や愚痴を溜め込んでいるのかもしれない。まあ私は基本用事もないし、久しぶりに彼の爽やかな顔を見たら先輩風を吹かせたくなってきた。
「いいよ、じゃあ久々だし奢ってあげる。どこがいい?」
「え!? あ、いや、そういうあれではないんですけど……」
「違うの? じゃああれか、男の子ひとりで入りづらいお店があるとか?」
「そういうわけでも……うーんと……」
歯切れ悪く口をもごもごさせながら、松岡くんはちょっと困った顔をしていたけど、やがて意を決したように真面目な顔で向き直ると、
「とにかく、約束ですからね。また連絡しますから」
と、どこか挑戦的に微笑んで見せた。