初恋カレイドスコープ
資料を抱えて秘書室へと戻った私は、オフィスの異様な雰囲気に少したじろいでしまった。
ミーティングテーブルを囲んで、難しい顔をする玲一さん。その真向いでは鮫島先輩が、氷の美貌に不敵な笑みを浮かべ、玲一さんを見据えている。
「……社長代理。こちらが人事課の資料になります」
テーブルの脇にそっとファイルを置くと、玲一さんはこちらを見ずに「ありがとう」とそっけなく言った。これ自体はわりといつものことだから、今更気にはしないのだけど。
「ちょうどよかった、高階さん。あなたからも説得して頂戴」
「説得?」
私を強引に椅子に座らせ、鮫島先輩はメール文のコピーを見せてくる。
「カートライト社から、女性向けファッション誌に社長代理の写真付きインタビュー記事を載せたい、と依頼が来たの」
「雑誌社からのインタビュー依頼については、今まではずっとお断りしていましたよね」
「ええ。でも、ここの女性誌には一華社長のインタビューを載せたことがあるし、うちの広告も何度か出しているお得意先でしょう? 今後良好な関係を続けるためにも、無下にはできないと思うのだけど」
鮫島先輩はそう言いながら、玲一さんをちらと見つめる。こんな妖艶な流し目を向けられれば、普通の男性ならドキッとしてしまいそう……と思いきや、玲一さんは顔全体で不快と不満を表現しながら、じろりと鮫島先輩の目を真っ向から睨みつける。
「すっげえ嫌だ」
玲一さん! 玲一さん! ド直球の本音が出てます!
焦る私を尻目に、鮫島先輩は軽やかに笑うと、私に向かって無言の目配せをした。あ、これは間違いなく、後押しをしろとのご命令だ。ご要望ではない、ご命令だ。私に拒否権なんかない。
「あの……今度海老名の方で、スポーツクラブシーナの新しい店舗がオープンしますよね。その宣伝を兼ねる条件で、少しだけお受けするのはいかがでしょうか」
おいコラ! 凛ちゃん! 裏切ったな!!
玲一さんのじっとりとした目が無言の内に私を責める。玲一さんごめんなさい。私正直、玲一さんより鮫島先輩の方がずっと怖いんです。
「いかがです? 社長代理。お気に入りの高階さんもこう言っていることですし」
鮫島先輩にそっと背中を撫でられ、私は少しだけひやりとする。私と玲一さんの関係については、まだ誰にも知られていないはずだ。
玲一さんは少し眉を上げて鮫島先輩をじっと見つめ、それからため息とともに天井を仰ぐと、
「わかったよ、もう……」
と脱力したように呟いた。